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私だけが取り残される

『そうして、私だけがとり残される』


 年齢と彼氏いない暦がイコールの私は、すでに恋愛市場から後ずさりして逃げ出して、見ないように近寄らないようにしてきてだいぶたっている。

幸いなことに手に職があるため、食うには困らない。

友達だってほどほどにいる。おまけに類は友を呼ぶのか、ライフスタイルが極端に似た人間ばかり、とくればぬるま湯につかって、いつのまにかふやけていたとしても気がつかないでいられるのもあたりまえだ。

田舎に帰れば多少うるさい連中がいるとはいえ、母親世代に比べれば圧力だって大したことない。

そもそも、私は強固に結婚がしたいわけでも、崇高な目的があって結婚をしないわけでもない。

私の学歴や経歴から、ジェンダー関連でそうした制度そのものに反対しているのだろう、と、思われている節はあるが、そんな小難しいこと、今まで一度も考えたこともなければ、今後もその問題に私のリソースを割くつもりはない。

つまるところ、どれだけ言葉を飾ったところで、私はただ単に、その機会がなかったからこそ、現状に甘んじているのであって、そうであったならば、私はきっと誰よりもその結婚という制度に安易に飛びついていた一人であったに違いない。

そう、端的に言えば、もてなかったのだ。

暗黒の小学校時代。

記憶を抹消したい中学時代。

いじめこそないものの、ある種の人間には糾弾されてしまいそうだが、女子には所謂容姿を基準にしたヒエラルキーが厳然として存在し、特に無防備なほど残酷な小中学校時代というのは、それが顕著なように思う。一番かわいい子が一番えらい女の子で、そこから以下はピラミッド状に価値や存在意義が決定されていってしまう。上の学年に進むほど、そこから付加価値、なるものができあがり、例えばスタイルがいい子、笑顔がかわいい子、性格のよい子、など、いろいろなものが加味されていき、より複雑なヒエラルキーが出来上がる。

私のようにただ学校の勉強ができて、性格がひねくれていて、容姿がぱっとしない女の子は、ピラミッドの最下層より一段上、あたりに位置されていた。一番下じゃなかったのは、幸いなことに、私が地味で目立たない雰囲気をもっていたからだろう。これで生意気だったり、それを隠さない性格だったりしたのならば、たちまち私は、そのころの人生の半分以上を過ごすであろう学校での生活が息苦しく、つらいものになってしまっていただろう。

そんなくだらないことをくどくどと考えながら、今現在私が置かれている状況について考える。

目の前には出来上がって陰気に話しまくっている友人が、彼女を通り越して向こうのテーブルには、私が知っている、だけれどもほとんど口を聞いたことがない男性が、おそらくあちらも友人であろう男性とともに談笑している。

どちらかというと出来上がりすぎてうるさい私たちのテーブルとは反対に、静かにひっそりと、だけれども楽しそうに飲み交わす様は、これぞ大人のおとこ、といった風で好感が持てる。

そこでふと、私が抱いた感想に疑問が呈される。


「なーーにーー見てんのぉー」


ザルなはずの彼女が、これほどまでにみっともない姿をさらしているのは、失恋のせい、らしい。

三十路も超えて、まさかそんな理由で呼び出されるとは思ってもいなかった私は、適当に彼女の愚痴を聞きながら、ちらちらと知人のいるテーブルに視線を走らせている。

――左手には何もない。

そんなところをチェックする自分が意味不明で、おまけにその深層心理までたどり着きそうになったところで、今日うまくいかなかった実験の方へ意識を振り向けたくなる。


「はいはい、わかったから、ね、もうこれぐらいにして」


彼女の握っているグラスをとりあげ、簡単に口の周りをぬぐう。

べったりとソースがついた顔は、これが若くとも、みっともいいものではないし、いい大人の、いや、おばさんの私たちがやっていれば眉をひそめられること請け合いだろう。

宥めつつ、慰めつつ、とうとう最後には泣き出した彼女を、他の友人たちと目を合わせながらため息をつく。

ちゃんと働いていて、自活していて、悠々自適に人生を闊歩してそうな彼女が、たかが失恋程度でこんな風になってしまうなんて、と、ぐすぐすとタオルを握り締めながら泣いている彼女を眺める。

飄々とした彼女の何がそんな風に駆り立てたのか。

たかが人間一人との縁がなかったぐらいで、どうしてこれほどの醜態をさらしてしまえるのか。

この年になるまで、軽い恋愛こそしたものの、無味乾燥な人生を送っていた私の理解範疇を超えている。


「あ、静かになった」


タオルをテーブルに敷いて、その上につっぷしてしまった彼女をみて、友人がほっとしたため息をついた。


「あーー、じゃあ、改めて乾杯、っていうのも変か……」


次々とお酒を注文し、私たちがフライドポテトの一本も口にする間もなく、怒涛の愚痴を繰り出していた彼女のおかげで、私たちは自分たちの会話をしていないどころか、乾杯すらしていなかったことに気がつく。

間抜けだけれどもとりあえず、といった感じで、三名がそれぞれグラスをあわせ、乾杯をする。


「まさかこいつから失恋なんて言葉がでるとは思わなかった」

「すっかり枯れているとばかり思っていたからねぇ」


同年代の独身女性四名が集まってはいるものの、その独身の内容はそれぞれ大きく異なっている。

結婚制度に関して疑問を覚えているから結婚しない者、一名。

なんとなく、で、消極的に生きてきて現状がこんな風なのが一名。

恋愛に仕事に趣味に忙しすぎて気がつけばこんな年、といった人間が一名。

そういう男女の情といったものから目をそらし続けて後ろ向きに生きてきたのが一名。

ちなみに、酔いつぶれている彼女が消極的に生きてきた女で、私が後ろ向きに生きてきた女だ。

まったく違う私たちの中でも、そういうったものから最も縁遠そうな私と、その次に関連がなさそうな彼女。それなのに、この失恋騒動だ。

青天の霹靂とはよく言ったもので、私はなぜか、こんな不幸なニュースを耳にして、取り残された、といった思いにとり付かれてしまっていた。


「まあ、相手が悪すぎた」

「悪いというか、いい男だよね、その人。こんな風にきっぱり断るってできなくない?普通。ちょっとつまんじゃう、っていうか、よっぽど地雷っぽく見えたのかもしれないけどさ」

「そりゃあ、あんた、この年で必死になってアプローチしてくる女なんて、地雷以外の何者でもないし」


言いたい放題の二人は、それなりに恋愛経験も積んで、それでもなお、現在の状況だ。

だから根本的に私たちとは違う。

心のどこかに余裕がある、といえばいいのか、経験したものにしかわからない、奥行きの深さを感じさせる。

ただただ驚いて、その次に寂しい、などといった思いを抱いてしまった私とは違う。

――ふと、視線を逸らす仕草が色っぽいのかも。

またもや、よくわからない感情にかられ、それがどこから湧いてきたのかがわかりそうになって、思考をわざと混乱させる。

私は、男なんて見てもいないし、何も思っていない。

そんなことを言い聞かせている時点で十分意識していることの証左なのだが、今の私にはそこまで考えていられる余裕がない。


「既婚者だなんてねぇ」


友人の言葉にどきりとする。

そう、今酔いつぶれている彼女の片思いの相手は、既婚男性だったらしいのだ。

私たちの年齢で、釣り合う相手の年齢を考えると、高い確率ですでに売約済みであり、だからというわけではないが、私としてはそういった感情抜きで付き合えるので気は楽である。

だが、一度そういった感情にとらわれてしまえば、これほどゴールを想像できない相手もいない上に、どう考えても行き着き先は易しいものじゃない。

うまくいっても、それは誰かの犠牲の上に成り立つもので、うまくいかなくても自分は傷つく。

どちらに転んでも厄介な相手に、そういった面倒くさい感情を持ってしまったなんて。

すっかり酔いつぶれた友人のつむじをつつきながらため息をつく。寝入ってしまった彼女は、そんな程度では反応を示さない。

こんな風になるほど、条件の悪い男を相手に、思えるだなんて。

ちらり、と、走らせた視線の先には、やっぱりあの知人男性がいて、私は再び彼の左手をなめるように確認する。

――独身、なのかもしれない。

そんなことを考えるだけ無駄だ。

違う、この感情は友人の予想外の告白とアルコールにあおられたせいだ。

ジントニックをビールのように飲み干し、お代わりをオーダーする。ドリンクメニューを開いた私にのっかりながら、他の二名もそれぞれアルコールを追加する。


「あんたはないの?浮いた話」

「は?」

「昔っからないよねぇ、いやになるほど。ひょっとして、恋愛できない体質、とか?」


恋愛体質ど真ん中の友人が、にやりとしながらこちらを指差す。

彼女に比べれば、私のもてる時間を恋愛に費やす割合など、吹けば飛ぶようなものしかないけれど、だからといってそういう特殊な体質、なわけでもない、と、思う。

自信がないのは、最近友人たちに指摘されるまでもなく、枯れていると自覚しているせいだ。


「大学ならいるでしょ?若いのだって毎年入ってくるわけだし」

「あーー、商品には手を出さないし、それに向こうだって年上はねぇ」


相手の年齢は常に一定なのに、こちらの年齢は徐々に上がっていくのが普通の会社と違うところだ。そういう利点を利用して、調子よく学生に手を出すやからがいるのは事実だか、そのほとんどは男性教官であり、相手は女子学生だ。大人の魅力にくらくらした男の子を調子よく食べてしまえる女性もいるにはいるし、中には本気の恋愛をしている人たちもいるだろうけれど、女性教官と男子学生、という組み合わせは、女性教官の数の少なさ以上に少数例だと思う。

だからこそ、学生時代からの先輩だの、同僚だの、が相手としてはちょうどよい、とも言えるのだけれど。

チラリと視線を走らせた先には、やはり知人男性がいて、色々なアルコールを手当たり次第に飲みまくっている私たちとは異なり、最初から最後までビールで過ごすようだ。手に渡ったばかりの生ビールを口にした後、わずかに口の周りに残る泡をなぞってみたい、などという妄想にかられる。

だいぶアルコールにやられているようだ、と、ソフトドリンクのメニューを一瞥してウーロン茶を頼む。

突っ伏している人間を除いて、真っ先に飲み会という舞台から降りた私に、情け容赦なくブーイングが浴びせられる。

このままでは二日酔いどころか、溜め込みすぎた妄想とあいまって、悪夢を見そうだと、よく冷えたウーロン茶を口に含む。

一向に冷めない熱に、やっぱり、もう一度飲み直そうと、再びアルコールのメニューを開く。

やはり、飲み足りない友人二人も覗き込み、それぞれカクテルや焼酎をオーダーする。ここまで飲んでおいていまさら、と思わないでもないが、ワインをボトルでオーダーした私に二人から拍手が浴びせられる。

その音に気がついたのか、知人男性が含まれるテーブルのメンバーがこちらを振り返る。

突然合ってしまった視線と、とりあえず日本人らしく会釈をした私に、知人が会釈を返してくれる。しかも、あまり普段見ることのない笑顔を添えて。

それがたとえまじりっけなしの社交辞令だとしても、あがってしまった心拍数は下がってはくれないし、盗み見るようにしてチラチラとあちらに走らせていた視線は、不自然なほど向けるようなことがないよう固定されてしまった。

どう考えても意識していることは明白で、だからこそ誰にも気が付かれてはいけないと、クーラーに入った赤ワインを取り出す。

それぞれに配られたグラスに適量の赤い液体を注ぎ、ゆらゆらとゆれる液面を覗く。

痛いほど神経があちらに向いているのに、頑なに私は彼を視界の隅に捉えるにとどめている。


「またまたかんぱーい」


ザル同士の飲み会など所詮こんなもの、と、アルコールしかテーブルの上にないことを確認して、機嫌よくグラスをあわせる。

話題は、現在の生活のこと仕事のこと、恋愛のこと。ただ共感を得たいがための会話は、生産性がない、と言われるかもしれないけれども、大事な息抜きのひとつだ。

気がつかれないようにようやく彼の後姿を捉える。

ふと、視界に見慣れないものが映りこむ。

今までは暗い色のスーツを身にまとったおじさんたちばかりだったはずなのに、淡い色のコートを羽織った何か、が、捕らえられたのだ。 それがずっと意識しないようにしながらも意識してきた知人の知り合いだと、気が付いたのはすぐのことで、ああそうなのだ、と思えたころには彼らの姿はとっくに消え去った後だった。

半分程度残されたワインを、豪快に注ぐ。

チリチリとどこかが痛む。

それがどこかだなんてわかりたくなくて、だから私はいつものようにアルコールをあおる。

わずかな混乱がもたらしたものは、どこかの痛み。

わかりたくなくて、でも理由までどこかで知っていて、だけど私はためいきをつく。

どこまでも知らないふりをしながら。



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