01. 旅商人と名物店長
「ん?どーゆっこた、コレは・・・」
小山のような荷物を背負ったカストは、閑散とした商店街を見やり呆然と呟いた。その言葉がヒュルルと走り抜けた風の中に虚しく消えてゆく。一年程前、彼がここを訪れた時には、たくさんの商店が軒を並べた賑やかな通りだった。カストは、眉間に皺を寄せると困ったように後ろ頭を掻く。
ここは、アトラス大陸の南西に位置するトードストゥール王国。その首都であるラメラの街は、誰もが知るスパイスロードの終着の都市だ。その為、街にはたくさんの商店が立ち並び、他国からの買い付けの商人や旅人、買い物客で賑わう活気ある街である。
そして、ラメラと言えば、もう一つ有名なのがその美しい町並みだ。街の通りは、全て白い石畳がしかれて整備されており、商店の場所も全て国が管理している。珍しい物品や食べ物が手に入るに加え、この美しい町並みをうりに観光地としても人気の都市なのだ。
閑散とした通りを歩みながら、カストは小さく息を吐いた。店はどこも硬く閉じられ、どの店の中にも人のいる気配すらしない。しかし、別の通りから聞こえてくる賑やかな呼び込みと買い物客の声。この通りだけが何も無くなっている。カストは、何がなんだかさっぱり分からぬまま歩む足を止めた。そして、踵を返すとこの通りを後にしたのだった。
ラメラ街のもっとも大きな通りセントラル。街の正門から真っ直ぐ西に伸びるこの大通りを奥へと進めば、この国を治めるカバラ国王が住むピルレウス城がある。白亜の壁に鮮やかな赤い屋根が特徴だ。
セントラルは、ラメラの中でも老舗が多く、いつ来てもここだけは通りに人が途切れることがない程の賑わいをみせている。セントラルに戻ってきたカストは、大きな荷物を担いだまま人波の中を悠々と歩みを進めていた。大きなリュックからは、所々から商品だろう杖や書物がいくつもはみ出している。時折、通り過ぎる数人にぶち当たり睨まれたりもしたが、そんなものは彼の視界には入っていなかった。
大きなリュックの上では、ソフトボールくらいの大きさの毛玉が気持ちよさげに眠っていた。毛玉には、小さな耳と豚のような鼻があり、糸のような細い尻尾の先には体と同じような小さい毛玉がくっついている。カストは、この生物をタワシという名で勝手に呼んでいた。タワシは、ひょんなことから彼の旅の同伴者になった。
しかし、旅の間中、リュックの上で飛び回って遊んでいるか、今日のように眠っているかで商売の役にたった試しはない。その上、なんの生物なのかすらも分からないのだ。ここへ来るまで、何度か露天で客に売りつけたのだが、逃げ出しては帰ってくる。最近では、売ることは諦めたが、タワシの存在にはやはり釈然としない。
ここ数日、いくつか山を越えて野宿ばかりしてきた。そして、やっとついたと思ったラメラの街で奇妙なことが起こっている空気を感じる。ゆっくりと商売が出来ると思っていたカストだが、ヒシヒシと伝わってくる嫌な予感。自分がこんな気持ちでリュックを背負っているっていうのに、あのケダモノはよくもノウノウと眠れたもんだと、恨めしそうに背中のタワシを睨みやった。
カストは、セントラルの中でもほぼ街の中心部辺りまで来た頃、ようやくとある一軒の店の前で歩みを止めた。その店のお洒落な看板には、“Rinar”と記されている。ここラメラでは、有名な雑貨屋だ。
カストがその扉に手をかけ引くと、涼しげな鈴の音と共に花のような甘い香りが漂ってくる。
「よぉー・・・ッ!!??」
「カストォォォォォォ!!」
「なんだよッ、いきなり!!」
突然、襲いかかる程の勢いで飛び出してきた金髪碧眼の少女の姿に、カストは思わず右手を突き出し彼女の頭を押さえ込んだ。彼は、一般的な成人男性としては異常な程の腕力がある。しかし、目の前の少女は、そんな彼に力の限り抑え込まれているのにビクともしない。
「おい、ミゥ!テメェは、大切な取引様相手にいきなり頭突きかまして挨拶すンのかぁ、ああ?」
「だって、だって、大変なのよッ!!てか、誰が“大切”だ!!身ほどをわきまえろ!!」
「うるせぇ、この馬鹿力女!!」
「キぃー!!乙女に向かって失礼よ、アンタ!!」
入り口で付近でギャイギャイと騒ぎ立てる二人に、大通りを歩む人々が一斉に振り返る。だが、そんな視線などおかまいなしに、そのままの姿勢で二人の口喧嘩は更に熱を帯びたのだった。
このカストと言い合う一見少女に見える彼女は、この“Rinar”の店主であるミゥ。流れの旅商人をしているカストの取引相手だ。実年齢は、見かけとは裏腹にそれなりに年を重ねているようで、口調や態度は“少女”というより“女性”という言葉の方がしっくりくる。
そんな彼女は、この商業都市ラメラでも名物店主なのだ。『ラメラで分からないことがあれば“Rinar”へ行け』と言われている程で、雑貨屋の傍らラメラの観光案内まで行っている。それに加え、この小柄な体躯からは想像がつかない程の豪力っぷりから、商店街の用心棒まがいのことまでこなしている。
しかし、細身だが身長180センチもあるカストに頭を押さえつけられて罵声を浴びせられている小柄なミゥの様は、通りすがりの人からは異様な光景にしかみえなかった。数分言い合いを続けた所で、通行人の誰かが「兵隊を呼べ!!」との声を上げた。その声に、やっと二人は周囲の様子を見渡した。
立ち止まった通行人達から向けられる妙な視線の嵐。二人は、流れる冷や汗を隠しつつ、空笑いを浮かべると「ただの挨拶だ」と言い張ってイソイソと店の中へと入っていったのだった。
ミゥの店は、店内の広さとはミスマッチな程色んな商品が所狭しと置かれていた。しかし、綺麗に整頓されており、店内はとても見やすい作りになっている。店主の趣味なのか、店内はどとらかと言えば女性に人気がありそうな可愛らしい装いである。
カストは、そんな店内の奥にあるカウンター前に荷物を降ろすと、小山のようなリュックの中からRinarへの納品分の商品を取り出していた。カウンターの中では、ミゥがお皿にピラミッド上に積んだ大量の苺大福を用意し、お茶を淹れている。そんな彼女と会話を交わしていたカストの眉が怪訝そうに歪む。
「はぁ?地上げ屋だぁ??なんでラメラにそんなもん居ンだよ?」
「数ヶ月前から唐突に現れてさ。どこから手に入れてきたのか、店の権利書かざして次々と色んな商店に立ち退き要求してるのよ。」
ミゥの言葉にカストの脳裏には先ほど見た閑散とした通りが浮かぶ。カストは、商品を出し終えると納品用の伝票を取り出しチェックを始めながらも彼女との会話に耳を向けていた。
「ふーん。立ち退きね・・・。そういや、向こうの通りがやたら閑散としていやがったな・・・」
「そう、あっちはほとんどやられちゃってて。」
ミゥは、ため息をつきながら淹れたお茶の一つをカストの前に置く。カストは、分厚い伝票を捲りながら一通り納品用の商品のチェックを終えるると、顔をあげミゥを見やった。
「てか、お前、その地上げ屋の本部行って、いつものようにちょっと暴れてこいよ。」
「って、アンタ!!私をどんな目で見てるのよッ!!」
「言葉の通りだろ。あっ、それと見た以上にババァ・・・」
「カストォォォォォォ!!!」
瞳を吊り上げてカウンター越しから繰り出されたミゥの右フックは、ブゥンという唸り声をあげてカストの胸元を通り過ぎる。彼は、そんな彼女の拳をジト目で見やりながら上体を少し引いて軽くかわした。そして、カウンターの上に分厚い伝票を置くとその一角を指指した。
「ほぉらぁ、暴れまくってるじゃねーか。ほい、ここサインな。」
ミゥは、鋭くカストの顔を睨みやるが、彼は涼しい顔でケケケと笑っただけだ。小憎たらしい彼の態度に苛立ちながらも、彼女はペンをとると達筆なサインを書いたのだった。
カストは、彼女のサインを確認すると一番上だけを破いて自分の納品伝票用のファイルに閉じる。二枚目は、写しになっていて、ミゥの手元にある伝票にも先ほどのサインがちゃんと残っていた。彼女は、その伝票をカウンターの下に終うと、店内に置かれた商品の山を軽々と持ち上げ、一旦店の奥へと引っ込んで商品を置くとすぐに戻ってきた。
カストは、ファイルをリュックにしまいながら、ふと気なった商品について口を開いた。ミゥの店は、確かに色んなものを取り扱っているが薬草の発注など初めてだった。それも、急遽追加された商品だ。
「そういや、お前の店でモリュ草が欲しいなんて珍しいな。」
「ん?ああ、それは、私の店じゃなくって頼まれた分なのよ。」
「ふ~ん・・・。」
カストは、自分から聞いた割りには、興味があるのか無いのか微妙な相槌をうった。
とりあず、ここでの仕事は一通り終えた。彼は、カウンター前の奥に置いてある丸イスを勝手に引っ張りだしてくるとそこに腰かけお茶に手を伸ばす。
「んじゃ、俺は茶飲んだらコレで。」
さらりと言ったカストの言葉に、ミゥは不満そうに頬を膨らました。
「ぶぅーッ!!か弱い乙女が困ってるのに冷たくないッ!!」
「テメェ、どの口がンなこと言いやがるんだぁ?・・・つーか、俺にどうしろってんだよ?」
半眼でミゥを見やりながら、カストはため息交じりに口を開く。彼女は、その地上げ屋連中によほど頭にきているのだろう。カウンターをバシバシと叩きながら、彼女らしからぬ無茶苦茶なことを言ってのけた。
「地上げ屋の本部行って、カストが暴れて権利書灰にしてきて。」
「テメェこそ、俺をどんな目で見てやがるんだッ!!俺は、善良な旅商人であって、そんな暴力団的な仕事請け負ってねぇーよッ!!」
カストは、ガタンッと椅子を鳴らして立ち上がった。そして、ミゥに噛み付くように言葉を荒げる。しかし、彼女も負けてはいない。上から見下ろしてくる彼に精一杯背伸びをすると見上げてやった。
「似たようなもんじゃん!この外道!!」
「おいおい、そんなに褒めるなよ。」
カストは、フッと笑みを浮かべると照れたように小さく肩を竦める。ミゥは、そんな彼にただただ呆れた視線を送るのだった。
改めて座りなおしたカストは、お茶を一口すする。そして、大福に手を伸ばすと二口で食べ終えた。そんな彼の向かいでは、ミゥもカウンター内の椅子に座りお茶を淹れなおしている。
「そもそも、その権利書、本物なのか?それに、ここはカバラ王のお膝元。敏腕として有名なフェリクス宰相がそんなこと黙ってねえーだろ?」
「・・・うん、それがね。権利書は、お城で全部保管してあるんだけど、その権利書の紙が白紙になってたらしいの。」