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凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~  作者: 立花鏡河
終章

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第六十八話 汽笛

 ――と、駅の方角から汽笛が聞こえてきた。


 機関車に乗り込んで、帝都を目指す。到着までは約十七時間。徒歩や船で何日もかけて移動するしかなかった時代を思えば、なんという進歩か。


 どこか物悲しくもある汽笛に肩を震わせた琴音だが、旅立ちに感傷的になったわけではない。

 いつの間にか、あやかしたちに取り囲まれているのに気づいたからだ。


 ……が、黒い霧がまったく見えないので、悪意は欠片もないことがわかる。好奇心から寄り集まっただけのようだ。


「大丈夫。俺たちを見送りたいらしい」


 苦笑まじりに幻十郎が言う。


「お見送り……ですか……?」

「あの久葉を倒したってことで、俺たちは感謝されてるようだ」


 あやかしにとっても、久葉は恐ろしい脅威だっただろう。もうその名は消えたが、かつての蛇ノ目村、そして桜町を住み処にするあやかしは徐々に増えていくはずだ。


 刹那、琴音の赤いリボンが揺れた。


 秋風が揺らしたのではない。カワウソのような姿のあやかしが、すばやく琴音の横を走りぬけたからだ。


「まあ、かわいい……」


 街灯に登って、こちらをちらちら見ている様子は愛らしい。

 足を止めて見つめていると、幻十郎が教えてくれた。


「あれは風狸(ふうり)だ。風のように現れては、ちょっとした悪戯(いたずら)をしていく」

「悪戯ですか……?」

「琴音、動かないでくれ」


 幻十郎がふいに、琴音の肩に手をのばす。


「……?」


 幻十郎が手にしたのは、赤ワインのような色をした花であった。


「あら、コスモスですわ!」


 異国から渡来してまだ間もない、女学生に人気の花だ。


「綺麗……」

「あの風狸からの贈り物のようだ」

「うれしい! ありがとう……」


 虚空に向かって手をふる琴音を、行き交う人々が不思議そうに見る。誰にも、あやかしたちが見えていない。巨大な駅舎に見とれている由松にも。


 空には、もはや不吉な箒星の軌跡は浮かばない。


「つけてやろう」


 幻十郎は、琴音の簪(かんざし)に、コスモスの花から一寸(約三センチ)ほど伸びた茎を紐(ひも)で結びつけてくれた。


「うん。琴音には、やはり赤が似合う。〝深紅の姫君〟だものな」

「まあ! 幻十郎さまったら!」


 頬をふくらませる琴音を見て、幻十郎が美しい顔をほころばせる。


(これが……幸せというものなのだわ……)


 琴音は胸をときめかせ、目の前の幻十郎に微笑みかけた。


 また、汽笛が響きわたる。

 琴音は、見送りのあやかしたちに別れを告げた。


「おねえさま! 義兄さん! 早く行きましょう! 乗り遅れたら大変です!」


 駅舎の前から、由松が手をふっている。

 琴音は手をふり返し、幻十郎と寄り添って歩を進めた。




 了

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