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人質  作者: りいち
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過去のこと2

 高校に入学しても、野田は朝美に告白しなかった。

 朝美はとっくに彼氏と別れていたが、野田にとって問題はそこじゃなかったのだろう。あいつは、この関係が壊れるのを誰よりも恐れていた。

 俺はというと、中学でのやんちゃ坊主は卒業し、至って普通の高校生になることを決めた。

 しかし現実はそう甘くなかったようだ。

 入学三日目にして、俺の中学時代の悪行が殆どの生徒にバレていた。山田のこともそうだが、それ以外にも叩けば埃は出る。何もしていないのに、教師からは危険人物と認定された。


「きみ、切れたらヤバイんやって?」

 あるとき、別の中学からきた同じクラスの奴にそう言われた。

 野田とも朝美ともクラスは離れていたので、友達がいなかった俺はこの貴重なチャンスをモノにしようと決めた。

 何だか、にやついた表情の軟派な奴だったがまぁいい。俺は出来るだけ好意的な笑顔を見せた。

「別にヤバかねーよ」

「嘘やん。噂めっちゃ聞くで」

「それ信じたの? こんなに真面目な俺なのに」

「うーん……まあ、どっちでもいいわ」

 そいつは武男と言った。

 不良ではなかったが、左耳にシルバーのピアスをつけ、襟足を伸ばしたキザな奴。ムードメーカーで誰彼構わず話しかけるので友達は多かったようだ。


 健康診断の時だった。内診の順番待ちをしていると、武男が側に寄ってきて、こそっと呟いた。

「このクラスにはよ、もう一人ヤバイ奴がおるがよ」

 俺もカウントされているのかと突っ込みたかったがやめた。

 ヤバイ奴、と武男が指差した先には、野球部でもないのに頭を坊主にした厳つい顔の男。野田と同じくらい背が高く、眉間に刻まれた皺は見るからに危なそうだ。

「あいつ川口って奴ながやけど、中学ん時、担任殴って半殺しにしたらしいで」

「よく高校受かったな」

「まぁ、きみもな」

「……」

 確かに俺も人のことを言えたもんじゃないが、そんな危険な奴とは関わりたくない。

 それならまだ、武男のようなチャラけた奴とチャラチャラ遊ぶ方が楽だ。

 他のクラスメイトも、川口の風貌と噂に尻込みしていたようだ。誰も奴に話し掛けなかった。この武男でさえも。

 あ、アキラ。と声がした。

 顔を上げると、違うクラスの集団が向こうからやってきていた。その中に体操服を着た朝美がいた。もう新しい友達ができたのか、知らない女と一緒にいた。

「よう。そっちのクラスもう終わった?」

「内診は終わったで。今から体育館に移動」

「ふーん。聴診器どこ当てられたんだよ」

「変態。言わーん」

 笑いながら朝美は手を振って離れていった。

「誰、あの子! アキラくんの彼女?」

「ちげーよ。同じ中学だった幼馴染み」

「えぇ〜。めっちゃ可愛い! 紹介してや」

「やだよ。あいつ好きな男いるし」

 野田のライバルを少しでも減らすための嘘だ。

「名前だけでも教えてくれや」

「桜井朝美」

「朝美ちゃんかぁ〜。どんな奴好きながやろう」

「……さぁ」

 面倒臭い展開だ。野田もそうだが、俺は朝美をそういう対象として見る奴らが不思議で堪らなかった。キスをしといてこういうのも何だが、幼馴染みというよりもキョウダイという感覚に近かったのかもしれない。だからこそ、あのキスは間違いとして片付けられたのだと。

 そしてそれは、朝美も同じだろうと思い込んでいた。そうであって、欲しかった。


 武男が話しかけてくることで、他の生徒にも俺はそんなに怖くないというイメージかついたようだった。

 次第に友達は出来、高校生活も順調な滑り出しを見せてきた頃、川口が俺の席までやってきた。

「お前、北中の森澤アキラやろ」

「あぁ?」

 デカイ図体に見下ろされてイラっとした。

 中学時代に染み込んだ、ナメられたら終わりという無駄な意地が再び沸き上がる。

「そう構えんなや。別にお前と喧嘩しようらぁ思うてない」

「じゃあ何だよ」

 とりあえず安堵したが、気は抜けない。何せこいつは教師に手を出す狂犬なのだ。

「お前、一個上の山田殺ったんやって?」

「殺ってはねーよ。鼻の骨折っただけだ」

「町から消えたんや。死んだも同然やろ」

 うーん。それもそうかもしれない。

「じゃあ、殺った」

「ははは」

 川口が笑った。まるで普通の生徒と変わりなく。

 少し面食らった俺は、心なしか柔らかくなった川口の目を警戒しながらも、じっと見た。

「お前おもろいな。山田に手ぇ出すなんてな」

「別に大した事じゃねぇ。お前にもできるよ」

「ははは。そうか。でも俺なら本当に殺してたわ」

 さらりと恐ろしいことを言う奴だ。しかもこいつが言うと冗談に聞こえない。

「山田に何か恨みでもあったのか?」

 椅子の前足を浮かせて揺れていると、急にバランスを崩して後ろに倒れそうになった。慌てて前屈みになり座り直す。

 川口はそれを見てまた笑った。意外によく笑う奴だ。

「昔、兄貴が町で山田のイカれ野郎に絡まれた」

「へぇ」

「あいつ仲間と一緒に兄貴をボコボコにして、顔にビニール袋被せて密封した上に放置したんだ」

 ゾッとした。そんなことをすればどうなるか、少し考えれば分かるはずだ。山田にはそれが分からなかったのだろうか。それとも、死んでもいいと思ったのか。どちらにしろイカれてる。

 しかしよく考えれば、俺も山田を殴った時、本気であいつを殺すつもりだった。変わらないのではないか、俺もあいつも。

「人気のない路地裏やったけど、偶然通りかかった人に助けられて死なずにすんだんや」

「良かったな……」

 振り絞ってそう言うと、川口は首を振った。

「兄貴は今でも喋れない。精神的なショックがでかすぎたんだ」

 その時見せた川口の表情には、深い悲しみと怒りが浮かんでいた。眉間の皺が益々濃くなる。

「お前が山田を殺せば良かったじゃねーか」

「そうやな。今思ったらそうすれば良かった。でもよ、俺も兄貴の怯えよう見てびびってもうた」

「まぁ……そうだろうな」

「山田がボコられたって聞いた時は嬉しかった。あいつが町を出て、ようやく兄貴も外歩けるようになったしな。まぁ、それでも近所のコンビニが限界やけど」

 苦笑いを浮かべて言った川口。

 この時点で既に川口に対して好印象を抱いていた。

 それから俺達は急速に仲良くなり、それに釣られて周りの奴等も川口と打ち解け始めた。まぁ、ほとんどが同じようにちょっとばかしやんちゃ風を吹かしている男ばかりだったが。武男もそのうちの一人だった。

 部活もせず、授業もサボりがちになり、気崩したブレザーにズボンは裾を引き摺りながら歩くようになり、放課後は共働きの親がいる仲間の一人の家を溜まり場にし、朝まで酒を飲んで騒いだりした。

 野田や朝美の心配を他所に、気付けば中学時代に逆戻りした生活をしていた。

 そうなると母親もうるさい。家に帰るなり金切り声を響かせる。

「アキラ! あんたまた学校サボったんやって! いい加減にしいや! この馬鹿息子が!」

「うるせーババァ!」

「あー? なんやと! クソガキがー!」

 最終的には包丁を持った母親に追いかけられ、朝美の家に避難することになるのが常だった。


「親子喧嘩もここまできたらコントやね」

「あのババァ、本気で殺しにかかってくんだよ」

「もう、そんなこと言うて夕飯食べに来ゆうだけやん」

 朝美は呆れてそう言うが、満更でもなさそうなので良しとする。

 朝美の母親は俺が来ると喜んで手の込んだ夕飯を振る舞ってくれ、親父さんは親父さんで、俺の喧嘩話や仲間とのやんちゃ自慢を可笑しそうに聞いてくれる。

「アキラくん、朝美は彼氏おるんかね?」

 朝美が風呂に入っている間にこっそり聞いてきた。やはり父親としては娘の私情が気になるのだろう。

「あいつの彼氏? 今はいねーよ」

「そうか……」

 親父さんの、ホッとした様子に俺まで顔が綻んだ。いいな、父親か。なんて少しセンチメンタルな気分になる。

「もういっそアキラくんが朝美を嫁にしちゃってくれや」

「じゃあこの土地くれる?」

 軽口を叩くと、二人は豪快に笑った。

 おじさんは、やるやる、と乗り気だ。

 そこへ風呂上がりの朝美が登場してきた。話を聞いていたのだろう。顔が怒っている。

「勝手に決めんといて! アキラなんか死んでも嫌やし」

「なんだよ、優しくしてやんねーぞ」

「こっちのセリフ」

 朝美はそう言ってリビングを出ていった。

 親父さんは、朝美におこられ少しヘコんでいた。

 

 あんなに温かい家族は他にいなかった。








 祖母に泣きついている母親をこっそり見たことがある。

 俺の素行の悪さに何度も学校へ呼ばれ、頭を下げるのが嫌になったのだろう。さらにシングルマザーということで、一緒に悩みを抱えてくれる父親代わりの男もいない。

 そんな母親の姿を見ると、もう少し真面目になろうかとも思うのだが、仲間と集まれば結局いつものごとく楽な方に流されてしまう。

 そうしてあっという間に一学期が過ぎた。

 そして、夏休みに入った。




 野田たち野球部は、惜しくも甲子園出場を逃したようだった。

 まぁもっとも、野田はまだ一年なのでレギュラーではなかったのだが。うちの野球部は部員数60人はいる。三年間球拾いでも珍しくない。

「俺がピッチャーやっとったら勝てた」

と野田はしきりに言っていたが、どうだろう。

 俺には野球の熱さなんてものは解らないので、来年頑張れよと肩を叩いておいた。

「じゃ、俺練習行くわ」

「おー、またな」

 昨夜は珍しく野田がうちに泊まりに来ていた。きっと朝美も来ることを期待していたのだろうが、残念ながらあいつは家族と旅行中だ。

 朝早くから練習に向かった野田を見送り、もう一眠りしようと自分の部屋に戻った時、携帯が鳴った。川口だった。

「なんだよ、こんな早くから」

「出てこいよ」

「うーん」

 もう少し寝たい。寝転んだまま、夏布団を蹴り上げたりして暫く迷ったが、起きることにした。

 顔を洗い、適当にTシャツとジーパンに着替えて外に出る。

 だるい足取りで待ち合わせのコンビニへ向かうと、まだ川口は来ていなかった。

 暑さに耐えられず店内に入り、漫画を立ち読みしていると、ほどなくして川口の坊主頭が見えた。

「よう、楽しんどるか。夏休み」

「おー、ぼちぼちな」

「急に呼び出して悪かったな」

「いや、いいよ」

 会わせたい人がいる、と川口は言った。

 女か? と冗談混じりで聞けば真面目な顔で違うと言われた。


 そしてこの出会いこそが、俺の……俺たちの運命をおかしな方向へ歪ませていくのだ。




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