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Alcadiaの旅商人 - special edition☆ -  作者: 秋夜 海月
① 旅商は、転んでもタダでは起き上がらない feat.ミゥ
2/24

02. 旅商人と噂


ミゥは、神妙な面持ちでここ最近密かに騒動になった事件のことを話し出した。事件は、一般的に世間には好評されていない。もっぱら、噂として流れてきたものなのだ。この噂もラメラの住民全員が知っているわけではない。ミゥもたまたま常連のお客から聞いただけだった。その客は、城の兵士(トランプ)に知り合いがいるとかで、たまたま飲み屋であった知り合いが酔った勢いにポツリと漏らしたものだったらしい。


数ヶ月程前、城の最重要書類を保管してある大きな金庫の中にあった、ラメラの商店の権利書が全て真っ白になっていたのだという。そう文字通り“真っ白”に。書面から規約や住民達のサインの全てが“消えて”いたらしいのだ。ただ、住民達にサインをしてもらったはずの権利書の紙の束だけが残っていたのだという。


金庫は、誰でも開けられるものではない。ある一定の位と役職が無ければ近づく事さえ許されない。それに、金庫を開けるには、カバラ王の許しか宰相にして王の右腕であるフェリクスの許しがいるのだ。


そんな不可思議な事件が起きた直後、そこに突然出てきたのが地上げ屋だった。彼らは、表向きでは『不動産』屋だと言い張ってるらしい。そして、その権利書は、宰相から直々に渡されたと言ってカバラ王直筆の書面を提示してきた。役人が鑑定した所、どうやら本物だということが判明。


しかし、宰相にも書面を書いた王にもその記憶はない。更に面倒なことに、現在カバラ国王は、フェリクス宰相を連れて聖都グラスブルクに赴いている。グラスブルクにて行われているサミットに参加する為だ。どうやら、事件解決に着手出来ぬままに出かけていってしまったらしい。



「なるほど、それでお役人様も迂闊に手が出せないと・・・。それにしても、書面の中身が消える・・・ね。」



話し終えたミゥは、心なし肩が落ちているように見えた。彼女にとってラメラの商店街の人々は、家族だと言っても過言ではないほど繋がり深いのだ。知り合いが幾人もお店を差し押さえられ、強制退去に追いやられていった。何も出来ぬまま、見ているしかなかった。


ミゥの店の通りも表向きは活気があるのだが、チラホラと既に店を差し押さえられた者達が出てきている。自分の店もいつそうなってしまうかという不安は拭えない。


カストは、そんな彼女をチラッと見やると大福を頬張りながら口を開いた。



「そういや、立ち退きした奴らはどこに居んだ?」

「それなら、街の外れに空き家だった教会があるでしょ。最近、あそこにイリアスさんって言う神父様がいらしてね。その神父様が行き場所を無くしたみんなの世話をしてるの!すっごく優しくって、すっごくイイ人なんだよ❤」



顔を上げてそう語るミゥには、先ほどの影は見受けられない。職業柄か彼女が生きてきた道なのか、他人の前では何があっても心内が顔に出ないように振舞ってしまう。


ニッコリと笑みを浮かべたミゥに、カストはお茶をすすると怪訝そうに眉間に皺を寄せた。



「神父?胡散癖ぇ。」

「カストの方がよっぽど胡散臭いッ!」



笑みを浮かべていたミゥは、即座に半眼になると向かいのカストに視線を向ける。その直後だった。カランカランと涼やかな音が店内にこだまする。店の扉が開いたのだ。二人は、客だろうかと視線をそちらに向ける。瞬時に、ミゥの顔が険しいものへと変わった。横目で見やっていたカストは、小さく瞳を細める。奴らが“地上げ屋”なのだろうということは容易に想像がついた。



「お邪魔しますぜ、お嬢ちゃん。」



ニヤリと口元を歪めた厭らしい笑みを浮かべて数人の無骨な男達が入ってきた。お客というよりは、街に下りてきた野盗か山賊といった方しっくりくるような連中だ。一番前にいるリーダー格っぽい男の也でさえ、スキンヘッドで片目にはこれ見よがしに黒いアイパッチをしている。全体的に漂う妙な油ギュッシュさがまたこの店には似つかわない。アイパッチの男は、こちらを小馬鹿にしたように口を開いった。



「おいおい、まだ勝手に商売してるのかぁ?さっさと・・・」

「この苺大福、旨めーな♪どこで売ってんだ?」

「でしょでしょ♪それはねぇ~」



カストは、苺大福を頬張りながら、男の言葉に被せて口を開いた。話を振られたミゥも楽しげに答える。そんな二人の態度に、アイッパチは額に大きな青筋を浮かび上がらせた。



「って、無視すんなッ!!」

「うるせぇーな・・・、ハイハイ、いらっしゃいませ、お客様ぁ。御用があっも無くても店員様には話しかけないようお願い致しまーす。」



カストは、チラリと背中側に一度視線をやると煩わしそうに手を振った。男達を面倒臭げにあしらいながらも、苺大福を食べるのはやめない。男達は、そんな彼に苛立たしげに声を荒げる。



「それ、商売する気ねぇーだろ!!」

「出てってよッ!!ここは、あたしのお店だもんッ!!」



しかし、それに答えたのは店主であるミゥだった。彼女は、カウンター越しに男達を睨みやる。数日ほど前から、男達はミゥの店にも来るようになっていたのだ。毎度来る人間は微妙に違うが、どいつもこいつも今ここにいる奴らと大して変わりはない。話合いなんて、はなっからするような態度でもない。


そんな彼女に、アイパッチはわざとらしげに大きなため息をついてみせた。



「おじょ・・・」

「店内では、お静かにしやがれつってんだろーが、このコノクソヤロ様どもがッ!!そんな常識も守れねぇーのか?」

「「なっ・・・」」



いつの間に立ち上がったのか、カストはアイパッチの男の顔面を片手で掴んで持ち上げていた。カストは長身だが、男達だってそんなに小さいわけではない。しかも、無駄に発達したゴツゴツとした筋肉が体全体についる成人男性だ。それを顔色変えずに掴んでいる。後ろに控えていた男達もその光景に思わず目を見張った。



「俺様の話が聞こえてなかったみてぇーだな。用が無いなら帰りやがれ。」



カストは、ボールを投げ返すくらいの軽い様子で、掴んでいた男をポイッと後ろの男達めがけて投げつけた。彼らは、慌ててアイッパチを受け止める。仲間達に支えられながらも、アイパッチはヨロヨロと立ち上がった。彼は、痛む顔を抑えがら、眼前の男を睨め付け、空いている手でカストを指差す。



「くっ!?用があるから来てんだろーがッ!!だいたいテメェ誰だよ、さっきから!!」



そんな彼に、カストはきょとんとした表情を浮かべる。そして、小さな間ののち、ポンと手を打った。



「えっ、俺?なんだ、俺のファンか。そういえよ♪マジック無いから、サインはナイフで背中にじか彫りでいいか?」

「鬼畜かッ!!そんなサインする有名人いねぇーよッ!!てゆーか、話するつもりねぇーだろ、兄ちゃん!!」

「ねーよ。で、アイツに立ち退いてほしけりゃ、権利書持ってきたんだろーな?」



カストは、クスリと口の端を歪めた。そして、彼らを険しい表情で見やるミゥを親指で指す。アイパッチは、歯噛みしながらカストを見やった。だが、視線をすぐにカストの後ろへと向けると口を開く。



「ふざけた野郎だぜ。今日は持ってきてねーが、権利書を俺達が保有してることくらい、ちゃんと分かってんだろう?なぁ、お嬢ちゃん。」



その言葉に、男達を見るミゥの瞳が更に鋭くなる。しかし、カストは、アイッパチに対してどこか呆れたように溜息混じりに口を挟んだ。彼は、そんなカストに嘲笑気味に視線を送る。



「・・・なぁ、一つ忠告していいか?」

「忠告?ほぉー、なんだ、言ってみろ。」

「いや、アイツ、ああ見えて、結構歳いってるぜ?お嬢ちゃんよりは、クソババ・・・」



そう言った彼に、怒りの声は後ろからやってきた。今にも長い金髪の髪が逆巻き立ちそうな勢いの怒りのオーラを立ち上らせたミゥが吠えるように口を開く。



「カストォォォォォッ!!あんた、一体どっちの味方なのさ!!!」

「歳とか、そういうのはどうでもいいんだよッ!!」

「よくないわッ!!帰れーーー!!」



ミゥは、怒りの色に染まった顔で声を荒げて、カストとアイッパチにも一括した。たちの悪い地上げ屋の訪問に、敵か見方かよく分からない取引相手のカストの態度。さすがのミゥの怒りも大爆発だ。収まらない怒りをプンプンと立ち上らせて、カウンター内のミゥは、目の前の男達に向かって罵声を浴びせている。もちろん、そのメンバーにはしかりカストも入っていた。


しかし、カストは、微笑を口元に浮かべてアイッパチを見やって小さく肩を竦めてみせた。



「だってよ。書類も持ってこねぇーのに、話なんて出来ねぇーだろう?」

「ッ・・・・。そうだな。仕方ねぇ、今日は出直すとしよう。しかし、テメェにはさっきの借りがあるからなッ!!」



アイパッチは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。後ろに控えている男達も悔しげにカストを睨みやる。そして、しっかりとセオリー通りの捨て台詞を吐くと彼らは店を後にしたのだった。


ミゥは、男達の背がバタンと荒く閉められた扉の向こうに消えると急いで店の奥へと駆けていた。そして、塩を持って戻ってくると、パタパタとカウンターを出てカストの横を通り抜け店の扉を開けて外へと出る。そこで、おもむろに塩を撒き始めた。大通りを行きかう人々がそんなミゥを何事かと不思議そうに見やりながら通りすぎていく。


カストは、ゆっくりと歩みを進めると開け放たれた扉に腕を組んでもたれた。そして、一心不乱に塩を撒いているミゥを見やりながら小さく笑みを浮かべた。



「おい、ミゥ。俺様の雇い賃は高いぜ?」



彼女は、その言葉にハタッと塩を撒く手を止めた。そして、ゆっくりと振り向くと輝く瞳を彼に向ける。



「事務所で暴れて叩き潰して、権利書、灰にしてきてくれるの?」

「なんで増えてるんだよッ!いや、ここでバイトしてやる。」



カストの額に一瞬青筋が浮かびあがる。しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと、腕を組んだまま右手で下を指す動作をとる。そんな彼に、ミゥは丁寧に頭を下げた。



「丁重にお断り致します。」

「いいのか?店の権利書・・・」



カストは、ミゥの旋毛をジッと見やる。その頭がビクッと小さく跳ね上がった。ミゥは、神妙な面持ちで顔をあげるとオズオズとカストを見上げた。



「うっ!?・・・どーにかしてくれるの?」

「だから、トードストゥール国民じゃねぇ俺様に頼んだんじゃねーの?」

「ダメ元でカストに言ったけど、そんなあっさり引き受けてくれるとなんか怖い・・・でも。よし、雇ったッ!!」



ミゥは、ギュッと瞳を閉じて小さく考えた後、力強く瞳を開いた。そして、何かを決意したようにカストに向かって親指を突き出した拳をあげる。カストは、扉から背を離すと彼女に歩みよる。そして、同じように親指を上げた拳をミゥのその手にコツンと当てると邪悪そうな笑みを浮かべた。



「ククッ・・・。OK!交渉成立だな。宜しく店長。」

「うぅ・・・もぉ、その含み笑いからして嫌な予感しかしなくなってきたぁ。」



青く清々しい空の下。いつもと同じように賑わいをみせるセントラル。ミゥの悲痛な叫びは、そんな活気の中に虚しく溶けて消えていったのだった。

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