05. 商業都市ラメラに巣くう闇
「何があった?」
「えっ・・・」
「自称『不動産』屋の連中に、店の権利書突きつけられて、ホイホイ店を明け渡しちまったってか。ホントにそれだけかよ?」
安い宿屋と酒場が立ち並ぶ通りの一軒の酒場のカウンター。そこで、カストはブランデーの入ったグラスを傾けながら横目で隣のジェームスを見やった。
この酒場もラメラに来たらよく足を運ぶ場所だった。しかし、酒場に入る時間帯としては、ちょっと早いせいか、店内には自分達をおいて他に客の姿はない。
カウンター内では、がっしりとした体格の店主が、何やら料理の下ごしらえを行っている。注文した酒のグラスに手をつけず、それを眺めていたジェームスは、ピクッと肩を震わせた。そして、大きな溜息をつくと顔をあげカストに視線を向ける。
「さすが、カスト。情報が早いな、ハハ・・・。ああ、その通りだよ。最初は、抵抗してたんだけど、遠まわしな店への嫌がらせが始まってね。その内、エミリアとハンナにまでッ・・・」
ジェームスは、言葉に詰まると膝の上に置いた手をギュッと握り肩を震わせた。恐怖というよりは、小さく怒りと悔しさが滲み出している。カウンター内の店主が、そんな彼に小さく眉を寄せて一瞬だけ視線を送った。だが、カストは、何の感慨も無く、むしろ呆れた様子で聞き返した。
「で?」
「でッて!!家族が危険な目にあったんだッ!!当たり前だろッ!!」
ガタンッ
カストは、座ったままジェームスの胸倉を掴み上げるとそのまま床へと叩きつける。避ける暇もなく、ジェームスは背中を床へと思いっきりぶつけた。そのせいで、喉に息が詰まる。その様を見やっていた店主が、カウンター越しにカストに向けてあからさまに顔をしかめた。
ジェームスは、ヨロヨロと起き上がって床へと座り込むと大きな溜息を一つ零す。彼だって好きで店を手放したわけではない。どうしょうも無かった。彼には、自分の家族を守る為に取るべき選択がそれしか思いつかなかったのだ。しかし、その為にハンナとエミリアを路頭に迷わせる羽目になってしまった。
ジェームスは、自分の手平を見つめる。自分は、なんて無力なのだろうと。そう感じずにはいられない。しかし、カストは、そんな彼に鋭く細めた視線を向けるだけだった。
「うるせーよ。テメェの家族の事なんか知るか。それより、他に何か無かったのか?」
「・・・他?」
ジェームスは、上から降ってきた冷たいカストの言葉にハッと顔をあげる。そして、小首を傾げながら立ち上がると彼の隣に座りなおした。
カストは、手の中のグラスに目を落とす。そして、それを回すように小さく揺らした。カストには、分けが分からぬことばかりだった。この街の一番の取引相手は、ミゥとジェームスの二人。まぁ、そもそも流れで勝手きままに商売をする彼にとって、特定の納品先があるのはよほどの得意先だった。
それが、久々に来てみるとジェームスは店を奪われ、ミゥもまたその危機にあるという。しかし、ここトードストゥール国首都ラメラは、土地全ては“国”のものであって、よほどの事がない限りは強制的な立ち退きなどされない。しかも、ラメラに建つ店は、どれも古くからこの国を支えてきた商店だ。その店々をこんなに強引に潰していくなどおかしな話だ。
「ああ。誰か見かけねぇー奴が居たとか、その権利書が不審だったとか・・・。とにかく、なんか違和感感じたことねぇーのかよ?」
「見かけない奴と言われても・・・。地上げ屋の人間は、この街で見たこと無い奴ばっかりだし、権利書も本物だったし・・・。」
カストは、グイっとグラスを飲み干とジェームスに視線を戻す。しかし、彼は眉根を寄せるだけだった。そんな彼の様子に、カストは小さく息を吐く。
ミゥの店でもそうだったが、違和感だらけなのに何一つその違和感を掴めない。そもそも、あの強引な連中に役人達が手を出せないというのは厄介な話だ。しかし、一番引っかかるのは、ミゥが言っていた“書面が真っ白になっていた”という話。カストは、ふと気になった事を口にした。
「そういや、あの神父。いつ頃からココに来たんだ?」
「数ヶ月ほど前かな・・・」
「地上げ屋が出てきた辺りか?」
「まぁ時期的には・・・って、もしかして、神父様を疑ってるのかい?」
「いや、ただ気なっただけだ。オヤジ、ボトル追加!」
カストは、ブランデーのボトルを傾けてグラスになみなみに注ぐ。しかし、その一杯で空になってしまったようで、ボトルを数度しつこく振ってみるが数滴しずくが落ちてくるだけだった。彼は、恨めしそうに空になったボトルをみやりながらカウンターの店主に渡した。その際、更に一本追加で注文をつける。隣のジェームスは、最初に頼んでいたつまみを食べながらチビチビと酒を飲んでいた。
「何にせよ、せっかく君に商品を回してもらって、なんとか店が軌道にのっていたのにッ・・・。本当にすまない。」
「テメェのヘボさは、よく知ってるってーの。だが、俺様は俺様のもんを『タダ』で持っていった連中をこのままにする気はねぇーよ。それに、今回はちょっとばかし儲かりそうな臭いもするしな。」
「カスト?」
ジェームスは、ギュッと瞳を瞑るとテーブルに額をつけて心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。しかし、カストは、テーブルに肘をつくとその手の平に頬をのせる。そして、乾し肉をつまむとクスリと笑みを零した。ジェームスは、顔を上げるとそんな彼を不思議そうにみやった。
「オヤジ、ボトル追加まだか?あっ、それとなんかつまみ適当に♪」
「珍しいな、先払いのお前が後払いとは・・・」
店主は、少し不機嫌に声をあげるカストにやっと追加のボトルを差し出した。いつもなら、飲み食いする前に金を払う彼にしては珍しく注文が先にきた。カストは、追加のボトルをすぐにグラスに注ぎながら、そんな彼ににこやかに答えた。
「ああ、だってジムのおごりだからな♪」
「・・・・ええッ!!!どーして!!」
酒を飲んでいたジェームスは、慌てて口からグラスを外すと隣に顔を向け声をあげる。しかし、カストは、グラスに注いでいたボトルをダンッと音をたててテーブルに置くとゆっくりと彼を振り返った。
「誰だぁぁぁぁぁ、俺様の店をタダでくれてやった愚かしいヘボ男はぁ~~~~ッ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!だから、あの店は僕のなのにぃ!!」
背に地獄の業火を背負ってるかのような異様な威圧感をかもし出しているカストに三白眼で睨まれて、ジェームスは涙ながらに声を上げる。カストは、そんな彼の頭を一発ゴンッと殴るとグラスの酒を水のように飲み干した。
「うるせぇ、ヘボ男が俺様に口答えしてんじゃねー!!おいオヤジ、美人のウエイトレスでも雇えよ。今日は、ガキ紛いとガキにしか会ってねぇーんだよ。気分も萎えるってもんだぜ。」
「人を雇うほど広い店じゃねーよ。相変わらず、文句の多い男だな、お前はよ。」
店主は、二人しかいない客へと視線を向けると呆れたように苦笑を零した。カストは、ラメラに立ち寄っている間は、ほとんどこの店に顔を出している。理由は、酒も食べ物も安いからだ。そのせいか、ここの店主とも自然と顔馴染みになっていた。そんな彼の隣では、殴られた頭を擦りながらシクシクとジェームスが俯いて酒を飲んでいる。
カストは、酒を注ぎなおすと、追加できたつまみのナッツに手を伸ばす。それを口に放り込みながら、チラリと店のカウンターの奥に視線をやった。
「ビリー、デコイのじいさんはまだ生きてるのか?」
「ん?ああ、まだ生きてるぜ。いつもの場所で商売してるよ。なんだ、何か欲しい情報でもあるのか?」
「まぁーな・・・。」
店主ビリーは、カストの言葉にカウンター奥の席に視線を配った。そんな彼に、カストは愛想のない返事を返す。ビリーは、暗い空気を背負って肩を落とすジェームスに、おごりだと言って彼の秘蔵の酒を一杯出してやった。この酒は、よほど気に入っている人間にしか彼は振舞わないものだった。