09. 命の代金
少し用事を済ませたカストは、また病院に戻ってきた。扉を開けて中を覗くと、誰も居ない待合室でポツンと一人腰かけるミゥの姿が目に入った。彼女は、視線を床へと落としている。あの様子だと、事情は、ここの医師か看護師から聞いていそうだ。
カストは、小さく息を吐くと中へと足を踏み入れた。そして、何も言わずに彼女の隣に座る。ミゥは、そんな彼をチラリと見上げたが、すぐにまた床に視線を戻した。室内は、とても静かだ。そのせいか、壁掛け時計の音が妙に大きく聞こえる様が少し煩わしく感じられた。ミゥは、表情を曇らせるとポツリと漏らす。
「大丈夫かな、あの子達・・・」
「さぁーな。あいつ等が何時、それにどのくらいの量の毒を摂取したかも分からねーし。なるようにしかならねーよ。」
カストは、腰のポーチからまた煙管を取り出してふかしていた。受付けのあの看護師が嫌そうな目でこちらをみやるが、彼の先ほどの態度が怖かったのか、注意にはやってこない。ミゥは、そんな彼に眉をしかめた。
「・・・何、その冷たい言い方?」
しかし、カストは、白い息を吐き出すと何も言わずに視線を彼女に向けただけだった。すると、扉が勢いよく開いた。そこから数名の女性が息を切らして入ってくる。その中の一人がカストの姿を見つけ駆けてきた。
「カストさん、エミリアは?」
「ハンナ・・・。中だ。まだ、治療中だとよ。」
カストは、胸の前でギュッと不安げに手を組むハンナに診察室を視線で指した。それを追って、ハンナも診察室の扉に顔を向ける。その会話が聞こえていたようで、彼女と一緒に入ってきた他の女性達も同じように診察室を見やっていた。
彼女達が入ってきた扉の外では、荷馬車の中年男性に頭を下げている看護師の姿が目に入った。どうやら、子供達の親をわざわざ呼びにいっていたようだ。その途中、エミリア達のいきさつを呼びにきた看護師から聞いていたハンナは、カストに向き直ると深く一礼した。
「あの・・・エミリアをありがとうございます。なんでクドコクなんて・・・」
顔を上げたハンナは、ギュッと眉根を寄せた。彼女の後ろにいる女性達も同じように表情を曇らせる。ミゥは、その様子を黙って見ているだけだった。いや、かける言葉がみつからなかった。
しかし、カストは、一呼吸間を置くと少し上を向き、長く白い煙を吐き出した。長く伸びている前髪が唯一見えていた左目にも影を落とす。そして、ポツリと零すように口を切った。
「あいつ等、腹減ってたってよ。」
「「「!!」」」
その言葉に、女性達は大きく瞳を見開いた。誰もが心当たりがあったからだろう。店を取られてから、生活は一変している。神父の好意があるといっても、それで全ての生活がまかなえるわけではない。食べるもの、着るもの・・・と、生活に必要なものをどれだけ切り詰めているか。
一人の女性が険しく表情を曇らせて口を開いた。それは、怒りなのか悔しさなのか、あるいは両方だったのかもしれない。
「・・そんなッ・・みんな我慢してるのにッ」
彼女の台詞は、その場にいる女性達の誰もが思う言葉だった。みんな一様に表情を曇らせて、少し斜め下に視線を落とす。
妙な静けさが待合室に訪れた。誰も何も言わず、ただそこにいるだけだった。しかし、カストだけは、相変わらず煙管をふかせている。すると、診察室の扉が開き医師が顔を出す。
「「「「先生!」」」」
思わず声を上げ、女性達が医師に駆けよった。ミゥは、座ったまま顔だけをそちらに向けて医師の言葉を待っている。医師は、簡潔に子供達の様子を彼女達に伝えると、診察室へ入る許可を出す。彼女達は、その言葉に涙を浮かべて彼に何度も頭を下げながら中へと消えていった。
医師は、すぐに待合室に座るカストの姿をみつけるとやってきて口を開いた。
「君、本当に助かったよ。ありがとう。」
「礼は、俺よりこっちに言え。元々、コイツの店に納品した商品だったからな。」
カストは、煙管を口の端に加えたまま、隣のミゥを親指で指してそっけなくそう言った。医師に視線を向けられ、ミゥは慌てて小さく笑みを浮かべると首を横にふる。
「いいえ、お礼は。それより、子供達は?」
「少し入院してもらうが、大丈夫だよ。」
「そうですか・・・良かった。」
医師は、心配げなミゥにニッコリと微笑んだ。その様子に、彼女は、ホッと胸を撫で下ろす。医師は、再びカストに目をやると子供達の様子を見てきてはどうだと言った。しかし、彼は、一服つくと煙管をしまう。そして、面倒だから別にいいと立ち去ろうとした所を、ミゥに腕を捕まれ、無理矢理診察室に放り込まれたのだった。
中へ入ったカストは、こちらの存在に気づいたハンナと目が合う。診察室には、ベッドの間に簡易の仕切りが置かれていた。至る所から、すすり泣く母親達の声が聞こえてくる。
カストは、大きな息を吐き出すとハンナの元へと歩み寄る。彼女は、口元に弱々しい笑みを浮かべるとベッドを見やった。そこには、ぐったりと横たわるエミリアの姿。どうやら、意識はあるようで瞳は開いているが虚ろだった。カストが傍まで行くと、エミリアは少し顔をあげて彼をみやった。
「かすと・・・」
「気分はどうだ?」
「ぅんっと、ね・・・」
「まぁ、まだよくねぇーよな。ゆっくり寝てろ。」
エミリアは、カストの問いにぼぉーとした様子で、それでも何か紡ごうと言葉を探す。カストは、そんな彼女の頭にそっと触れて静かに口を開いた。小さな少女の頭には、彼の手の平は少し大きいようで、瞳辺りまで影を作った。その影に、エミリアはゆっくりと目を閉じる。思ったよりは元気そうな彼女の姿に、カストは小さく苦笑を浮かべる。そして、踵を返しかけるとエミリアがポツリと呟いた。
「かすと・・・ありがと・・・ね?」
「・・・ああ。」
カストは、エミリアに背を向けると優しげな声色で軽く頷く。そして、そのまま診察室を後にしたのだった。
カストが診察室から出てくると、面会を終えた親達も少し後れて出てきた。ミゥと少し話をしているカストの背に、ハンナは声をかけた。
「あのカストさん・・・」
カストは、何か言いたげにこちらを見上げるハンナを振り返る。彼の表情には、笑みも怒りも浮かんではいない。そして、淡々と口を切る。
「ハンナ、薬代はちゃんと払ってもらうぜ。」
「ちょ、ちょっと待って!!私達、お金なんてそんなッ・・・」
「店も家も取り上げられて、払えるものなんか無いわッ・・・」
口を開きかけたハンナを遮って、他の女性達がカストに向かって次々に悲痛な声をあげる。ミゥは、そんな彼女達とカストをやるせない表情を浮かべて交互に見やった。しかし、カストは、母親達に冷たい視線を送る。その彼女達に救いの手を差し伸べたのは、診察室から顔を出した医師だった。
「カスト君だったか・・・。この代金は、私が払おう。出来れば残りの薬草も全部売って欲しいんだが・・・」
「買ってくれる分には構わねーよ。ただし、ガキ共の薬代は親共に払ってもらう。びた一文まけるつもりはねぇ。」
「ちょ、カスト!!」
カストは、医師に視線を向けると小さく息を吐いた。だが、そのまま続けた台詞に、さすがに見かねてミゥが声をあげる。しかし、彼は、彼女に顔を向けると続けた。
「ミゥ、さっきの薬は俺が全部買い戻す。お前の店の分は、すでに手配つけてるから、改めて納品させてもらうわ。」
「そ、そりゃー、助かるけど・・。」
ミゥは、いつもとは違う妙な静けさを纏うカストの様子に躊躇いがちに口を開いた。そんな彼らのやり取りを聞いていた母親達の幾人かが膝をついて泣き出した。カストの瞳が一段と険しさを増す。
「金がねぇ?だったら、誰かが何とかしてくれんのか?めでてぇ頭してんじゃねぇよ。よく覚えとけ。金が無けりゃ、命だって買えねぇンだよ。大人の都合なんて、子供共に押し付けンなッ!!」
「しょーがないじゃないッ!!私達だって好きでこんなッ・・こんなッ・・・」
嗚咽交じりに膝をついて泣いていた一人が声を荒げた。しかし、そんな彼女にカストは煩わしそうに舌打ちを零す。
「チッ・・・うぜぇー。」
「カストさん!お金は、払います。絶対に・・・」
ハンナは、カストの前に踏み出すと、彼を真っ直ぐにみやった。カストは、そんな彼女の目をジッとみやると踵を返した。
「当たり前だ。領収書作って出直すから、それまでには用意しとけ。」
片手を上げてそう言いながら病院を後にする彼の背に、ハンナは深く頭を下げた。そんなカストの背をミゥが慌てて追いかける。しかし、扉から出る直前、母親達を振り返ると軽く会釈した。そして、そのままセントラルへと消えていく。
後に残された母親達は、ただ表情を曇らせ肩を落とした。そんな中、ハンナだけは、心底カストに感謝していた。もし、エミリアがカストに会わなければ、大事な娘を失っていたかもしれない。彼だったからこそ助かったのだと、ハンナはそんな気がしてならなかった。