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身に覚えのない悪事で婚約破棄された件〜腑に落ちなかったので事実を突き止めたら、同名の別人のことでした〜

作者: 月森 かれん
掲載日:2026/06/16

 王城の応接間で、私は突然「婚約破棄」を告げられました。 


 「今ここで、我等の婚約を解消する」


 「…………は?」


 私の口から思わず漏れたその言葉に、セドリック王太子殿下――いえ、元・婚約者となる方は、ほんの少しだけ眉をひそめました。


 「君との婚約は、すでに国内でも問題視されている。これ以上、私の名に傷がつくわけにはいかない」


 ちょっと待ちなさいよ!?

 問題視? 私、何かしました!?


 叫び出したい気持ちを、紅茶のカップを握る手に込めて必死に堪えました。

 

 ええ、令嬢たるもの、感情をそのまま顔に出してはなりません。

 でも、せめて言わせてください。


 「王太子殿下。私が何を“した”とお考えで?」


 彼は息を吐き、やれやれといった目で私を見下ろしました。


 「わかっていないのか? 王立図書館から禁書を盗み出した件。侯爵令嬢を階段から突き落とした件。そして……使用人との不適切な関係。すべて君のことだ」


 「…………は?」


 誰よ、それ。私じゃありませんわよ。

 禁書ってなに? 使用人との関係? 

えっ、そんなスキャンダラスなこと、私、人生で一度もしてないんですけど!?

 ああもう、ツッコミが追いつきませんわ!


 必死に堪えている私に、元・婚約者は1枚の紙を突きつけました。

何か長ったらしい文章とサインが並んでいます。


 「この通り、両家の許可も頂いている。お前はもう、ただの貴族令嬢だ」


 婚約破棄した瞬間「お前」呼ばわり!?

 なんて他人行儀なの。

 それに両親! 私に内緒で許可しましたわね!?


 元・婚約者は私に紙を押しつけて、部屋から出るように促しました。


 「もう2度と、この城の門をくぐるんじゃないぞ」


 はいはい、さようでございます!

 噂を疑いもせず鵜呑みにする方なんて、こちらから願い下げですわ!







 「やっぱりおかしいですわ……」


 婚約破棄を言い渡されてから7日。

 この1週間、私は家から1歩も出ておりません。

なのに……


 噂が止まらないってどういうこと!? 私引きこもってるんですけど!?

 今度は放火未遂ですって!? 犯罪じゃない!

 いったい何してるのよ、その方!?

 あと、それを真に受ける両親! 

少しは娘の言い分を信じようとは思わないの!?



 そんなわけで、両親も呆れ果てて、腫れ物に触るような扱い。

何を言っても、信じてもらえません。

信じてくれているのは侍女のアンスリアだけ。

 まぁ、末席に食事や入浴をさせてもらっているだけ、ありがたいのですけど。


 「アンスリア、いるかしら?」


 「はい、ここに」


 部屋のドアを開けて、茶髪の侍女、アンスリアが入ってきました。

どこか不安そうな顔です。


 「アンスリア、少し相談があるのだけれど……」


 「何なりとお申し付けください」


 「私の噂、まだ止まっていないのよね?」


 「ええ……。残念ながら……」


 彼女は目を伏せながらも、ちらりと私の顔色を窺ってくれました。


……優しい子ですわ。

  

 「でも、知っている通り、私は家から出ていないわ。

だからこそ、誰かが意図的に流しているとしか思えない。

そこで、あなたに噂の出所を調べてきてもらいたいの」


 「え? ですが……」


 ええ、知っています。

アンスリアの身分では、そう簡単に外出許可を貰えないことを。


 「なので、私の怒りを買ってクビになったことにするの」


 「し、しかし……レイラ様が悪く言われてしまいます……」


 「構わないわ。どうせ私の評判なんて、これ以上悪くありようがないもの」


 そこまで言うと、アンスリアはようやく頷いてくれました。


 「さて、一芝居打たないといけないわね」


 「そ、そこまでしなくても……よろしいかと」


 「しないと誰も納得してくれないわ。

それに、証人がいたほうが、あなたも家から出やすくなるし」


 アンスリアの服を軽く汚して、ドレッサーからハサミを持ち出します。

 それを見たアンスリアの顔が少し引きつりました。


 「ほ、本当に……」


 「ええ。袖を少し切るから動かないでちょうだい」

 

 「え、ええ……でも、それはちょっと……!」

 

 「大丈夫。袖だけですもの」


 アンスリアの不安げな顔を横目に、袖にハサミを入れます。



 慎重に慎重に…… 

 よし! これで誰がどう見ても、私からひどい仕打ちを受けたと思うはずですわ。

そしたら、恩情をもらって家から出れる。



 するとアンスリアがおずおずと口を開きました。


 「あ、あの、レイラ様、1つ申し上げたいことが……」


 「何?」


 「私が戻ってきた時はどうすれば良いのでしょう?

クビになった体、ですし……」


 「あら、そうね……」


 しまった。なんてこと。すっかり忘れてましたわ。

本当によく気が回るわね、この娘。


 どうしてもここに帰って来る理由……。

うーん、難しいですわね。出先で熱で倒れた?……ちょっと無理があるわね。

届け出が受理されてなかった……これも難しいわ。

新しい勤め先が潰れた……これだわ!

正当な理由があるし、新しい勤め先が見つかるまで、って短期間で雇う理由付けにもなる!


 私は、興奮を抑えながら言いました。


 「新しい勤め先が潰れた、というのはどうかしら?

これなら次の勤め先が見つかるまで、という理由で帰って来やすいと思うの」


 「良いですね!さすがレイラ様です!」


 「おだてても何も出ないわよ……」


 とはいえ、褒めれるのは嬉しいですわ。

本当にこの娘に協力してもらうのが申し訳ないぐらい。


 「じゃあ、始めるわよ……」

 

 アンスリアが頷いたのを確認すると、私は罵声を浴びせました。


 「この役立たず! あなたなんかクビよっ!

もう顔も見たくないわ!」

 

 「も、申し訳ござい——」


 「さっさと出ていきなさいっ!!」


 私は近くにあったクッションを投げつけてアンスリアの体を部屋から出し、ワザとバタンと大きな音を立てて扉を閉めました。


 バタバタと足音が遠ざかっていくのを聞いて、胸が痛みました。


 これで良かったはずですわ……。

罪悪感が強いですけれど





 アンスリアを外に出してから14日。


 まだ噂が止まらないんだけど!? 今度は二股ですって!?

 私、軽薄な女じゃありませんわよ!?

 そして両親! ねぇいつまで真に受け続けるつもりなの!?



 屋敷内で両親にバッタリ会っても、顔を背けて早足で行ってしまいます。

いったい何を考えているのでしょう。

 そろそろ、勘当を言い渡されてもおかしくはありません。


 「いつ戻ってくるのかしら……」


 ほぼ自室に引きこもっているとはいえ、あの1件以降、侍女達の態度もよそよそしくなりました。

仕方のないことです。自分の評判が下がるのは承知の上でやったのですから。 



 ふと、ドアがノックされました。

返事をするとドアが開き、現れたのは――


 「……アンスリア」


 思わず声が漏れました。


 「た、ただいま戻りました。レイラ様」


 アンスリアは、少し恥ずかしそうに俯いて答えました。


 「ご苦労だったわね。疲れたでしょう? まずはお掛けなさいな」


 「え? ですが、私は……」


 「いいから。後日に響くわよ」


 「で、では、失礼します……」

 

 アンスリアは慎重に椅子に座りました。

汚れ1つでもつけたら大変だという風に。


 「レイラ様の言う通り、新しい勤め先が潰れたので短期間だけでも置いてください、と頼んだら同情してもらえました」


 「上手くいったのね……。私もビックリだわ」


 「それだけ、レイラ様のお芝居が光っていたのだと思います」

 

 「そ、そう……。どうもありがとう」


 褒められても嬉しいことではないのだけど。


 

 さて、前置きが長くなりました。

 結果を聞きましょう。


 「それで、情報は集められた?」


 「はい。バッチリです。

 レイラ様の噂元ですが――」


 「隣の隣の国、レーベからです」


 「…………は?」


 隣の隣の国!? なんでそんな所から!?


 思わず叫びそうになるのを抑えました。

そうしてしまったら、また両親から小言を言われます。


 「私の集めた情報によりますと、どうやらレーベにもレイラという名の貴族がいらっしゃるようなのです」


 「つ、つまり、そのレイラの噂がここまで広がったと……」


 「そのようです……」


 納得はしました。身に覚えのないことばかりでしたから。

 でも――


 冗談じゃないわ! そのせいで婚約破棄されて、評判もだだ下がりなのに!


 怒りがメラメラと燃え上がってきます。


 「もう我慢の限界よ! 確かめに行くわ!」


 「で、ですが、お会いできるのでしょうか?」


 「貴族同士ですから、どうにかなるでしょう。

 両親も私がしばらく外に出たいと言えば、喜んで許可をくれるはずよ」


 さっそく準備に取り掛かりました。


 馬車は使えないので徒歩になります。

何日もかかるのですから、動きやすい服装の方がいいのです。


 うん、ドレスしかないわね。


 クローゼットを開けて愕然としました。

そう、動きやすい服なんて持っていなかったのです。


 「アンスリア、動きやすい服持ってない?」


 「私は侍女ですので、今着ているような服しか持っておりませんが……」


 そう言って、ツギハギの従事服を摘みました。

 でも私のドレスよりは動きやすそうです。

 

 「余りとかないかしら?」


 「さ、探してきます。サイズは8号でよろしいでしょうか?」


 「え、ええ」


 アンスリアはバタバタと部屋を出ていきました。

確かに彼女に洗濯を任せているのですが、サイズまで覚えているなんて、

さすがです。


 彼女はすぐに戻ってきました。手には5着ほど持っています。


 「これぐらいあれば、着替えには困らないかと……」


 「ありがとう、アンスリア。流石ね」


 「ですが、レイラ様が貴族と思われなくなってしまいます」


 「仕方のないことよ」


 さっそく仕切りの奥で着替えます。

少し埃っぽい匂いがしたけど、我慢しました。



 「アンスリアはどこまで歩いて回ったの?」


 「隣のミザ国までです。ここ、デヴェル国から3日は歩き通しでしたね」


 「と、いうことはミザ国を抜けてさらに数日は歩くことになりそうね……」


 歩くのは得意ではないけど、やるしかないわ!

なんとしても、もう1人のレイラに会って問い詰めなければ!



 「でも、どうしてレイラ様のお名前だけで、ここまで……」


 「名前だけが噂として広まって、姓までは確認されなかったのね。

貴族社会って、意外と『名前だけで通じる』ってこと、あるでしょう?」


 「そうだとしても……酷いです……」


 本当にこの娘、よくできるわ。

私は幸せ者ね。

 

 思いに浸りながら、お金を準備します。


 「お小遣い、取っておいて良かったわ……」


 銀貨20枚。

この辺りの相場は銅貨7枚〜銀貨3枚なので、これだけあれば旅の途中で困ることはありません。

宿にも泊まれるでしょう。


 「さて、私は両親に許可を頂いてくるわ。アンスリアは休んでて」


 たぶん、すぐにでも許してくれるわ。

 悪い噂の止まらない娘なんて、家にいてほしくないでしょう。



 両親からの許可はあっさり頂けました。

しかも、なんだか安心したような顔をしていたのです。

私が家から出ていくのがよほど嬉しかったのでしょう。


 門で待つアンスリアの元へ向かいました。見送りは誰もいません。

 屋敷の者には両親が伝えておいてくれるでしょう。




 レーベには10日後に辿り着けました。休み休みでしたから思ったより遅くなってしまいましたが、何もトラブルが起こらなかったのは幸いでした。


 しかし、行き詰まってしまいました。

私、「どうにかなる」とは言いましたが、今は侍女姿。

貴族だと言っても信じてもらえないでしょう。 

 それに情報を集めなければなりません。 

 アンスリアと広場を歩くことにしました。


 

 レーベは故郷のデヴェルに負けず劣らず賑わっています。

人々も笑顔で活気づいています。

 ボソボソともう1人のレイラのことを話しながら歩いていると、気の良さそうな男性が声をかけてきました。


 「あんた達、もしかしてレイラ様のところで働きたいのか?」

  

 「え、ええ。でも何も連絡を入れていませんし、いきなり伺っても取り合ってもらえないでしょう」 


 そう答えると、男性はニカッと歯を見せて笑いました。


 「いやいや。レイラ様はお優しい方だ。

突然の訪問でも快く会ってくださるさ」



 それ、私の噂ではありませんの!?



 口に出しそうになるのをグッと堪えました。

ここで怪しまれてはいけませんもの。


 「あんた達、本当運がいいなぁ。ちょうど働き手を募集しているみたいだから行ってみなよ」


 「わ、わかりました。ありがとうございます」


 この情報を利用しない手はありません。

 さっそくお屋敷を伺うことにしました。



 お屋敷は町の東側、小さな林の中にひっそりと佇んでいました。


 邸宅ですからね。広さにはゆとりがないといけませんわ。

それにしても本当に広いですわね。庭園だけでも私の2倍は軽く超えていますわ。


 さっそく門番に声をかけます。


 「あの、私達、働き手募集の張り紙を見て参った者ですが……」


 「張り紙を見てくれたのか。

案内しよう」


 彼はぶっきらぼうに言うと先導を始め、すぐに応接間に通されました。


 「では、レイラ様が来られるまで待っていてくれ」


 門番は短く言うと部屋をでていきました。

 残された私達は思わず顔を見合わせます。


 「直接会ってくださるのかしら?」


 「そ、そのようですね……」


 すると、ノックの後扉が開き、女性が入ってきました。

艶のあるアッシュ色の髪に、エメラルドのような緑色の目。

この方が、もう1人のレイラでしょう。

  

 「ようこそお越しくださいました。

私は、レイラ・アーピスと言います」


 「私、レイラ・アドリールと申します」


 「私はアンスリアと申します」


 「まあ、あなたもレイラなのですね」 


 もう1人のレイラは美しい澄んだ声で言いました。

ですが、一見、悪事を働くような方には見えません。


 

 やはりこの方がもう1人のレイラ、ですわね。

私を婚約破棄に追い込んだ原因となった御方。


 さっそく、問い詰めていきます。


 「ええ。そうです。

そして、貴女のせいで婚約を破棄されてしまったのですけど!」


 「え? 婚約を、破棄……?」


 少し強く言うと、レイラ・アーピス様は数回まばたきをしました。

まさか、従事志望で訪ねてきた者にこんなことを言われるとは思っていなかったのでしょう。


 「私、今はこのような姿ですが、デヴェル国の貴族です!

ご覧の通り姿は冴えませんが、立場は誤魔化せませんの」


言い切った私をじっと見つめたあと、アーピス様は――深々と頭を下げました。

さて、戸惑ったのは私の方です。


 待って!? そこは「バレてしまったのなら、仕方がありませんわね!」ぐらい言いなさいよ!? なんで頭を下げるの!?


 「本当に申し訳ございませんでした……。

まさか、同名の方がいらっしゃるなんて……」


 「あ、頭を上げてくださいまし! 

私、そこまで追い詰めるつもりはなくてよ!」


 慌てて促しながら、ピンときました。


 この方、何か事情があって悪事を働いていたわね!

 なぜって? 本当に悪女なら、深々と頭を下げて謝罪なんてしませんもの。

 まぁ、芝居だと言えばそれまでだけど。


 彼女はゆっくりと顔を上げました。

その目元には涙が光っています。


 「ほ、本当に申し訳ございません……。

私は"婚約破棄"されようと思って……」


 「へ? 婚約破棄をされたかったのですか?」


 「は、はい……」


 アーピス様は、言葉を詰まらせながら語ってくれました。


 婚約者はレーベ王太子、ロナルド・クロフォード殿下。

紳士的で優しいと評判は良いものの、上辺だけ。

2人きりになると途端に横暴になり、罵声を浴びせたり、暴力を振るってくるそうで。


 周りに相談しても誰も信じてくれず、仕方なく悪事を働き「婚約破棄」に持ち込もうとしたらしいのです。


 「しかし、一向に話が出ないので不思議に思っていたのですが……このようなことになっているなんて……」


 「な、なるほど……。同情いたしますわ」


 「申し訳ないです。私なんかのために……」


 彼女はますます俯きました。どう見ても芝居には見えません。

 怒りを訴えているどころではありませんでした。

 

 「情報がごちゃ混ぜになって、私の噂が貴女を、貴女の噂が私のことを指すことになってしまったのですね……」


 「は、はい……。なので、どうにかして世間の誤解を解かないといけません」


 なるほど。その考えには賛同します。

 ふと、閃きました。


 「なら、私達2人で、公の場で説明すれば良いのですわ!」


 アーピス様は驚いたように目を瞬かせました。


 「そ、そんなことができるのでしょうか……?」


 「できるかどうかは問題ではありませんわ。 やるんです。

貴女も、逃げるわけにはいかないでしょう?」


 私が少しだけ、意地悪く微笑むと、アーピス様も小さく頷きました。


 「……はい。私も、もう逃げません」


 その時、私はようやく理解しました。

アーピス様も、私と同じように婚約者に潰されそうになっているのだと。


 「アンスリア、一緒に計画を立てるわよ!」


 「はい、レイラ様!」


 私達は机を囲んで顔を寄せ合うと、会議を始めました。

世間に真実を届けるための、第一歩ですわ。



 アーピス様の情報によれば、5日後に舞踏会があるそうなのです。

そこにロナルド殿下も参加される、とのことなので、

それまでに証拠をかき集めなければなりません。 



 私とアンスリアは機会を逃さないために、表向きはメイドとして働くことになりました。


 とはいえ、待っているだけでは進展がありません。

アンスリアと私は買い出しと称して町に出ることにしました。

目当ては、殿下に関するうわさ話です。


 けれど――

 

 「ロナルド殿下? ああ、俺ら庶民にも分け隔てなく声をかけてくださるお方でな。立ち話に付き合ってくださったこともあるよ」


 「このあいだも、孤児院に寄付をしてくださったって話を聞いたよ。

ありがたいねぇ」


 まるで絵に描いたような“善き王子様”の像ばかりが語られていきます。


 (こんなに人当たりの良い方が、アーピス様のときだけ冷酷だったなんて……おかしい。どちらが本性なのかしら?)


 泣く泣く諦めるしかないのでしょうか。

 そんな時、ふいに人混みの中でアンスリアが立ち止まりました。


 「……ミレイユ?」


 振り返った女性は、見覚えのある柔らかな栗毛と、懐かしい笑顔を浮かべていました。


 「やっぱり、アンスリアじゃない! どうしてこんなところに?」


 ミレイユ――アンスリアの旧友であり、数年前まで一緒に働いていた仲間です。私のお世話もよくしてもらいましたわ。

 驚いたことに、今は王宮付きの侍女として仕えているとのこと。

出世しましたわね。


 状況を聞かれアンスリアが事情をぼかしながら話すと、ミレイユは眉を寄せた後ポツリと提案しました。


 「……なら、アンスリア、王宮に来ない? 臨時雇いとしてなら手配できると思う。中に入れれば、何か掴めるかもしれないわ」


 「でも、そんなに上手く行くの?」


 「私が何とかしてみせるわ! 私も怪しいとは思ってるのよ。

実際に見たことはないけど、他の気の弱い侍女を虐めてるって噂だし」 


 ボロが出てきていますわね。

やっぱりアーピス様に見せた顔が本性なのでは!?


 それにしても再会したばかりだと言うのに、この頼もしさ。

 私は思わずミレイユの手を握っていました。


 「本当に……助かります!」


 こうして、アンスリアは王宮に潜り込み、私はレイラ様の屋敷から手紙を通じて情報を受け取る役に回ることになったのです。



 それから3日後、アーピス様のお屋敷に1通の手紙が届きました。

てっきりアンスリアからかと思っていましたが、アーピス様宛。


 アーピス様は眉をひそめると、私を部屋に呼んでくれました。


 「レイラさんにも一緒に見てほしいんです」


 「わかりましたわ」


 私の返事を聞くとアーピス様は緊張した面持ちで封を切り、中身を机の上に広げました。


 そこには達筆な文字で一言。


 ――近々催される予定だった舞踏会は延期する――


 私達は思わず顔を見合わせました。

 アーピス様が肩を震わせながら口を開きます。


 「これはいったい……」


 「ロナルド殿下側に何か不都合なことがあったとしか思えませんわ」


 「そういえば、アンスリアさんからのお手紙はまだですよね……。

もしかして、彼女に何かあったのかしら? 

どうしましょう……私のせいで……」


 「まだ決まったわけではありませんわ。少し様子を見ましょう」




 その日の午後、また手紙が届きました。

宛名はアーピス様で、差出人は書かれていませんでした。


さっそく2人で部屋にこもり、手紙を開きます。


そこに書かれている、走り書きのような文字を見た私達は言葉を失ってしまいました。


 ――アンスリアが負傷してしまいました。

幸い、命に別状はありませんが、しばらく養生しなければなりません。

しかし、彼女のおかげで決定的な証拠を掴むことができました。

重鎮が集まって会議を開いています――


 差出人はミレイユだったようです。

しかし、アーピス様は顔を青くして言いました。


 「ああ、やっぱりアンスリアさんに無理をさせてしまったのね。

ごめんなさい、レイラさん!」


 おそらくアンスリアは、気の弱い風を装ってロナルド殿下に近づいたのでしょう。そして、負傷してしまった。


 「いいえ。あなたが謝ることではありませんわ。

私も胸が痛いですが、あの娘が独断で行ったこと。

 しかし……許せませんっ!」


 つい、怒りで声が大きくなってしまい、アーピス様がビクリと震え上がりました。


 「あら、ごめんなさい。驚かせるつもりはなくてよ」


 「え、ええ……」 


 「アンスリアの努力を無駄にするわけにはいきません。

この機に乗じて、行動を起こさないと」


 私の言葉を聞いて、アーピス様はスッと背筋を伸ばしました。


 数日前に初対面だったのに、随分顔つきが変わりましたわね。


 「そうですね。舞踏会が延期になってしまったので、

別の公の場の準備が必要ですね……。

もちろんレイラさんにも出席してもらいます」


 「私が!? 大丈夫ですの?」


 思わず尋ねると、アーピス様はしっかりと首を縦に振りました。


 「はい。レイラさんも一緒ではないと、ロナルド殿下の悪事が暴けませんもの。

 そうだっ。少し恥ずかしいですが、私から皆さんにお話があると集めてしまいましょう。ロナルド殿下を擁護するフリをして暴露します」


 「お、思ったより積極的ですわね……」


 先程までのオドオドはどこへいったのでしょう。

まるで今まで眠っていた虎が起きたような勢いですわ。


 「自分でも驚いています。今まで我慢してきたことを皆の前で言えるのが嬉しいのだと思います」


 きっと、アーピス様が受けてきた数多くの行為は短時間では語れないのね。


 「なら、ロナルド殿下もお呼びしたらいかがかしら?」


 「え? でも、来てくださるのでしょうか?」


 「ええ。なぜなら、舞踏会を延期しなければならないほどの事態。

そこへあなたが殿下を擁護したいから皆を集めて話す。聞いていてほしい、なんて手紙を送ったら来るに決まってますわ。

 殿下は無実を証明したがるでしょうからねぇ」


 アーピス様の顔がみるみる明るくなっていきました。

どれだけ酷い扱いを受けてきましたの、この方……。


 「賛成です! さっそくお手紙をしたためますね」


 「では、私はその間にスピーチを考えますわ。

始めの方は殿下を擁護する発言になりますが、よろしくて?」


 「はい。

後半の暴露のためなら我慢できます」


 アーピス様は迷いのない返事をしてくださいました。


 アンスリアのためにも、なんとしても成功させなければなりませんわ。




 そして3日後。


 いよいよ、発表の場となりました。

 会場はアーピス家の大広間。

声の賑やかさから判断して100人は居そうですわね。


 え? 私はどこに居るのかって?

 演台の内側ですわ! 狭苦しいですが、ここ以外に隠れられる場所がありませんもの!

 私がここにいるのを知っているのは、アーピス様とミレイユだけですわ。



 そこへ、ミレイユが準備をするフリをして小声で話しかけてきました。


 「レイラ様に2つご報告です。まず、ロナルド殿下はお見えになっております。、もう1つはセドリック・ヴァルシュタイン様がお見えになっております。

確か以前婚約されていた方ですよね?」


 「え、ええ。でも何故?」


 「彼とロナルド殿下はご友人らしいのです。

おそらく、聞いていてほしいと思ったのでしょう」


 「なるほど。有益な情報をありがとう」


 これは思ってもみない情報ですわね。

正直、元・婚約者の顔なんて見たくもありませんが、

これで私の噂がデマだったとわかるでしょう。

 もし復縁してほしいと迫られてもお断りします。

そもそも、私が何度「違う」と申し上げても耳を貸さなかった方ですもの。

今さら何を言われてもなびきませんわ


 ふと足音がして、アーピス様が演台に立たれました。

その瞬間、会場が水を打ったように静かになります。


 「皆様、本日はお多忙の中、お茶会にご参加頂き、真にありがとうございます。

 本日お集まり頂いたのは、他でもない、ロナルド殿下についてお話したいことがあるからです」


 一部がざわめきました。

おそらくロナルド殿下に視線を向けているのでしょう。


 「先日の舞踏会延期の件は記憶に新しいと思います。

巷では殿下が悪事を働いたのではないか、等という噂がありますが、

私はそうではないと考えています。

()()()、殿下を擁護するお話から始めます」


 そこでアーピス様は一度言葉を切りました。

会場はまだシンとしています。

 アーピス様は静かに息を吸い込むと、再び話し始めました。


 「殿下はとてもお優しい方です。

笑顔を絶やさず、庶民の声にも耳を傾け、国に危機が迫ったとなれば真っ先に先陣を切ってくださいます。

 私には、そんな殿下が悪事を働いたとは考えにくいのです」


 「その通りだ! レイラ! やはり君は私をよく理解してくれている!」


 嬉しそうな声が響き渡りました。


 ロナルド殿下のですわね。

 何とも頭の足りない声ですこと。

それにこの方も自分のことしか考えていないのですわね。

演説中に口を挟むなんて良い度胸ですわ。


 アーピス様は一瞬息を呑みましたが、すぐに平常を装って話を続けます。


 「ですが、私にその優しさを向けたことはありません」


 その一言で、場は騒然となりました。

皆明らかに困惑した声でザワザワと会話が交わされています。


 「な、何を言っているんだ、レイラ! 私がそんなことをするはずがないだろう!」


 「いいえ。

ですので、次にお話するのは私が殿下から受けた扱いについてです」 


 「ま、待って欲しい! レイラ! これは私の擁護のための場だろう?」


 「表向きはそうです。

ですが先程も申し上げた通り、私は優しさを向けられたことはありません。

むしろ、罵声を浴びせられ、暴力を振るわれていました。

2人きりの時だけでしたので、皆様は存じ上げないでしょうけれど」


 「で、殿下、本当なのですか? 陰で婚約者にそんなことを——」


 参加者の1人から訝しげな声で質問が飛びました。


 「いいや、違う! レイラの言っていることはデタラメだ!

そもそも証拠もないのに適当に言われては困る!」


 殿下の声が明らかに焦っています。

これでは自白したも同然ですわね。



 「証拠ならあります」


 アーピス様の返事に、再び場が静まり返りました。


 「え?」


 「まず、私の手首の痣です。

これは殿下から壁に叩きつけられた時にできたものです」


 「私はやっていない! レイラが勝手に転んだから引き上げた勢いでできただけだ!」


 「その私が転んだのも、殿下が足を引っかけたからですよね?」


 「違う! 城の庭でレイラが石に躓いたんだ! 

私はそれを引き上げて——」


 「石ではなく、あれは間違いなく殿下の足でした。

城の庭に転ぶような石が放置してあるとも思えません」


 アーピス様の静かな発言に各々から声が上がっています。


 「確かに。広場ならまだしも、お城の庭にそんな石があるなんて……」


 「じゃあアーピス様のお話は本当? ロナルド殿下が嘘をついているの?」


 「これらは証拠ではない! レイラが私を陥れようとしているだけだ!」


 殿下の余裕のない声に、会場が少しだけ静かになりました。

すると、落ち着いた低い声が響き渡ります。


 「仮にアーピス嬢がお前を陥れようとしていたとしよう。

その理由は何だ?」


 「そ、それはもちろん我がクロフォード家の乗っ取りで……」


 「乗っ取る?」


 「そうです! レイラはこの国を手中に収めたいのだと……」


 あら? 殿下がますます押されてますわね。

言葉遣いからして父親——国王様かしら?

殿下にここまで強く言える方なんて限られてますもの。



 「そうなのかね? アーピス嬢?」


 「いいえ。そのようなこと、全くございません。

むしろ、私は婚約を解消したくて悪事を働いてしまいました」


 「ふむ……」


 国王様らしき声が響きます。

その間にも貴族達はボソボソと話していました。


 「でもアーピス嬢の噂は良いものばかりでしたわ。

孤児院に寄付をされたとか」


 「そうそう。服が乱れるのも構わず、ケガ人を助けたとか」


 それ、私の噂ですわね……。

やっぱり入れ替わっていますわ


 「皆様のおっしゃる通りです。

 しかし、ワザと悪事働いていたのに聞くのは良い噂ばかり。

私は知らず知らずの内に、全く関係のない方に迷惑をかけてしまいました。

そう。少し離れた国に、私と同名の方がいらっしゃったのです」


 「だ、だから何だと——」


 「ロナルド、お前は少し口を閉じろ」


 国王様にピシャリと言われて、場が静かになりました。


 「それで、アーピス嬢。何故そのことがわかったのかね?」


 「その方が直接私に教えてくださったからです。

そして——今、ここにいらっしゃいます!」



 ふふ、まだ場が騒がしくなりましたわ。

浮き沈みの激しい場ですが、出番ですわね!


 私は素早く演台の内側から飛び出して、アーピス様の隣に立ちました。


 皆様、ポカンと口を開けたままですわね。

予想通りですわ。



 「ただいまご紹介に預かりました。

私、デヴェル国のレイラ・アドリールと申します」


 「た、確かに同名だ……」


 ポツリと漏らした貴族の声に頷きます。

 

 「はい。

そのせいで何故か私達2人の噂が入れ替わってしまい、私は悪い噂、アーピス嬢は良い噂が流れるようになってしまいました。

 しかし、私がここにいるのは咎めに来たわけではありません。

噂が入れ替わっていたことを皆様に知ってほしいからです」


 「では、確認だが、アドリール嬢とアーピス嬢の噂が入れ替わって各地に届いてしまっていたと?」


 「はい。その通りですわ。

私からはその事実をお伝えしたかっただけです。

 このような場をお借りして大変恐縮なのですが……」


 「いや、その話も必要だっただろう。

そもそもお互いの噂が入れ替わらなければ——我が子の悪行に気がつけなかったのだからな!」


 国王様はギロリと殿下を睨みつけました。

殿下は顔を真っ青にして全身を震わせています。

もう言い返す気力も残っていないようです。


 するとアーピス様は全体を見回して、ゆっくりと口を開きました。


 「私達からのお話は以上です。

何か質問のある方はいらっしゃいますか?」


 アーピス様の言葉に皆困ったように顔を見合わせています。

それもそのはず、「ロナルド殿下の擁護の演説」のつもりで来たのですから、まさかこのような結末になるとは思ってもみなかったでしょう。


 国王様の手がまっすぐ上がりました。


 「国王様……」


 「質問、と言うよりは補足だ。

 まずは、この場で息子の悪行を公にしてくれたこと、礼を言う。

ここにいる皆が証人だからな。逃げ場はないぞ!」


 再びロナルド殿下を睨みつけ、それから再び全体を見ました。

 

 「様々な真実が明らかになり、皆、困惑しているだろう。

どうか私に免じて、今回は終了とさせて頂けないだろうか?」

 

 国王様は深々と頭を下げました。

 私達も含めて皆、呆気に取られています。

まさか国王様がこんなことをされるなんて考えもしませんでしたもの。


 「承知致しました、国王陛下。

では、これをもちまして、アーピス家主催の茶会を終了とさせて頂きます。

ご多忙の中お越し頂き、真に感謝申し上げます」


 アーピス様が話し終えると、どこからか拍手が上がり、またたく間に会場全体に広がりました。




 私はその間に演台を降り、先にアーピス邸に戻ることにします。

まだまだ話すことがたくさんありますもの。


しかし1つの影が立ち塞がりました。

元・婚約者のセドリック・ヴァルシュタインです。

 彼はどこか興奮した様子で私を見つめています。



 心底、気持ち悪い。



 「レイラ! 私は大変な誤解をしていたよ! 本当にすまなかった!

それで……図々しいのは承知の上だが、どうか私と——」


 「丁重にお断り致しますわ」


 「へ?」


 「私は何度も「違う」と申し上げました。

しかし、あなたは全く信じてくれませんでした。

今さら「間違いだった! 復縁してくれ!」ですって!?

そんな都合のいい話があると思って!?」


 「そ、それは本当に——」 


 相手の顔が引きつっています。

ですが、そんなことはもうどうでも良いです。


 「あなたが何を言おうとも、私の気持ちは変わりませんわ!

ごきげんよう!」


 私は早口で言うと会場を後にしました。

何か叫んでいるような声が聞こえましたが、そんなの知りませんわ。




 全てが終わりました。


 アンスリアも歩けるようになり、包帯を巻いた痛々しい姿ではありますが、私の隣に立ってくれています。


 


 アーピス邸の玄関で私とアーピス様は向き合っていました。


 「レイラ様、この度は本当にありがとうございました。

おかげで婚約解消に持ち込むことができました」


 「お役に立てて何よりですわ。

それに、そんなひどいことをする方を野放しになんてできませんもの」


 「ですが、私の噂のせいでレイラ様の婚約を白紙にしてしまったこと、

なんとお詫びをしたら良いのやら……」


 「ああ、そのことなら気にしていませんわ」


 「え?」


 アーピス様が目を見開きます。

私はそのまま話を続けました。


 「確かに、当初は腹が立って仕方がありませんでした。

ですが、元・婚約者が噂を真に受ける方だとわかりましたので。

そんな方とは添い遂げたくありませんもの」

 

 「そ、そうですか……」


 「ですので、どうか気に病まないでください」 


 「ありがとうございます……。

 ()()()()()様、またいつかどこかでお会いしましょうね」


 「ええ。その時は"事実の噂"でね」


 お互いに笑顔で手を振って別れました。

アーピス様は芯のお強い方なので、きっと大丈夫でしょう。



 私もまた婚約者探しにはなりますが、今度はしっかり見極めなければいけませんわね。


 私の言葉を信じてくれる方を——

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― 新着の感想 ―
国に帰れば隣国の噂を自国と勘違いして婚約破棄してしまった愚かな令息の噂が流れて名誉は回復されるかも知れませんね。 慰謝料がっぽり請求してやりましょう。 それと、家族には先ずは土下座ですね。
家族まで信じたりしていたのは何事なんでしょうか・・・ あくまで噂なら物理的に不可能だったり齟齬が出てきそうなもんですけど
帰った先の家族がどんな顔で出迎えるのか?知りたいですね~( ̄▽ ̄)
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