04. ジェームス・スミスと若神父
カストは、爽やかな海のような青い絨毯が敷かれた廊下を歩んでやっと部屋へとやってきた。渡された鍵と部屋番を確認してから中へと入る。
部屋は、一人で過ごすには広々としていた。天蓋付きのゆったりとしたベット、彫刻が施された木の長持、小さめのソファーとその前にはお茶用のテーブル。部屋の片隅には、仕事用の文机まで置いてある。
入り口付近には、ポールスタンドと洗面用の台。その上には、洗面器と水差し、凝った枠の鏡。壁には、趣味のよい壁掛けと衣服を掛ける為の鉤が数個ついてた。そして、床には深紅の広いマットが敷いてある。
カストは、満足そうに部屋を見渡すと無造作に荷物を降ろした。広い部屋ではあるが、彼の荷物が置いてあると少し狭く感じる。
時刻は、15時過ぎ。これまでの旅の疲れもあるので、今日はこのままフカフカのベッドにでも倒れこんでしまいたい。しかし、まだこれから行く所がある。カストは、軽く肩を回して首を左右に倒すと小さく息を吐き出した。
「さてっと・・・龍華。」
リュックに向けて放たれたカストの声に、リュックがもぞもぞと動き出す。そして、シュパッっとその入り口から右手の拳を突き上げた小さな影が勢いよく飛び出した。そして、シュタッと床に下り立つ。
その物体の後ろでは、リュックの上で眠っていたタワシがコロコロと転がってテーブルの足にぶつかった。その拍子に、やっとタワシは目を覚ました。タワシは、辺りを見渡すとピョンピョンと元気よく楽しげに部屋を飛び回る。カストは、そんなタワシをジト目で見やるが、すぐに視線を飛び出してきた物体へと向けた。
それは、10歳くらいの少女の自動人形。緑色の髪のでっかいお団子を両方に結わえ、頭からは触覚のようなアンテナを生やしている。服は、中華風の赤いワンピース。クリッとした大きな紫色の瞳が愛らしい。そして、手には自分と同じくらいの大きさのプラカードを持っている。
龍華は、自動人形ゆえ話すことが出来ない。しかし、彼女に売り子をさせることがあるカストは、知り合いの自動人形技師に頼み、言葉を反映させる事が出来るプラカードを作ってもらったのだ。
彼女は、くるっとプラカードを回す。
“おはよーございます、店長!”
「おぅ。露天許可書とって来ておいたから、お前明日から店番頼むわ。俺は、色々と他に用事出来ちまったからな。」
“ラジャ☆”
カストの言葉に、彼女はまたもやプラカードを回す。
「んじゃ、さっそく出かけてくるから、明日出す商品の整理してろ。それと、この役にたたねぇケダモノも一緒に連れてけよ。」
“イエッサー、店長!”
カストは、リュックを指指した後、部屋を飛び回っていたタワシを無造作に掴む。そして、龍華に向けて放り投げた。彼女は、タワシをしっかりキャッチすると自分の肩にのせる。そして、小さな左手を額につけて敬礼しながら、右手で起用にプラカードを回した。
「・・・じゃ、行ってくるわ。」
“いってらっさいましましー☆”
カストは、大きな溜息を吐くと面倒臭げに部屋を後にした。その背を見送った龍華は、さっそくリュックから商品を取り出し始めた。
再び街に出たカストは、適当に入った食堂で遅めの昼ご飯を取り、その足ですぐにミゥに教えてもらった街外れの教会にやってきていた。この辺りは、商店街からは大分外れているせいか、住宅など無く石畳すら敷かれていない。少しくすんだ壁の小さな教会がポツンと建っているだけだ。
カストは、ざっと辺りを見渡してみるが誰かがいる気配がない。すると、丁度教会の中から一人の神父が出てきた。中肉中背で黒髪の柔らかい雰囲気の優男風だ。しかし、カストが想像していたより若い神父だった。多分、この男がミゥが言っていたイリアス神父なのだろう。
「おい、アンタ。」
「はい、こんにちわ。お見かけしない方ですね。旅人さんですか?」
声をかけられた神父は、カストに視線を向けると笑みをたたえたまま小首を傾げた。
カストは、細身の長身で、顔はどちらかと言えば整っている方だろう。長い後ろ髪を無造作に一つに束ね、その顔の右側には長く伸びた前髪がかかり瞳すら見えない。見えている左目は、紅瞳の切れ長で真鋳付きの片眼鏡をかけている。
白地のローブの下には、黒いTシャツと深緑色のカーゴパンツ。胸元には、彼のトレードマークと化した大きながま口の財布がぶら下がっている。そして、金具の付いている茶色のロングブーツといった、この格好で本当にいくつも山を越えてきたのかと疑いたくなるほどの軽装だ。
しかし、街人とはどこか違う旅人特有の雰囲気に、神父はなんとなくそう口にしたのだろう。
「ああ。流れで商やってる。それより、ここに俺の知り合いが居ると思うんだが、ジェームス・スミスって冴えねー男でよ。」
「スミスさんのお友達ですか!それはそれは。ええ、いらっしゃいますよ。どうぞ、こちらへ。」
神父は、何故かどこか嬉しそうに声を上げるとニッコリ微笑んだ。そして、カストに向けて教会の中へと手を向けたのだった。
彼について教会に入ったカストは、そこを抜けてすぐ外へと出た。ちょうど教会の裏手側だ。教会の庭というよりは、本当にただの裏手なのだろう。何も無い野原のような広い平面にいくつもテントが建っていた。
そこでは、焚き火をしていたり、ちらほらと見える人々が立ち話をしていたり、子供達が声を上げて遊んでいたりと、まるで小さな遊牧民の村にでも来たかのようだ。カストは、案内をしてくれている神父の背について歩みながらそんな光景に視線を配る。
すると、とあるテントの前で神父の背が止まった。その背から少しずれて前を見た。するとそこには、こちらの顔を見やりパッと顔を明るくする男が一人。カストと変わらぬほどの長身の男で、茶色の短髪に糸のような細い目をニッコリと象らせている。図体がでかい割りには、全体的にふんわりとした、いかにも人が良さげな雰囲気が滲み出していた。彼は、にこやかに微笑むと片手をあげた。
「カスト!!やぁ、久しぶッ」
「なぁ~にぃ~がぁ~、「やぁ!」だ!!爽やかに挨拶してんじゃねぇーよ!!どういうこった!!俺様の店を売り渡しやがってッ!!」
カストは、普段から鋭い瞳を更に吊り上げて言葉の途中のジェームスの胸倉を掴みあげた。その顔の至る所には、プチプチと青筋が浮かんでいる。ジェームスは、そんな彼にシドロモドロとしがらも口を開いた。しかし、カストが黙って彼の言葉を聞くわけがない。
「な、なんで君の店に・・・。あのお店は、正真正銘、僕が祖父から受け継いだ・・・」
「やかましいわッ!!商売の「し」の字も知らねぇテメェが潰しかけた店を、誰のおかげで立て治ったと思ってやがんるんだッ、ああ!!」
「それに関しては、本当に君には感謝しているよ。」
「んな金にならんもんはいらねぇー!!つーか、テメェの店に納品する筈だった商品、どーしてくれるんだよッ!!」
カストは、ジェームスを掴んでいる手を自分の方に更に引き寄せると上から睨め付けながら問いただした。彼は、頭から大量の汗を流しながらオロオロするばかりだ。そんな光景を驚いてみやっていた神父がさすがに止めようと口を開きかけた。しかし、そんな彼らに割って入った声は無邪気で愛らしいものだった。
「わぁ、カストだぁ❤」
「エミリア・・・。なんだ、ちょっと見ねぇ間にデカくなったじゃねぇーか。」
カストは、下から聞こえてきた声に胸倉を掴んでいた手を離すとそちらに顔を向けた。そこには、肩ほどまでの茶髪を二つ括りにしている5歳くらいの少女がこちらを見上げていた。彼女は、ジェームスの一人娘エミリア。カストが前に会ったのは、丁度一年前くらいだ。彼女は、カストの言葉にパッと顔を輝かせる。
「ホント!でも、おっぱいは大きくならないよ?」
「心配すんな。お前の母ちゃんがあんだけ巨乳だからな。お前は、将来有望だ!」
エミリアは、自分の胸元をパシパシ叩いて見やりながら眉根を寄せた。カストは、そんな彼女に親指をたてて突き出すと自信満々にそう言い放つ。だが、ジェームスに後ろにあるテントから複雑な表情を浮かべた控えめな美人が顔を出した。
「カストさん・・・」
「よぉ、ハンナ。お前の亭主は、相変わらず冴えねぇーな。ったくよぉ。」
「お久しぶりです。この度は、本当にすみません。せっかくカストさんがウチと契約してくれて、お店も繁盛し出していたのに・・・。」
カストは、エミリアから視線をハンナに向けると溜息混じりにそう口にした。ハンナは、苦笑気味に小さく笑うと軽く会釈する。しかし、上げた顔の眉は小さくハの字に寄ったままだ。カストがここへと赴いてきたということは、自分達の状況を察してのことだろうとすぐに気がついた。
カストは、肩を竦めて頭を振るとジェームスに冷たい視線を送る。
「ホントにいい迷惑だぜ。カスト商店、初のチェーン一号店だったのによ。呆れて物も言えねぇーよ。」
「いやっ、だからあの店は・・・」
「とにかく、ジム。テメェには、色々と言いてぇーことがあるからな。オラ、来いッ!!」
口を開きかけたジェームスに、カストの瞳が釣りあがる。ぐわっと顔近づいた彼の顔に逆光が暗い影を作り出す。その様にジェームスは言葉を飲み込んだ。ハの字に寄せられた眉が小刻みに震える。カストは、そんな彼の首に腕を回すと強引に連れてゆく。そんな二人の姿にエミリアが不思議そうに首を傾げた。
「パパぁ、カスト、どこ行くの?」
「ん?ああ、ちょっとした大人の楽園だよ♪」
カストは、歩みを止めると振り返り、エミリアにフッと小さく笑みを零した。エミリアは、彼を見上げて、理解したようなしていないような曖昧な相槌をする。しかし、それを見やっていた他の大人達には、彼の笑みが妙に邪悪に見えていた。ジェームスは、慌てて自分を掴んでいる彼の腕に待ったをかける。
「ちょっ!カスト!!待ってッ!!ああーーーー・・・・」
だが、そんな彼の抗議など虚しく、カストは軽々とジェームスを引きずりながら去っていったのだった。その姿に、イリアスは苦笑を浮かべて口を開いた。
「・・・もの凄い、お友達ですね。」
「ええ。あの人にしたら、ちょっと珍しいタイプのお友達です。」
「そのようですね。」
ハンナは、二人の背を見やりながらクスクスと笑みを零した。そんな彼女の姿に、神父は改めてカストへと視線を移す。引きずるジェームスに向かって何やら騒ぎ立てている。そんな彼に、相変わらずオロオロとしながらジェームスが答えている。
どうやら、あれはあれで上手くいっているようだ。イリアスは、ハンナに視線を戻すと同じように笑みを零したのだった。