追放
法を犯すと裁かれるのは、天界でも同じことである。
『小さな癒しを与える者・シェミスエル』
シェミスエルが就いている役職は、水晶窓という道具を使って行う、人間界の観察および人間個人の運命観察。ただし、観察した内容をまとめて報告するだけであり、干渉してはいけない。シェミスエルはこれを犯した。
いつも通り、水晶窓から人間界を観察していたシェミスエルの視線は、公園でキャッチボールをしている女性と少年に目が止まった。その光景に少し不思議さを感じる。今まで見てきたキャッチボールのほとんどが、男同士の行為だったからだ。しかもこの二人の年齢は、見た目からも明らかに離れていることがわかる。
別に女性でも問題は無いのだが、なんとなく気になってしまい、過去情報を探ってみる。数秒もしないうちに、二人が親子関係だということがわかった。更に深く探ると、母親の恋人は子供を産んですぐに病気で亡くなっているらしい。
これも別段、珍しい事ではない。人間が病で死ぬところなど、多く見てきたのだ。
この親子だけに時間を割くわけにもいかないので、他へと視線を移そうとする直前、母親の投げたボールを子供が後ろへ逸らした。
ボールは公園から出て、運悪く車道へと向かう。子供というのは、頭の片隅で危険だとはわかっていながら、それでも楽しさを優先してしまうものである。キャッチボールを早く続けたいという気持ちから、母親の注意も聞かず、ボールを追いかける。子供の視線からだとわからないが、シェミスエルからだと、そこへ車が通りかかるのが見える。
シェミスエルは理解した。これも運命。この出来事で子供は死に、母親は……。
最愛の人を亡くし、その子供までもが目の前で後を追おうとしている。これから先、あの母親はどうなるのだろうか。
そう考えるのとほぼ同時に、シェミスエルは動いていた。
水晶窓に手を当て、強く念じる。あの子供が死ぬことの無い結果を。
次の瞬間、一陣の風が吹いた。
車道へと向かっていた子供は、突然の風に驚き、歩道で尻餅をついた。その先を車が横切る。母親が子供に追いつき、「よかった、本当によかった」と泣きながら子供を抱きしめた。シェミスエルも、よかったと胸を撫で下ろした。
その直後、背中の翼に激痛が走った。あまりの痛みに膝から崩れ落ちる。
近くにいた、同じ役職の天使が駆け寄ろうとする。が、途中でその歩みが止まった。その表情は驚愕と軽蔑を示していた。
痛みが治まり、翼を確認してみる。右の翼に変わりはなかったが、左の翼に変化があった。綺麗な白だったはずが黒へとなっていたのだ。
この出来事は数秒もしないうちに天界中に広まった。
「人間を観察していた天使が法を犯したらしい」
「片翼が黒くなっているのを見た」
「どうでもいい」
いろいろな噂が飛び交う中、シェミスエルの処罰が決まった。
罪状:人間の運命操作
刑罰:人間界への追放並びに役職および能力の剥奪