002
御霊はコーヒーを口にすると、軌条が開けた窓を閉めた。
この能力、碧ノ眼の力を応用すれば瞳を相手に見せるだけで人を殺すことが出来る……そんな便利な力ではないことは言うまでもないだろう。
勿論、代償がある。
御霊が自身を欠陥品と呼ぶのはこの代償が割りに合わないからである。
理由は簡単……代償は御霊の体からランダムに選択され、そして碧ノ眼へと吸収される。つまり碧ノ眼が失った分の魔力は肉体から補わなければならないということだ。そして使う力が大きければ大きいほど代償も伴って大きくなる。
人を殺すほどの魔力を使用するとなると勿論その分代償が大きくなる。
軌条は御霊の目的には必要な貴重な人材……大きな代償を払い、失うということは御霊にとってマイナスでしかない。
「これで確実に二日はまともに動けはしないだろうな……。他人の魔力は毒だ、もうこれ以上は軌条、お前の体が持たないぞ」
そう言った時だ、早速代償を払う時がきた。碧ノ眼が御霊の意思とは勝手に輝きだし、御霊の目の前に魔術陣を描き出す。
今回使った魔力ほんの少し、持って行かれるものも大したことはないだろう。
「毎回のことながらいきなりだな……ったく」
唐突に魔術陣は消え去った、これは碧ノ眼が代償を奪い終えたという知らせでもある。
代償として脚の肉を少し削られた。御霊の予想通り、大したものではない。
魔術陣が消えた後だ、次は碧ノ眼が何かを感知したように疼きだす。
「ん、この反応は……随分と早い対応だな。流石に何度も噛み付かれてたんじゃ慣れてもくるか」
碧ノ眼が魔力を感知したのだ。
御霊が住み留まるこの街にはあらゆる場所に魔術師を感知する仕掛けが施されている。
今回碧ノ眼が反応したのは、その仕掛けが魔術師という異端を感じたからだ。
「にしてもタイミングが悪いな。まるで軌条が気絶したのが向こうにバレてたみたいじゃないか」
そんなことは絶対にありえないが、実際のところタイミングとしては最悪。
今回この街に来ている魔術師は協会からの派遣に間違いはない、協会の魔術師たちにすれば協会の意志に反抗してくる御霊たちこそが異端なわけだ。異端を狩り、円滑な活動を望んでいる。
「早速面倒なことになったな……」
そう言いながらも、コーヒーを一口。
「痛ってぇ……」
床から声が聴こえる。
まさかと思いながらも御霊は床に倒れ込んでいるはずの軌条を見ると、既に軌条は起き上がってきていた。
「お前……身体を動かせられるのか?」
御霊は驚きを隠せない顔で軌条に質問する。
それもそうだ、今まで軌条に試したことはないにしても、他の人間や魔術師には幾度と無く使用している。
だが、これまでに一度としてこんな短時間で意識を保ち、身体を起こした者はいない。
「まだ気持ち悪いけど、碧ノ眼もたいしたことないじゃん。退魔ってのにここまで感謝したことはないね」
そう言い軌条はシャツの下から首にかけていたネックレスを取り出した。
「これさ、いつだったかの魔術師のおっさんが自慢してるのを奪ったのよ。普段の奴らは鈍くて魔術とやらを直撃することはないから役に立たないけど、まさかこんなとこで活躍してくれるとはね」
軌条はそう言いながら笑うが、御霊はやはり驚きを隠せなかった。
碧ノ眼はそこらで手に入るような装飾品に施された退魔などで緩和されるような力ではない。極端な話、神の力が宿っているほどの力がなければ不可能な事でもある。それほどに碧ノ眼は人にとって脅威なのだ。
よって、この碧ノ眼の力を短時間で押さえ込んだのは軌条本人ということだろう。
「本当に恐ろしい奴だ……だがこれは俺にとってはプラスになる。軌条、早速だが仕事の依頼がある。今現在、俺たちがこの間から潰しにかかっている組織からの刺客が二人ほどこの街に侵入してきている。そいつらの始末、および情報収集を頼みたい。報酬はいつも通りなんでも……だ」
御霊はコーヒーの入ったカップを机の上に置き、軌条の顔を見た。
彼……いや彼女はいつも通りの整った顔の口元は微かに歪ませ、舌なめずりをした後、気付いたときには部屋から風のように消えていた。