SIDE; A
ロザヴィー姫が、黒の王子アスワドを選んだ後から結婚式までの間の、どこかの話です。
AはアスワドのA。
「姫………」
アスワドが見つめると、ロザヴィーは少し顔を赤らめて、健気に見つめ返す。
恥らいながらも自分を受け入れてくれる姫。愛おしい。大切にしよう。
細身のロザヴィーを潰す轍を踏まないよう、そっと抱きしめると、口づけを交わす。想像していたより柔らかく甘い味に、瞬間、アスワドは我を忘れた。
「ア、アスワド様?」
狼狽するロザヴィーの声も、アスワドの衝動への抑止力とはならなかった。
甘いその唇を貪るように奪い、そのまま瞼、頬、首筋、と口付けで辿り、耳朶を食んだ。
柔らかい部分に歯が当たる感触に、ロザヴィーが悲鳴を上げる。
ハッとしてアスワドが力を緩めた隙に、愛しい女は両の腕から逃げ出していた。
「アスワド様は、狼ですか!」
真っ赤な顔をして耳を押さえ、涙目で叫ぶロザヴィー。
「…うん?」
怪訝な貌でアスワドが聞き返したのは、仕方の無い事といえよう。
「昔、ばあやが読んでくれた童話にありました!赤い頭巾の女の子を狼が食べてしまう話!老女も食べられたんですよ。頭からガリガリと……こ、怖い」
アスワドは、2秒ほど固まった。
間違いない。ロザヴィーは、至極真面目に言っているのだ。
「ええと…つかぬことを聞くが、姫」
「はい?」
「結婚した男女が何をするか、その…知ってはいるんだよな?」
「?勿論です」
アスワドが近付かないように警戒しながらも、ロザヴィーは返答する。
「手を握って、誓いの口付けをして、同じベッドで眠るんでしょう?」
「そうそう、何だ知ってるんじゃないか……って、まさか、眠るだけか?」
「?他に何か?」
そう、純真無垢な瞳で尋ねられたら。
アスワドは、もう、何も言えない。
溜息をついて、彼は愛しい恋人に向かって両手を広げた。
「おいで。もう、貴女の嫌がることはしないから」
ロザヴィーは、恐る恐るアスワドの顔を見た。それから、破顔一笑。アスワドの腕の中に飛び込んでくる。
「大好きです、アスワド様!」
つまるところ、相思相愛の二人なのだ。
「……ところで姫、一つ約束してくれるか」
「なんでしょう、アスワド様?」
「結婚式までに、母君か姉君にでも、聞いておいてくれるかな。その……花嫁の心得、というやつを」
不思議そうに瞬きしながら肯くロザヴィー。
安心しきった恋人を優しく抱擁しながら、アスワドは悲しいくらい必死に、己に言い聞かせていた。
焦ることはない。ゆっくり、ゆっくりだ、と……。
結婚式の夜、
「あ~…え~と…花嫁の心得は聞いてきてくれたのか?」
と尋ねるアスワドに、満面の笑みで答えるロザヴィー。
「はい!旦那様に全てお任せするようにと言われました!」
頭を抱えるアスワドが目に浮かびます…。