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シャンティリア王国物語

第二王子と双子姫

作者: しきみ彰

 ステラリンデ家には、双子の姉妹がいる。

 その姉をユリシア。妹をエリミシアと言った。


 そしてユリシアは、シャンテリア王国第二王子の婚約者である。



 ***



「「殿下。ルイス殿下」」


 シャンテリア王国第二王子、ルイスは、背後から聞こえてきた声に振り返った。

 そこには瓜二つの顔をした娘が、同じドレスを着込み微笑んでいる。その瞳はステラリンデ家特有の青と赤のオッドアイをしていた。


 ステラリンデ家は、シャンテリア王国にて公爵位を賜っていた。オッドアイというのも、ステラリンデ家だけが持つ者だ。オッドアイというだけで、ステラリンデ家はステラリンデ家であることを誇示できる。


 また始まったのかな、と思い、ルイスはミルクティー色の髪を掻く。


「「御機嫌よう、ルイス殿下。また遊びに来てしまいましたわ」」

「こんにちは、ユリシア。エリミシア。今日も元気そうで何よりだ」

「「ありがとうございますわ、ルイス殿下」」

 ふふ、ふふふ、と笑うふたりはそう言い、ルイスの周りをくるくると回る。まるで示し合わせたかのように紡がれる声は、どちらも同じ音に聞こえた。


 そして始まるのは、このふたりだからこそできる遊びだ。


「「ねぇ、ルイス殿下、」」


「わたしは、」「ユリシア?」「それとも、」「エリミシアかしら?」


 そう。双子だからこそできる芸当。

 婚約者当てゲームだ。


 婚約者なら、ユリシアがどちらか分かるでしょう?


 ふたりは口に出したことはないが、案にそう言っていた。


 どちらがユリシアかエリミシアか。

 それすら見分けがつかない人を、わたしは夫とは認めない。


 そう言っているのだ。

 現に、エリミシアの婚約者たるアデル・クロフォードはふたりを即見分けた。しかし未だに、ルイスはそれを見分けることができずにいる。

 今日も今日とて始まった遊びに、ルイスは困った顔をした。


「えーっと……右がユリシア?」

「あらら」

「違いますわ、殿下。わたくしはエリミシアです」

「あはは……また間違えちゃった」

「殿下は抜けていらっしゃいますのね」「全くですわ」


 現在の成績、0勝689敗。


 双子がこの遊びを始めてから四年の月日が経つのだが、彼がどちらが婚約者なのかを当てることは、今まで一回たりともない。

 そのことに、ユリシアは腰に手を当てて頬を膨らませる。


「つまらないですわ、本当に」

「不甲斐ないですわ、殿下」

「面目無い……」


 ユリシアは、いつもへらへらと笑って場を濁すルイスが嫌いだった。

 それを見た彼女は鼻を鳴らし、エリミシアの手を引く。エリミシアはひとつ頷くと、優雅にスカートの裾をつまんだ。


「それではルイス殿下、」

「「わたくしたちはこれにて、失礼いたします」」


 仲良く礼をしたふたりはこうして、その場から立ち去ったのだ。






「本当につまらないですわ」

「ユリシア。そんなことを言ってはいけませんわ。ルイス殿下はとてもいい方ですのに」

「いい方であろうとなかろうと、婚約者すら当てられないのでは意味がありませんわ」


 ユリシアは帰りの馬車で揺られながら、そっぽを向いた。その表情には、嫉妬と苛立ちが見え隠れしている。それを見て、エリミシアはほう、と息を吐き出した。


 ユリシアが怒る理由も分からなくはない。なんせ彼女は本当に、ルイスのことが好きなのだ。

 それなのに当のルイスは、ユリシアのことを見てくれない。つまり、ちょっとした嫉妬心というやつだ。そのためだけにここに駆り出されているエリミシアは、自身の婚約者を思って吐息を吐き出した。


「ユリシア、ちょっといいかしら?」

「なんですの、エリミシア?」

「わたくし、思いますの。ルイス殿下はもしや、わたくしたちのことを既に見分けているのではないかと」

「……なぜです?」

「わたくしの勘ですわ」

「頼りにならないではありませんか!」


 エリミシアは肩をすくめた。


「ユリシア。殿下はユリシアが考えているより、よっぽど厄介な方かと思いますわ」

「あの抜けてる方が? そんなわけありませんわ」

「……まぁ、わたくしの勘違いならいいのですが」


 釈然としない面持ちのまま、エリミシアはそうつぶやく。そして未だにむくれたままのユリシアを宥めた。どちらが姉だか分からない。


 気付いて。

 わたくしに気付いてくださいませ、ルイス様。


 そう悲しげに祈りながら、ユリシアは窓から黄昏色に染まる空を見ていた。



 ***



 それから三日ほどの月日が経ち、ユリシアはひとりで城に向かっていた。

 エリミシアがいない理由は、彼女は自身の婚約者と出かける約束をしていたためである。

 そんな幸せそうな妹を見ていると、部屋で黙っているのが億劫になった。そのため今日は珍しく、ひとりでルイスに会いに行こうと思ったのだ。


(別に、会いたいからなんて理由ではありませんわ。わたくしは庭が見たいのです)


 そんな言い訳をしながら、ユリシアは馬車に揺られる。既にアポイントメントはとっているため、城門はすんなり開いた。中に入ったユリシアは、すっかり馴染みとなった衛兵と挨拶を交わし、ルイスのいる場所を探し始める。


 ルイスを探すのは、庭を見るついで。


 そう言い聞かせたものの、会いたかったのは事実だった。会いたくて会いたくて仕方ないのに、ルイスはユリシアのことを見てくれない。

 彼女はそのことに苛立ち、嫉妬した。もっとわたくしを見て、と言いたかった。

 しかしルイスにとってユリシアは、ただの婚約者でしかないのだろう。ユリシアにとっては恋愛結婚でも、彼にとっては政略結婚だ。


 それに気付き、ユリシアの歩が遅くなる。


「……馬鹿馬鹿しいですわ。庭を見たら帰りましょう」


 彼女はこぼれ落ちそうになる涙を、必死になって堪えた。ここで泣いたら負けだ。化粧も落ちてしまうし、悲惨な顔になる。そのためユリシアはふらふらと、薔薇園に向かって歩き出した。


 開花時期を迎えていた薔薇園は、それはそれは見事な薔薇が咲き誇っていた。


 赤、ピンク、白、黄、と様々な色の花を咲かせるそこは、芳醇な香りで満ちている。その香りに少しばかり落ち着きを取り戻したユリシアは、かすかに聞こえる話し声に首を傾げた。


(何かしら?)


 できる限り音を立てずに進んでいけば、声はさらに大きくなる。


「ル、ルイス殿下……こ、困ります、わたし……っ」

「そんな嘘ばっかり言って。本当は困ってなんかいないでしょ?」


 ユリシアは、思わず固まった。


(ル、ルイス、さま……?)


 その声は間違いなく、ルイスの声だった。

 恐る恐る近づけば、ユリシアの視界にメイドを口説くルイスの姿が映る。

 彼は庭の端で、メイドに手を出していたのだ。


 それを見た瞬間、頭の中を稲妻が駆け巡る。

 ついで広がる胸の痛みに、ユリシアはよろめいてこけてしまった。


 瞬間、手が薔薇の茂みに当たり、大きな音を立ててしまう。


「誰だ!!」


 そして今までにないくらいのルイスの鋭い声音を聞いた瞬間。

 ユリシアは駆け出した。


「え? ユ、ユリ、シア……っ? ユリシア、待って!」


 背後でルイスが叫ぶ声が聞こえたが、ユリシアはそれに構わず薔薇園を駆け抜ける。

 高いヒールの靴とドレスの裾に足を取られそうになり、何度もこけかけた。しかし彼女が止まることはなかった。


 だってそれはつまり、そういうことなのだ。

 彼女はそれを認められるほど、強くない。


 息も絶え絶えに廊下を駆けていたが、彼女は直ぐに捕まってしまった。


「ユリシア!」

「っ! は、離して、離して、くださいませ……!」


 手首を掴まれたユリシアは、唇を噛み締め呼吸を整える。頭がぐちゃぐちゃだ。もう何も考えたくないし、知りたくもない。お飾りでも良いから、ルイスの隣りにいれたらそれで満足だ。ユリシアはそう言い聞かせることで、自身の心を保とうとした。

 しかしルイスは、彼女の腕を離そうとはしない。


「ユリシア、聞いて。僕の話を聞いて」

「嫌ですわ、ルイス様。好きな方がいらっしゃるのでしたら、そう言ってくださればいいのに。お邪魔して申し訳ありませんわ」

「っ、ユリシア! 僕の話を聞け!!」


 ルイスにしては珍しく、切羽詰まった声だった。ユリシアは肩をびくりと震わせたが、嫌だと首を横に振る。


「迷惑な女で、本当に申し訳ありませんでした、ルイス様。わたくしはもう、」

「――もう良い。黙れ」


 あなたとは会いません。

 そう言おうと思ったユリシアは、自身の唇に押し当てられた柔らかい感触に、目を見開いた。


 ユリシアは、ルイスに口付けをされていた。


 初めての接吻に惚けていた彼女は、いつの間にか彼に横抱きにされてしまう。

 少し苛立った様子のルイスは、ユリシアが知る限りではかなり珍しい光景だった。


 ルイスが連れて行ったのは、自身の部屋だ。


 乱暴に足を使って扉を開けた彼は、ユリシアをソファの上に座らせる。ルイスの私室は無駄なものが一切ない、少しだけ寂しい内装をしていた。

 するとルイスは、ユリシアの右手を見て眉をひそめる。


「血が」

「……え?」

「血が出てる」


 ユリシアは自身の手を見た。

 すると確かにそこには、いくつもの筋ができている。おそらく、先ほど薔薇の棘にでも引っかかったのだろう。赤く腫れた筋は、見るからに痛々しかった。

 するとルイスはてきぱきと道具を持ち出し、手当てをする。ユリシアが惚けている間に包帯が巻き終わり、彼女は目を瞬かせた。


 手当を終えたルイスは、はあ、と息を吐く。


「まさかあの場所に、ユリシアが来るとは思ってなかった」

「……意中のメイドの方ですの?」

「は? ユリシア。さすがの僕も怒るよ?」


 次の瞬間、ユリシアの視界は天井を向いていた。

 驚いて体を起こそうとしたが、ルイスに組み敷かれてしまう。

 上から見下ろされる形に、ユリシアの心臓は高鳴った。


「あのメイドは他国の間者だ。後々になるとまた面倒だから、僕が潰しているんだよ。兄上が王位に就く時の障害にもなるからね」

「……え、そ、それでは……わたくしの、勘違い?」

「そう、勘違い。僕は別にあの女に、それを匂わせるようなことは言ってないと思うけど?」


 ユリシアは内心冷や汗を流しながら、ルイスの言葉を思い出していた。

 確かに思い返せば、彼はそのようなことは言っていなかった気がする。


 まずいな、と思ったユリシアは、素直に謝った。


「も、申し訳ありませんでした、ルイス様」

「やだ。許さない」

「え、な、ならばわたくしは、どうしたら……」


 その瞬間ルイスの顔が、ぞくりとするほどの笑みを浮かべた。

 ユリシアは思わず、身を震わせた。


「……じゃあ、ユリシアのほうから僕の唇にキスをして? そしたら許してあげる」

「……っ!! な、なっ……!」


 顔を真っ赤に染めて口を開閉し始めたユリシアに、ルイスは艶美に微笑む。


「ねえ、ユリシア? もしかして君は、僕が本当に、君たちの見分けがついていないと思っていたの?」

「……え?」

「いつもあれだけヤキモチ妬いてるのを、僕が気付いていないとでも?」

「そ、それはっ」

「ユリシア、本当に可愛いよ。大好き」


 愛おしそうに彼女の髪を梳くルイスの顔は、今までのものとはまるで異なっている。押しに弱そうな好青年、という印象から打って変わり、獲物を狩るような目をしているのだ。

 そこで彼女はようやく気付く。もしかしなくてもルイスはエリミシアの言う通り、かなり厄介な男なのではなかろうか?


 ユリシアは今までにないルイスの甘言に、顔を赤くしたり青くしたりしていた。


「ねえ、ユリシア。僕は君が思ってるほど、優しくもないし綺麗でもないよ? 基本的に僕の役割は、裏でひっそりと敵を殺すタイプだから、あんまり知られていないけど。これでも僕は今まで、色々やってきたからね。……ユリシアはそんな僕でも、愛してくれる?」


 まぁ無理だって言っても、逃がさないけどね?


 ユリシアはそのとき、悟った。

 だからこそ彼女は勇気を振り絞り、ルイスの唇めがけてキスをしたのだ。

 驚き顔のルイスの両頬に手を当てて、ユリシアはぎこちなく微笑む。


「ルイス様。わたくしは、ルイス様がどんな方であろうと、大好きです。ですから……あなた様はご自身を、お嫌いにならないでください」


 ルイスはおそらく、自分のことが嫌いなのだ。

 少なくともユリシアにはそう見えた。

 自身に対する頓着のなさや軽薄さは、そこからきているのだろう。だからこそ裏方に徹し、彼は色々なことをやってきた。それは汚いことばかりだったはずだ。

 彼はそんな自分が、嫌いで嫌いで仕方ないのだ。


 そしてその言葉は本当だったらしく、ルイスは目に見えて驚いている。

 ユリシアはそんな彼の首に腕を回し、愛おしそうに抱き締めた。


「ご自身を好きになれずとも、わたくしはあなた様のことを見捨てません。ずっとずっと好きです。大好きです。ルイス様がわたくしを好いてくださっている限り、わたくしはあなた様の隣りにおりますわ」


 ルイスがどんなことをしていようと、ユリシアの気持ちは変わらない。ステラリンデ家の恋愛に対する考え方は、かなりねちっこいのだ。その証拠に彼女の父親は、十歳の頃に恋した初恋の相手と結婚した。ユリシアの母親は歌姫オペラセリアという職業に就いていたため貴族ではなかったが、父は見事に周りから固めてみせたのだ。


 恋愛に対する執着は筋金入りのステラリンデ家にとって、その程度のことはなんてことはない弊害だ。むしろそれで嫌われたくなかったのかと思うと、胸が締め付けられる思いがした。


 すると腕の中で、ルイスが声を上げて笑い出す。


「……ルイス様?」

「ふ、ふふふ……良かった。ユリシアは僕が大好きなユリシアのままだ」


 抱き締めていた腕を緩めれば、彼はしめたとばかりに口付ける。舌が唇を割り込み、口内を蹂躙する。息もつかせぬほどのキスの雨は、角度を幾度も変えて降り注いだ。

 それが終わったのは、ユリシアが息も切れ切れに脱力した後だった。


 頬を赤く染め、目を潤ませた姿に満足したルイスは、唇をちろりと舐めると笑う。その笑みに、ユリシアはぞくりとした。


「あ……」

「ユリシア。――絶対に離さないからね?」


 甘露のように甘い声音と笑みに当てられ、ユリシアはこくりと頷いた。






 それからのルイスは大変だった。まるで今までの距離を埋めるかのように、ユリシアとベタベタし出したのだ。

 毎日のように城にやってきては甘い言葉を吐かれ、足腰が立たなくなるまでキスをされるユリシアは、初夜が終わってからどうなるのか、内心冷や汗を浮かべている。

 しかし当のルイスは、ユリシアが毎日来ようが関係なく、しっかりと政務をこなしているのだ。末恐ろしい腹黒だ。


 そんな姉の幸せそうな様子を見て、エリミシアはアデルとともにため息をこぼす。


「アデル様……ルイス様はやはり、腹黒でしたのね」

「まぁ、一応友人をしていた僕としてはなんというかね……うん。愛が重いだけなんだよ、彼は」

「面倒臭いですわね」

「本当にね」


 散々迷惑をかけられた苦労性婚約者組は、やっと静かになった彼らを見て苦笑せざる得なかった。


 ――それから数年後挙式を挙げたこの四人がそれぞれどのような道を歩んだのかは、また別の話である。

新年明け短編祭り第三弾。


「私の声は、聞こえますか?」の同世界観でお送りいたしました。読んだことがある方は分かるかと思いますが、アイリとアルフォートの娘たちです。

さらに言うならアデルは、リノラとライルの息子です。

上記の作品を読まずとも楽しめるように作りましたので、ただの蛇足になります。


いろんな意味で糖分が多すぎて、書いてる作者が砂を吐きそうでした。ゴチソウサマデシタ。


(気になっている方がいるとまずいのでネタバレしますと、ルイスがとっ捕まえたメイドさんは、ユリシアを追う前にルイスが昏睡させた後、庭で衛兵に発見されるまで放置でした。南無南無)



最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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