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ほんの少し、ほんの少しだけ世界は壊れている。
こんな何の変哲もない生活に疑問を感じた人も少なくはないと思う。
刺激というものが存在しない日々。しかし刺激というものは本当は存在している。
だが、知らない……知らされていないのだ。そして、そういう事の大抵は知らなくとも良い物であり、知ることで今の穏やかな日常を破綻させてしまうこともあり得る。そして誰も知らないことは嘘になる。
吸血鬼はいる。雪男は実在した……そんな妄言を誰が信じるだろうか? 幻想はあくまで幻想。
だから知識あるものは口に出そうとはしない。
たとえ、事実であったとしても、その知識は幻想が当たり前となっている者達だけが共有する。
それでいい、それで世界は回り続ける。
× ×
夜、ある街の路地にて。
「またですか……もうこれで三件目ですよ」
そう言いながら一人の若い警官はブルーシートを捲り、中の死体を見る。
「うぇ、またこの殺し方ですか、ったく趣味の悪い」
そしてブルーシートをゆっくりとかけ直す。
この猟奇殺人事件が発生して、早くも三ヶ月の時が過ぎようとしている。
犯人の意図は全くもっての不明……被害者の肢体は全て根元から切断されており、毎回、被害者を中心に四つの柱になるように立てられている。
そんな事件だが、犯人の手がかりは一切残されておらず、手掛かりはなし。犯人を逮捕するなど雲を掴むような話だと言われている。現に今回も何も見つからない。
「どうしたもんですかね……」
若い警官はブルーシートをぼぅっと眺めながら呟いた。
「どうしようもねぇさ……わかるのは死亡時刻くれぇだしな。この街も随分物騒になったもんだ……」
それを聞いていた隣の警官が答える。
この事件を解決するのはもはや人間のなせる所ではないのだろう。
神が人に裁きを下したような諦め、解決しようがない、ただただその事実を受け止めるだけの状態。
この事件は仕方ない、被害者、そして親族には辛いものかも知れないが仕方ないのだ。震災と同じような感覚とも言える。
そんな事件の現場をある男はビルの上から眺めていた。パーカーのフードを深く被り、少しダボついたズボンの腰元には相棒とも言えるコンバットナイフが隠されている。
遙か下に群がる人をゴミでも見るような目で見つめる、この男には警察が嗅ぎまわっているのが不快なのだ。それからブルーシートのかけられた場所を見て、男はついつい口元が緩んだ。
あの被害者の最期がこの男の脳内にフラッシュバックしたのだ。最期の表情、身体は動かず、意識だけが残り、自分の腕を切られる痛みを味わい、泣き叫ぶ顔。
この男にはその顔が素晴らしく愉快に感じられた。
「くっく……間抜けな警察が何をしても無駄なんだよ。あんな蟲にも満たないような奴は死んで当然、次は一ヶ月後だ」
そう言い、男は闇へと消えた。