Snow Day once a year
灰色の空から、真っ白な雪がちらちら降り始めた。
皮膚が切れそうな冷たい風の中、肩をすくめて足早に歩く人々は、頬を濡らすものが雪だと気付くと一瞬足を止め、天を仰ぐ。
年に一度きりの雪の日の始まりに、微笑みを浮かべて見とれる人や、目を細めて立ち止まってしまう人がいる。
小さなため息と共に、重い足取りで歩き始める人もいた。
中には一目散に駆け出す人もいた。
そして彼女もその一人だった。
エレンは雪がちらついてきたのに気付くと、桶を放り出して水汲み場を離れた。
転げそうな勢いで走り始める。
仕事をさぼっては母に怒られるのは分かっていたが、ここに雪が降るのは今日この日だけ。
今を逃したら来年まで待たなくてはならない。
白い息を吐きながら、エレンが向かった先は教会の裏手、墓地だ。
そこにはすでに数人の先客がいた。
彼女と同じように、取るものも取りあえずやってきた人達だ。
エレンはひとつの墓石の前に立ち止まった。
恐る恐る手を伸ばし、まだ新しいそれを撫でた。
生まれた年はエレンと同じ十七年前、没年は去年のこの時期の日付が刻まれている。
(リア……)
声には出さずに、エレンは友の名を呼んだ。
その瞬間、胃のあたりがきゅっと縮まるような、居心地の悪い感じがした。
一度ごくりと唾液を飲み込んだ。
この一年間ずっと苛まれてきた罪の意識に、一気に押しつぶされそうだった。
(私が殺したんだ)
墓石と向かい合い、あらためて実感を持つ。
寒さは感じないのに足が震える。
ふらふらと地面に膝を付いて、エレンは目を閉じた。
年に一度きりの雪の日、亡くなった人の墓石の前で祈ると、その人に会えるのだという。
だが死者と語ることは忌み事とされ、それを物語るように、毎年一人か二人、墓の前で死んでいる者が見つかる。
エレンはそれでもやらなければならなかった。
目をつぶって祈りを捧げ、どのくらいが経ったのか分からなくなった頃、身体が浮くような感覚がし始めた。
同時に、ぼんやりと頭に霞がかかったような頼りない感じもした。
どこからか少女の声が聞こえた気がした。
懐かしい声だ。
不意に背後で土を踏む音がして、誰かが肩に手を置いてきた。
エレンは跳ねる鼓動を押さえようと、大きく息を吐いた。
そっと目を開き、震える身体でなんとか振り返った。
さらりと長い金色の髪をした、華奢な少女の姿を覚悟していたのに、そこにいたのは少年だった。
「何やってんだよ」
彼はきっとエレンを睨んだ。
普段は優しい恋人なのに、強い口調で言われ、エレンはいたたまれなくなってしまい、ほんの少し涙が出た。
その途端、思い出したかのように北風の冷たさが身に凍みてきた。
地面に付いていた膝が、細かい石のせいでひりひり痛み始めた。
「だって、リアが……」
「死んだ人間と話せるなんて幻だよ。長い間こんなところにいたら、凍死しちまうよ」
少年は顔をしかめながら、エレンを立ち上がらせた。
そして労わるように、彼女の頭や身体に積もった雪を払ってやった。
エレンは感覚がなくなった指先をこすり合わせた。
冷え切ったその肩を抱いて、少年は無理やり歩かせていく。
ふと、墓石に突っ伏している紳士が目に入った。
顔色がなく白っぽい。
だが、口元は微笑んでいた。
反対側には墓の前に倒れ込んで動かない、亜麻色の髪の少女の姿がある。
美しい金髪の少女の姿が重なり、エレンは立ち止まった。
母を亡くしたリアに、あの言い伝えを教えたのはエレンだった。
翌朝、雪に埋もれて冷たくなったリアが発見された。
余計な事を吹き込んだ自分が、彼女を殺したのだ。
「行こう。おばさんも心配するよ」
少年に促されて、エレンは頷いた。
歩きながら考えていた。
やはり幻だったのだろうか。
寒さで意識が朦朧とする中で大切な人の夢を見て、死の淵から戻って来られた人間が語った話が、いつの間にか伝承になったのかもしれない。
(謝りたかったのに……)
不意に皮膚が粟立つような感覚がし、背筋がぞくりとして、エレンは震えた。
寒さのせいだけではなかった。
そっと後ろを振り返ったが、墓石に変わった様子はない。
石の上には雪が積もっているだけだ。
エレンは少年の手を掴んで、早くなる鼓動を押さえようとしたが、なかなか上手くいかなかった。
墓地を出る瞬間、エレンはもう一度振り返った。
何かの気配を感じていたが、そこに求めた人影はない。
雪のせいだろうか。
動くものがなくなった墓地。
亜麻色の髪の少女の上に、スーツを着た紳士の上に、雪が落ちていく。
まだ新しい、冷たい墓石に腰掛けた少女が一人、金色の髪を北風になびかせ、暗い瞳でそれを眺めていた。




