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004


 軌条がバイクのスピードを落とすことなく公道を爆走して五分も経った頃だろうか、やけに鼻につく臭いが軌条の顔を歪ませた。

「こりゃあ……狂いに狂ってるわ」

 バイクを止めると、軌条は目の前に広がった光景についての感想をこぼした。

 簡潔にまとめると鼻を突いた臭いの原因は人の焼ける臭いだった、だったのだが、これは普通に起こり得る焼身事故などとは規模が違う。

 ある男を中心に周りの人間全員が炎に包まれ踊り狂っている。

「組織からの通達で楽しみにして来てみれば……こりゃあとんだ拍子抜け。これじゃあ虫を踏み潰すよりも楽な仕事ですよ。全く以て何で僕が派遣されたのやら」

 そんな風にボヤく男を見るなり、軌条はすぐに近くの路地へと身を潜めた。

 善良な市民を守るために無謀に正面から飛び出したりなどするわけもない。

 まずは敵の姿を目に焼き付ける。

 自分が強者だと信じて疑わない馬鹿ほど早死することになる、コイツが馬鹿なのかそうでないのか。それをまずは見極めていかなければならない。

 さっきの言葉から察するに自分の行なっている仕事に納得はしていないのだろう『自分はもっと出来る奴だ』という風に勘違いしているからなのか……。

 軌条が脳をフル回転させながら腰のホルダーに収めてある得物に指をかけた時だった。ぼぅっ、という音とともに急に上着の端から火が上がり始めた。

 燃え始めた上着を脱ぎ捨て、軌条は路地から飛び出し、相手から充分に離れたところまで下がった。

「その身軽さ……。まるで猫みたいな方ですね」

 目標の男は言った。

 黒のコートに銀の装飾、見た目は小柄な男で髪の色は紅色。片目からは炎が漏れ出してきている。

「やっぱ化物どもの相手は良いなぁ……」

 軌条には死に近づく身体の痺れるような感覚ほど心地が良い。

 軌条は即座にベレッタを構えると、迷わず三発を目標に向かって放った。

 しかし目標は化物、ただ撃っただけの銃弾に倒れるような相手ではない。男へと向かっていた三発の弾丸は男に近づくことなく消滅した。

 消滅、というよりは熔解されたというのが正しいだろう。

 今の弾丸の反応を見たところ、半径十メートルぐらいの範囲であの炎の効果があるようだ。

「身軽さだけじゃないみたいですね。微量ながら魔力の痕跡が貴方から漏れ出してる。僕の今回の仕事内容に少なくとも関わってますね?こんな仕事さっさと終わらせたかったんですよ、貴方から出向いてもらえて助かりましたよ」

 ニッコリと微笑む男には余裕がある。こんな微量の魔力しか持たない人間に傷を負わされることはないだろうと高をくくっているのだ。

 軌条はゆっくりと近づいてくる男を一瞥すると、まだ弾数の残ったベレッタのマガジンを新しいものと入れ替えた。瞬きをも許さぬ速度でマガジンを切り替えると、その勢いのまま男に撃ちこむ、次も三発。

 また炎に溶かされ、消える。普通ならそういう結果が残る。しかし今回は違う。わざわざ少しの隙を作ってまでマガジンを入れ替えたのには訳があった。

 魔弾……。これは軌条が御霊からの報酬で随分と前に作らせたものだ。この魔弾の弾心には微量ながらも眼の魔術回路が仕込まれてある。そしてこの力を封じ込めるために使用している被服部も御霊の特別製なのだ。

 ほとんどの魔術を受け付けない金属、それがこの魔弾の被服に使われている。

「殺し合いに反則はないからな」

 トリガーを引き終わった軌条は呟いた。

 銃のトリガーを引く軌条を無駄なあがきと鼻で笑っていた男の表情が一変したのは弾丸が炎に包まれたにも関わらず一向に消えない事に気づいた時だった。

 避けようと思った時にはもう遅い。

 炎に包まれた弾丸が男の身体を突き抜ける。

 一発は男の身体から外れてしまったが、残りの二発の弾丸は男の肩と横腹に着弾した。

「っく」

 男は鮮血で道路を染めながら、膝をついた。

「所詮は魔術師……ってところか。自身の能力に慢心が過ぎてるのか、それとも絶対的なものと信頼しているのか、どっちでもいいけど、こういう展開には心底がっかりするよ」

 むざむざと近づいて止めを刺すことはない。軌条は膝をつく対象を照準具に入れる。

 トリガーを引く寸前のところで、軌条は自分を飲み込もうとする殺気を感じ、その場から飛び退いた。

「何だコイツ……ただの死に損ないじゃねぇのか。変な感じがしやがる」

 軌条の感じた殺気は奇妙なことに目の前の男からだった。それも死に損ないが発せられるようなものではない。

「まさか気付かれるとはな……なかなかに有能な人間だな」

 どこからともなく声が聞こえてくると、目の前の男の目が一層燃え上がった。

 すると目の前に、膝をついた男に瓜二つのもう一人の男が現れた。

 軌条は舌打ちし、その男を睨みつけた。

「そんな目で見ることもないだろ、仲良くしようじゃない」

 そう言うもう一人の男に対して軌条は魔弾で返事を返した。

「おっと、そう言えば愚弟が挨拶もしてなかったな。俺達はアグニ、勿論コードネームな訳だが、自分の名前なんぞ、とうの昔忘れたからそれで呼んでくれ」

 勿論その自己紹介中にも軌条は魔弾を撃つ。

 今度の弾丸は命中……したのだが、身体が炎に包まれ、すぐに完治した。

「確かにコイツは痛いわ、身体の魔術回路を食い散らかしてんのか。人間のくせに相当あぶねぇモノ持ってるな。おい愚弟、いつまで休んでんだ。そろそろ引き上げ時だ」

「兄さんは治癒能力が強いから、ある程度は平気でいられるんですよ……流石に僕ももう平気ですけど……」

「おい、そこのお前。この街の魔術師に何で肩入れしてるのか理解しようとは思わんが、命が惜しかったらこっちの教会に来い。悪いようにはしない」 

 そう言い残すと二人は炎に包まれて幻のように消えた。

 軌条は消えていなくなったことを確認すると銃口を下げた。正直言って状況は不利だった。何故二人が引き上げたのか理解することは出来なかったが、ともかく軌条は無傷、情報も手に入り、始末出来なかったこと以外は上々だと言えよう。

「まさか、この弾丸でも死なない奴がいるとはな……。御霊やつにお灸を据えてやらないとな……くそっ上着だけじゃなくってバイクも燃やされてやがる」

 苛立つ気持ちを抑えきれずにバイクとは到底言えない塊を足で蹴ると、軌条はポケットから紙を出し、その紙からいつものコートを取り出し、フードを深く被って降り出した雨の中を御霊の隠れ家に向かって歩き出した。

  

   

 

 

 

 

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