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妖怪ホイホイ

「堀田先輩、いい加減機嫌直してくださいよ。気付かなかったのは謝りますから」

「そうだぞ堀田。いつまでも不貞腐れていては本当に子供みたいに見えるぞ。ほら、飴をやろう」

「どっちにしろ子供扱いしてないか? まぁ飴はもらうけど」


 ベランダに現れた人影は堀田正義だった。アパートを飛び出したはいいものの、戻って来たときにオートロックを開けることができなかったため、ベランダ側へ回って来たらしい。

 何度も窓を叩いたのに誰も気づかなかったため、無視されたと拗ねているようだ。


「わかるかい? みんなが部屋の中で談笑している中、一人だけ外に閉め出された僕の気持が」

「勝手に出て行ったのは貴君だろうに。ほら、飴をもう一個やろう」

「僕はそんなんじゃ誤魔化されないぞ。飴はもらうけど」


 口は強情を気取っているものの、二個目の飴を口に入れたときに堀田の表情が緩んだのを佐野は見逃さなかった。堀田は昔から甘味に弱いのだ。

 佐野は堀田を手なづける為に常に三百円分の菓子を携帯するようにしている。


「それで、奴は見つかったのか?」

「うん、捕まえてもう来ないように約束させた」

「妙に手際がいいな。 信用できるのか?」

「うん、友達に手伝ってもらったから。まず大丈夫だと思うよ」


 カロン、コロンと堀田の口からリズミカルな飴を転がす音がした。どうやら機嫌を直したらしく、少年のような笑顔を浮かべている。

 日下が熱烈な目で堀田を見つめながら口を手で覆っているが、その理由はきっと誰もわからないだろう。


「日下さん。とりあえずさっきの妖怪は祓えたけど、今後怪異の再発を防ぐために明日もう一度部室に来てくれるかな? 渡しておくものがあるんだ」

「わかりました。堀田先輩の家に行けばいいんですね?」

「部室だっつてんだろ。何で君はそんなに息が荒いんだ」


 ふへへ、と日下は声を漏らした。堀田が戻って来たことによって緊張の糸が切れたのか、その口調は先ほどまでと比べて幾分か明るい。


「用も済んだ訳だし、そろそろ帰ろうか」

「え?」


 しかし、堀田がおもむろに立ち上がって言った一言により、日下の声のトーンは幾分か下がることになる。


「帰っちゃうんですか? 私を一人残して? 正気ですか?」


 日下が必死の形相で堀田の服の裾を掴む。まだ一人になるのは恐ろしいのだろう。堀田はその様子を見て少し悩んだようだったが、やがて時代劇の一幕のようなそぶりで彼女の腕を振り払い、ニヤリと笑った。


「悪いが僕らはこれから大人の時間を過ごさないとならないのでね。いつまでも君のようなお子様の相手はしてられないんだよ。」

「なっ、子供のくせに、子供のくせに……」

「はっ、なんとでも言うがいいさ」

「おい、堀田……」

「佐野は黙っててくれ。そうだな。どうしてもというのなら、今日のところは空子さんに泊まってもらうといい。女性同士だし、丁度いいだろう」

「そりゃ私はいいですけど、空子さんの都合があるでしょう」

「私は構いませんよ。征十郎様が許可すれば、ですが」


 女性二人の眼が、長身の男を射抜いた。問いかけるような視線と、訴えるような視線。男の視線はその間をメトロノームの如く右往左往したが、やがて決心したのだろうか、一方で停止した。


「空子、すまないが今日のところは彼女と一緒にいてやってくれないか?」


 空子は眼を細めてしばらく佐野を見つめていたが、最後には小さくため息をついて「わかりました」と言った。佐野は小さく頷くと、堀田と連れ立って部屋を出た。


「よかったのかい? 彼女は君と一緒に帰りたかったようだけど?」


 帰りの夜道、堀田は独り言を呟くかのようにして佐野に問うた。未だ飴を舐めきっていないらしく、口からは飴玉を転がす音が聞こえる。


「貴君が言うのか。空子をあそこに留まらせたがっていたのは貴君だろうに」

「あれ、そうだったかな」


 堀田のおどけた声に佐野が顔をしかめた。空子に泊っていけと言ったのは佐野であるが、それは堀田に何らかの意図があると思っての発言である。空子は一度へそを曲げると非常に面倒くさいのだ。できることなら機嫌を損ねるような行動は避けたい。

 不意に佐野の前を歩いていた小さな影が立ち止った。月明かりに照らされた顔はクリスマスプレゼントを見つけた少年のような笑みを浮かべている。


「冗談だよ、本当は話したいことがあったのさ。二人きりでね」

「気色の悪い言い回しをするな。つまらない内容だったら空子の機嫌を直すのを手伝ってもらうぞ」

「それは君の仕事だろう、旦那様。話というのはだね、日下さんを我が部の常駐部員にしたいんだ」

「それはまた、何故だ」


 一寸、辺りが暗幕に覆われた。どうやら月が雲に遮られたらしい。頼りない街灯の明かりだけが唯一の光源となる。堀田の表情は伺い知れない。


「彼女は、極上の餌だ」


 そう言い放った堀田の声はどこか狂気じみていた。


「いや、正直驚いたよ。まさか本当にあんな存在がいるだなんてさ。彼女は境界そのものだ。今まで怪異に遭ったことがないというのが信じられない」

「堀田、貴君は一体何を言っているのだ」

「彼女は、妖怪を呼び寄せるんだよ。そこにいるだけでね」

 

 月明かりが再び射しこんだ。笑っていたはずの堀田はいつのまにかその表情を失くしており、無機質な視線だけが佐野を見つめていた。


「ここまで言えばわかるだろう? 彼女が我が部にどのような利益をもたらすか」

「待て、貴君は何故そう思うのだ?」

「なんとなくさ。でも彼女がそういった力を持っているのは間違いないよ」

「仮に彼女がそういう力を持っているとして、貴君は彼女を餌に使うつもりなのか? さすがにそれは看過できんぞ」

「どうしてだい? 例え日下さんが入部しなくても妖怪は彼女の前に現れるんだよ? だったら僕達が近くにいた方がいいんじゃないかな?」


 詭弁だ、と佐野は思った。日下を守ることに異論はないが、それは彼女を餌にしていい理由にはならない。だが、いずれにせよ彼女を守るためには眼の届くところに置いていた方がいいのは事実だ。

 佐野の葛藤を見透かしているのか、堀田は小さく笑い声を漏らした。


「わかった。彼女に入部してもらおう。ただし説得は貴君がやれよ」

「え、手伝ってくれないの?」

「私は正直あまり乗り気ではない。だから貴君一人でやれ」

「無責任な副部長だなぁ。わかったよ」


 堀田はわざとらしく舌打ちをすると、佐野から顔を背けて再び歩き始めた。佐野もその後ろを大きな影をひきずって歩き始める。

 二人は岐路での別れの言葉まで、口を開くことはなかった。


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