②女子高生は実の娘
附属病院の病棟最上階である。袋小路にある個室の病室。
「そうだそうだ。附属病院の待遇改善から個室を替わったんだ。エレベーターで最上階に上がり。うんうん。それから階段なんだ」
エレベーターを出ると廊下でじろじろナースや他の患者さんに見られることもない。
"安心して見舞いに来てくれ!"
脚本家は心安い女の子に次々連絡を入れる。ドラマでは端役の女優ばかりを狙ってである。
飛ぶ鳥を落とす勢いがこの売れっ子脚本家。お見舞いに来て欲しいとリクエストをされたら。
顔を出さないと次のドラマで嫌がらせや出演拒否をされるかわからない。
静かな個室は執筆活動には天国である。インターネット環境が整い好きな時に好きなだけ脚本作業に打ち込める。
朝晩と規則正しい生活に三食とも栄養のバランスが行き届いている。
母子家庭で育てられていちめ好き嫌いのない食生活である。多少味覚が不味いともヘイチャラだった。
「連載ドラマ納期が近いのを2~3本抱えていた」
入院したら結末が思いつかない先詰まりな脚本が大団円ストーリーとなって閃いた。
「不可思議なことだ。環境が変わると創作意欲が高まるのかなあ」
テレビ局での脚本執筆は締め切りが近いと大変であった。
ディレクターの命令から早く仕上げなさいっと缶詰め状態となる。小説家ならば出版社にホテル詰めになるところ。
残念ながらテレビ局は楽屋裏の空き部屋がいくつもある。ホテルへ缶詰めの代わりに風がスゥ~スゥの空き部屋に閉じ込められてしまう。
胃がキリキリ痛むような極限状況で時間とにらめっこ。ディレクターの怒っちゃう前に執筆を終えなくてはならない。
「こりゃあ調子いいぞ。当分の間ここを退院したくないなあ」
中年期を迎えつつある昨今。血圧は高めで体調がよろしくはない脚本家であった。
規則正しい生活の賜物ですっかり正常値である。検診にやってくるナースに褒められるほどに安定をしていた。
リーンリーン
執筆に休憩をと昼寝を貪る。耳許で携帯である。小さなディスプレイから送信名を見る。
お待ちかねのシンデレラ姫であった。
「待っていたよ。どこにいるんだ」
メールを送信しても女子高生はなしのつぶてである。
携帯を鳴らしても返事をしてはくれない。短気な性格は子供のようにイライラしてくる。
「学校から病院に向かっているんだなっ。到着したら連絡してくれ。すぐ鍵を開ける」
娘の声を聞けば怒りもイライラも吹っ飛んでしまうようである。
「最上階は階段で行きなさいって。やだなあっ」
附属病院へ向かう電車の中でも気乗りはしない。
「最初はねっ。お父さんに再会して嬉しかったのは事実よ。見たことがなかったから。でもいつもいつも逢っていたらなあっ」
離婚した父親はどんな男なのかと夢物語に見ていた。
だが現実に中年の小肥り男を目にしたら。
芳紀18歳の女子高生は夢も憧れも吹っ飛んでしまう。
「お小遣いくれるからいつもお見舞いに行くだけだもの」
やだなあっと呟きながら駅に到着する。とぼとぼと附属病院に向かう。
吹き晒しの摩天楼のようなロビーに来ると病棟直通エレベーターを探す。
乗る前に女子高生は携帯を取り出して掛けようかとした。
「あのぅすいません。院内は携帯電話使用禁止なんですよ。気をつけてください」
若い女の声で女子高生は注意を受けてしまう。
携帯を切りクルッと振り向き声の主を見る。
医学生とナースが仲良く立っていた。
「はっ…」
病院施設には微弱な電波で働きが狂ってしまう医療機器がごまん。玄関ロビーにその手のポスターが貼られ注意を呼び掛けている。
「すっすいません。知らなかったもので」
女子高生はかわいらしくペコリっと頭をさげた。
3人はエレベーターに乗り込んだ。
「どちらの階へ?」
"最上階です"