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静かな空間

作者: WAIai
掲載日:2026/08/16

しんとした玄関。

しんとした廊下。

午前の授業中、どの教室も先生の声が響くだけで、しんとしている。

ー死んでいる。

静かに上履きを履き替えながら、桜は異常な状態に緊張していた。

遅れてきたのは、学校に来たくなかったからで、このしんとした暗い雰囲気、閉ざされた雰囲気が苦手だった。

ー帰ろうかな。

今ならすぐに外へ出られるが、帰ると親がうるさいので悩む。

しかし教室に行くつもりはなかった。

仲が良いというより、何となくつるむ娘はいるけれど、互いに孤独にならないためのものだった。

脆い関係。影で私の悪口を言っているはず、と桜は信じていた。

ーどうしよう。

本気で迷い出し、お腹が痛くなる。

緊張すると、お腹が痛くなる体質だった。

しかしいつまでも玄関にいるわけにはいかないので、とりあえず保健室に行こうと決める。

それこそ足音が響かないように、忍者のように歩いて行く。

気配を消す自信があった。

家庭環境が複雑で、いつもオーラを消して過ごしているからだった。

「…あの」

保健室のドアを開けると、眼鏡をかけた女の先生がこちらを見る。

年は40代くらいだろうか。

母親と同じくらいだと目星をつけ、先生の反応を待つ。

すると彼女は普通に言ってくる。

「どうしたの?」

それだけで救われた気がした。

変な顔をしたり、冷たくあしらわれるかと思ったが、普通の態度がありがたかった。

「その、お腹が痛くて…」

これは本音なので、正直に言うと、先生が手招きしてくる。

「おいで。ベッドで寝る?」

「あー…っと、いいえ。起きているだけでいいです」

静かにドアを閉めると、桜は先生の側に行き、椅子に座る。

秋になり、涼しくなったせいか、窓は閉められている。

ここは玄関の近くにあり、尚且つ教室は2階にあるので、癒しの場所としては適切だった。

「薬、飲む?」

先生はあくまでも普通に話しかけてくれたので、桜は安堵して返す。

「い、いいえ。大人しくしていれば治ると思うので…」

そう言って、時間を見れば、3時間目が始まった頃だった。

ーよく皆、あんな静かな空間にいられるな。

皆、必死で先生が黒板に書いたものを追い、テキストに目を走らせる。

ロボットではないのに、全員、異常に思える。

笑顔もなく、ただひたすら先生の声だけが響く教室。

たまに生徒があてられて答えるが、そんなものは一瞬だった。

先生が絶対王者の空間。

生徒は皆、下僕というか、庶民というか、何だか怒られないように見えて、ぶるりと身体を震わす。

「寒い? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

手を振って答えると、お腹を撫でる。

先程より、落ち着いていた。

先生はちらりと見たが、何も聞いてこなかった。

桜は不思議に思い、聞いてみる。

「せ、先生…!!」

「何? どうしたの?」

「あの…変だとは思わないんですか?」

「変? 何が?」

本気だそう思っているらしく、気にしているのは桜だけかと知る。

ー私は異常じゃないんだ。

そう思っただけ、桜は心が軽くなった。

保健室はすぐに居心地の良いものとなり、緊張が少しずつとけていく。

「先生、こんな時間に来て、変に思わないんですか?」

あえて質問をぶつけてみると、先生は目を瞬かせたが、すぐにふわりと綿あめのように笑う。

「色んな子がいるからね。事情もそれぞれだし。あなたもそうでしょう?」

「そ、それは…。はい、そうです」

認めると、桜はぎゅっと拳を膝の上で握りしめる。

家に帰りたいような、帰りたくないような、保健室にこのままいたいような、複雑な心境だった。

ーでも先生は敵じゃないみたい。

他の先生は目に出してきたりするのに、この先生だけは桜を受け入れてくれている。

それが安心に繋がり、ほっと息を吐き出す。

ベッドを見れば、3つのうち、2つが閉じている。

誰か休んでいるらしい。

邪魔になるだろうかと口を閉めるが、それはそれで緊張してくるし、暇なので先生に話しかける。

「先生、担任の先生に内緒にしてください。このまま家に帰るかもしれないので」

「分かったわ。大丈夫。皆、保健室には来られても、教室に入れない子がいるから」

「そうなんですか? …私と一緒だ」

異常だと気づいているのは、私だけじゃないと知り、勇気がわいてくる。

先生は尚も続ける。

「行くのも、帰るのも、あなた次第。私は何も命令しないわ。言って欲しくないでしょう?」

「は、はい…」

先生の優しさを感じ、桜は泣きそうになってくる。

いや、実際に泣き始める。

先生は「あら」と呟くと、ティッシュBOXを側に寄せる。

「大丈夫? 涙を拭いて」

「はい、ありがとうございます」

ティッシュを受け取ると、目を拭い、鼻をかむ。

学校の大人は信じられないが、この先生だけは信じていい気がした。

「先生、もう少しここにいていいですか?」

「いいわよ。ずっといてもいいし、嫌なら帰ってもいいし」

「はい、そうします」

はっきりした声が出、自分でもびっくりする。

いつもおどおどしているのだが、今はちゃんと返事ができた。

ー毎日、ここに通うなら悪くない。

桜はそう思うと、先生に聞いてみる。

「毎日、ここに来てもいいですか? その、時間はばらばらですけど」

「いいわよ。そう言う子が多いもの。誰も授業に出ろとは、強制的に言わないわ」

「…良かった」

ようやく桜は少しだけ表情を崩し、椅子に座り直す。

先生と2人の空間は穏やかで、緩やかな日光を浴びているような、そんな心地良さを感じる。

ー毎日、ここに来よう。そして先生とお話しよう。

そう決めると、桜は元気を取り戻し、足をぶらつかせるのだった。


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