黒き賢者
次話更新です。
王都ヴァルゼリア王宮医療区~side
イリア・キサラギside
さっき、フェリオ君の様子を見てきたけれど、絶対安静で今も集中治療室で治療を受けている。
アルゼリアスにもらった薬が効いているのだけれど、その後緊急入院になった。
そして、残酷なまでに時間は待ってはくれなかった。
明日、いよいよゼウレニアス帝国本拠点、天空の玉座に対して総攻撃を行うことになり、私の部隊にも参加命令が下った。
そして、私達はフェリオ君を置いて最終決戦に挑む。でもその前に、彼に謝ろうと思ってフェリオ君の病棟にやって来た。そこで、意外な人物が彼のベッドの傍らにいた。
「黒き賢者様……」
「イリアさん、アレスでいいですよ。僕もその名で呼ばれるのが好きですから」
少し寂しげに、彼はそう言って笑う。そっか、黒き賢者は見た目とは裏腹に、この世界の歴史の中でものすごく長い時間を生きてきた存在だ。
たしか、私が知っているおとぎ話では、人間の男の子が竜の神様にお願いをして、不老不死になり、世界中を旅するも物語だった。
なら、この人は、たった一人で長い年月を旅していたことになる。
「それは、少しだけ、違いますね」
「えーと、アレスさん、どう違うのですか?」
彼は、私の問いに少し寂しげに、笑みを浮かべると穏やかに語りだした。
「そうですね。少し長くなりますが、イリアさんにも話しておきましょうか、僕の過去を」
「……」
私は無言でうなずき、椅子に座る。アレスさんは、ゆっくりと自分の過去を語りだした。
それは、一人の人間の娘と竜族の少年の物語だった。二人は仲の良い友達として、野山で遊び時に彼の背に乗せ空を飛び、日々、楽しく暮らしていた。
でも、人間族からは竜族の少年は恐れられ、竜族の長老たちからは、人間は野蛮だから、あの娘と遊ぶのは止めなさいとお互いに叱られた。しかし、ふたりの子供はひっそりと見つからないように遊んでいた。
そして、月日は流れ、大人になり、何時しか互いに惹かれ合いそして、子供が生まれた。
それを知った竜族の長老たちは、人間の血を混じった存在が竜族に災いをもたらすとして、彼を幽閉し彼の親友であった。竜族の若き将軍に銘じて、二人の間に生まれた子供を川に流してしまうように、きつく命じた。そして、人間たちの元に追い返された彼の妻は、人間たちに災いをもたらした者として、無残に焼き殺された。
その様子を冷たい牢の中でその様子を彼に見せ、竜族の長老たちは「これで良かった。卑しい人間の血を引く者など我が一族に入れるなど許されないのだからな」と言って心底安心した様子で牢を後にした。
人間の娘の名をフィオラと言い、竜族の少年の名をアルゼリウスとい言った。
そして、更に月日は流れ、最愛の人と愛娘を失った彼の心に深い闇が広がり、自分たちを否定した世界を激しく憎むようになった。そして、牢を出るの許されると、彼は、誰にも気付かれずに異界の魔王に接触し、世界を滅ぼすのを手伝わせる代わりに自分の身体を魔王に与える約束をした。
そして、力を手に入れた彼は竜族の長老たちを瞬く間に皆殺しにすると、自らを【竜帝】と名乗り亡き妻を【竜貴妃】とした。
竜族を支配した後の彼の勢いは凄まじかった、情け容赦なく世界各地を征服していった。
そして、最も信頼の厚い部下たちを重臣にし、フェンリル家・ファルケン家・ドラシェル家の三家を六将軍の地位の中でも一番重く遇した。
しして、人間の住む国も容赦なく攻め込み、僅か半年で【ドラグニア神聖帝国】を建国し世界を支配するに至った。
そして、歪んでいたとは言え、亡き妻に約束をしていた、僕のお妃さまにすると言う約束を果たした。
そして、その直後、異界の魔王に身体を奪われ、魔王は世界を焼き始める。
次々に焼かれる国々、逃げ惑う人々、ドラグニア神聖帝国の重臣たちの人間側への離反で何とか竜帝の進軍は食い止められていた。
そして、ある街を焼き払いに行った時、彼は逃げ惑う群衆の中に今は亡き妻に生き写しの少女の姿を見た。その少女の意思の重い視線に怯んだ竜帝はその場から、逃げ、魔王が意識を眠らせている間に、自分を殺せる一振りの剣を密かに作らせ、フェンリル家・ファルケン家・ドラシェル家の三家に自分を倒せる勇者を育て上げるように命じた。
それからじ十年後、彼は勇者によって討たれ、世界は平穏を取り戻すまで長い戦乱の時代に入る……。
「ここまでが、おとぎ話で言われる彼の話です。でも、彼は勇者に討たれましたが、実際は死んではおらず、竜族の力を封じられ、人間化してしまう呪いで各地をさまよったそうです。その時、記憶を失っていて、穏やかな日々を送っていた少年の彼に戻っていたそうです。そして、彼は何も思い出せないまま、荒廃した世界を巡り、各地で伝説に残る人物として、つまり、水が不足している地では水脈を探したり、汚れた水のろ過の仕方を教えて、疫病が蔓延している国では、疫病の治療をしたりしていたそうです」
「そうなのですか!? 私の知っているおとぎ話では、光の翼を持つ聖女に討たれたって語られています」
そう、彼の最後は光の翼を持つ聖女に倒される結末で終わる。
しかし、アレスさんは意外な事を教えてくれた。それは、今まで聞いてきた事とは全く違うものだった。
「ええ、確かに、物語では光の翼を持つ聖女にりゅて竜帝は倒されていますが、本来の物語は全く違う結果でした。光の翼を持つ聖女は最初から、彼を倒す気なんて無かったんです」
「えっ……」
「だって、実の父をしかも、自分のお母さん母親を心から愛して、その結果、科のk所い彼女のの父は幽閉され、そして、彼女の母親は人間に忌み嫌われ殺された。でも、その事実を知ったのは、竜帝の親友だった魔竜将軍アルゼリスしょうが彼女に頼まれて、剣技や魔術を教えて、最後に彼女に自身の出生の秘密を教えたそうです。彼は密sかに、彼女を川に流したように見せかけ、安全な地で、彼女を孤児として孤児院に預けていたそうです。そして、誰にも彼女の事は告げずに長老たちには、川に流したと報告して誤魔化したそうです」
な…… それじゃあ、聖女は竜帝の娘で、魔竜将軍に自分の生い立ちを教えられるまで、普通に育っていた。だが、その事を当時の人間や竜族の長老に知られたら、確実に殺されただろう。
正直、理不尽な時代だ。だから、竜帝は異界の魔王に魂を売ってでも世界を変えようとしていた。
だけど、もっと他に方法が無かったのだろうか?
そんな疑問を思っていたら、アレスさんは穏やかな口調で
「ええ、イリアさんの感じている怒りもわかります。竜帝もその事は考えていました。しかし、当時はま上級種族が下級種族を支配し導くのが当たり前の時代で、彼のように他種族の者を愛し合うのは禁忌とされた時代で、彼は竜族の名家の生まれでなければ、問答無用で殺されていたでしょう」
「……」
「でも、彼女はそんな父の姿がとても悲しかった。だから、父と真剣に話し合いたいと願い、そして、たった一人で彼と対峙して、説得をしようとしました。ですが、それには、あまりにも多くの命が失われ、そして、彼自身も今更、血塗られた刃を収める気はなかったのです。そして、実の親子たちが対峙して誰かが利益を得る事も彼は判っていましたから…… それで、まだ、説得を諦めていない娘から剣を奪いとって、自身を刺し貫きました。彼は最初から、悪の権化として自分を倒しに来た勇者に討たれるつもりでした。でも、僕にはそれが一番許せない」
「……」
彼の重い言葉に私は黙り込む。その場の空気が重くなり、どう、彼に声を掛ければいいのか、私も色々思いを巡らせていると
彼は、突然、フェリオ君の治療の提案をしてきた。
「イリアさん、フェリオ君の核の欠片を右腕に移植されていますね? それを彼に返せば大丈夫です」
「……わかりました。フェリオ君の核を返すにはどうすればいいのですか?」
「実は、女神に、これを託されて居まして、ええ、貴女のよい予想通り、これは女神が残した欠片です
彼女は自分の後の時代に、この欠片が必要になると予言して、僕に託されたんです。願わくば、こんな日が来ることがよかったのですが、こうなってしまった以上、彼女の願いを叶える事にしましょう」
そう言うと、何もない空間に光輝く物が現れる。聖なる力を私でも感じ取る事ができる。
それは、徐々に形を形成すると、一枚の羽根になった。
「これは……羽ですか?」
「ええ、イリアさんのおっしゃる通り、彼女が僕に託した聖女の羽根です。これを今から、貴女に託します」
アレスさんがそう言うと、女神の羽根が光輝き私の右腕に同化布いていたフェリオ君の核が何の痛みもなく取り出され、代わりに女神の翼が右腕に消えていく。
そして、腕の同化が終わった後で、右腕を軽く握ったり開いたりしてみる。
(す、凄い、何の問題もなく私の腕に馴染むなんて)
「どうやら、上手くいったようですね。フェリオ君も核が上手く元に戻って、これで一安心ですね。どうしたのです? そんな不思議そうな顔をして? 彼に教えた貴女との契約はそのままですし、同化の際、偶然、貴女が得た力も問題なく使えますよ。
そうそう、フェリオ君は体力の消耗が激しいので、僕が彼についていてあげますね」
「ありがとうございます。アレスさん。ところで、どうして、貴方が伝説の聖女の羽根をもっていたのですか?」
そう、いくら、伝説の賢者でも、聖女の力とか手にしているのは不自然だ。いつ、彼を警戒してしまう。
彼は、私の警戒心を感じ取り、ながらも穏やかに、その訳を教えてくれた。
「そうですね。特に隠しておく必要も無いのですが、少々、僕の昔の話も貴女に教えておきましょう
あれは、そうですね……」
それは、アレスさんがまだどこにでもいる村の少年だった頃の話。
彼の生まれ育った村は小さく、そして、外界からも遮断されていた。そして、毎日を日の進むまま、時に退屈に、時に祭りなどをしながら、静かに暮らしていた。
だが、ある日、彼の住む村に、竜帝の軍隊を名乗る集団が現れ、村を焼き払う、そして、彼も必死で燃え盛る村から逃げ出し、その時、斬りつけられて、これまでかと自身の死を覚悟した。
その時、黒いボロボロのフードに身を隠した【人物】に助けられて、私と同じように契約を交わした。
ただ、違ったのは
「ええ、僕はれ彼と同化した時、彼は既に寿命で何時消えてもおかしくなかった。だから、彼の全てをもらい受けて、あちこち放浪して、聖女の足取りを探して、もうだいぶ長い事彷徨っていたんです。そして、最近になって、彼女が眠っている神殿に、たどり着いて、彼を眠らせる代わりに、その役目を引き継いだんです。でも、流石に数千年は永いですね。彼の志し半ばの世界の浄化をするには、もう少し時間が掛かりますね。あ、安心してください。所いうか浄化と言っても、精々自分の流れ出た竜帝の【血】の浄化であって、世界をどうすると言ったことでもないです。ただ、かなり広範囲に血が降り注いだので、その浄化をするまで、もう少しかかると言うう事です」
「その、浄化を【私たち】はお手伝いすることは出来ますでしょうか?」
もう、判ってしまった。アレスさんは、この世界を焼いた竜帝と契約して、竜帝が犯した過ちを浄化しながら、各地を回る使命を持った人間だと言うことを。
しかし、彼はゆっくりと首を振り、私の意思を断る。
「その気持ちだけで十分ですよ。イリアさん。でも、そうですね、もし、この戦いが終わったら、貴女達の血を引く者たちにご助力をお願いするかもしれません。さて、そろそろ、僕たちは失礼をいたしましょうか、フェリオ君ももう大丈夫ですし、面会時間も過ぎる頃ですしね」
「はい」
そうして、わたし達は、フェリオ君の部屋を後にして、それぞれ休むべく部屋に戻る。翌朝、アレスさんは、ヴァイン国王陛下やレスター局長に挨拶を済ませると、また、放浪の旅に出てしまった。
次回不定期ですが更新を頑張ります。