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拝啓、荒くれ者のお姉様。〜婚約破棄された妹は帝国で花開く〜

作者: 織子
掲載日:2026/02/28


「アリ。自分に正直になることは悪いことではない」


そうは言っても、お姉様。私はお姉様のように強くはありません。



❋❋❋❋❋


ここはフレジア王国、国立アカデミー。国内外から貴族の令息令嬢達が通う学園だ。学園には経営科、騎士科、淑女教育科、魔術科がある。家督を継ぐ令息達は経営科。家督を継がない次男以下の令息達が騎士科。魔力を持ち、魔術家系の令息達が魔術科。令嬢達はほとんどが淑女教育科に通っていた。

アリーシア・ノイマンも伯爵家の令嬢として例外ではなく、淑女教育科に属している。



「アリーシア」 


馴染みのある声に呼ばれて振り向くと、クリーム色の髪がふわりと風に揺れた。


「グレイ。どうしたの?」

藍色のローブを着た青年はグレイグ・リュシフェール。青みがかった灰色の前髪を、邪魔になるほど伸ばして分けている。左目の目尻に火傷の跡が薄っすらと覗く、アリーシアの数少ない友人だ。


「どうだった?君の婚約者の返事は。もう明日だぞ」


グレイの問いに、良い返事を貰えなかった私は困ったように笑った。


「はっ!まさか祝賀パーティーまでキャベンディッシュ嬢と行くつもりじゃないよな?」

「そのまさかよ。グレイ」

「正気か?学園のパーティーとはいえ、王族も招待されているというのに、婚約者以外の女性と行くなんて」

自分の代わりに怒ってくれる友人に感謝する。

「でも····仕方ないわ」


社交界では、公式な場で婚約者以外の女性を伴って登場すれば、批判の的になる。アカデミーとはいえ、それは変わらない。だが、婚約者に問題がある場合に限っては、その限りではなかった。


アリーシア・ノイマンはアカデミーでは有名だ。というか、その姉が有名だった。アリーシアの姉、ユリアーナ・ノイマン。ユリアーナは伯爵家の令嬢にはあるまじく、とにかく破天荒だった。家族の反対を押し切り、アカデミーには騎士科で入学し、高位貴族の令息達を押しのけ、騎士科で首席を取った。学園生活でも名のある家門の令息に決闘を仕掛け、相手の足を折るなど、その問題行動は数え切れない。

アカデミー卒業後は帝国軍に従軍すると言い、単身隣国へ移った。その後の彼女を知る者は少ない。


つまり、アリーシアの姉は荒くれ者として有名だった。故に、アリーシアは荒くれ者の妹として好奇の目に晒されている。


「まぁ良い。アリーシアには悪いが、その方が僕も誘いやすい。アリーシア、祝賀パーティーには僕にエスコートさせて貰えないか?」

「えっ」

ぎょっとして思わず立ち止まる。


「で、でもグレイ、私はありがたいけど···」

男性はともかく、女性は1人で参加すると目立つのだ。

「貴方の家族も来るのではないの?私の評判が迷惑をかけそうで悪いわ」


「どうかな?一応手紙は送ってるけど、遠いからな」

グレイは隣国の留学生だ。


「う、うーん」

アリーシアが返事に迷っていると、グレイがアリーシアの手をとった。


「僕はアリーシアをエスコートしたいんだ。頼むよ。知ってるだろ?僕に女性の友人なんていないこと」

真剣な蒼色の眼を見て、アリーシアは頷いた。


「良かった」

グレイは優しく微笑む。長い前髪から覗く蒼色の眼を、アリーシアはいつも綺麗だと思っている。グレイに女性の友人がいない事は知っているが、彼のパートナーになりたいと思う女生徒は多いだろう。


「変に注目されちゃうけど、いいのね?」

アリーシアが念を押すと、グレイはニヤリと笑って左目の火傷跡を指でトントンと示した。


「はは。好奇の目には慣れてるからね」


そうは言っても、グレイが人の目を引きつけるのは火傷のせいだけではない。むしろ火傷跡がありながら、グレイは女生徒に人気だった。すらりとした長身と、魔法科の学生にしては珍しく鍛えられた体躯。整った顔立ちと涼しい目元。


「アリーシアは?誰か来る?」

「お姉様に手紙は出したけれど、届いたかどうか·····」


ユリアーナとは手紙のやり取りをしている。している――が、返事が届くことは稀だ。手紙が届かず戻って来る事もある。


「あまり期待をしない方がいいと言うことか。伯爵家の人達は?」

「あの人達は多分来ないわ」


父が来ない事は悲しいことでもないので、淡々と答える。アリーシアの家族、ノイマン伯爵家には冷遇されているからだ。幼い頃は辛かったが、アカデミーに入ってからは関わる事も減り、気にしないようにした。しかしアカデミー卒業後、アリーシアはノイマン伯爵家に戻らなければならない。


(すぐに結婚して家を出れると思っていたけど、これでは婚約継続も怪しいわね)


「――はぁ」

ため息も出る。

「何だ?婚約者の事か?あっちが先に別の令嬢と出ると決めたのだから、こちらが責められる謂れはないはずだ」

グレイが心配そうに覗き込む。


「ああ、違うのよ。彼は私が誰と出席しても気にしないはずだわ。会場も広そうだし、会うこともないかも」

「まぁ、そうだな。第二王子の側から離れないだろうし」


アリーシアの婚約者、アーサー・グレアム侯爵令息。アカデミー在学中のフレジア王国第二王子の側近候補として、いつも近くに侍っている。


第二王子も女性にだらしなく、婚約者以外の女性を共にしている。類は友を呼ぶ。だからアーサーが選ばれたのかもしれない。


「ドレスは用意してあるのか?」

「うん。入学式の時のがまだ着れるから····」

「いや、絶対小さいだろう。僕が準備しているものがあるから、後で部屋に届けさせる」

「えっそれはさすがに悪いわ」


「アリーシアが着ないと、タンスの肥やしになってしまう。着てくれると嬉しいんだが···」

しょんぼり言うグレイに、アリーシアは觀念した。 

「着るわ···ありがとう」

しょんぼりしていたグレイの肩が揺れている。

「ふっ。はは。アリーシア、その押しに弱いところ、治した方がいいぞ。つけ込まれる」

「なっ!」

からかう本人に言われたくはない。アリーシアはぷいっとそっぽを向いた。

「ふん」


笑いが収まると、グレイはまた下手に出た声を出す。

「ごめん、ごめん。これをあげるから、許してくれ」


視線だけグレイの手元に移すと、魔導書が見えた。

「わぁっ!いいの?」 


「ああ。僕はもう読み終わったから」

ころりと変わった態度に、グレイの口元はまたニヤけ

ている。気に食わないが、魔導書が優先だ。


「ありがとう。許しましょう」

貰った魔導書を抱きしめ、アリーシアは言った。


グレイは先ほどの誂う笑みとは違い、優しく微笑んでいる。


「本当に来ないのか?卒業後」

アリーシアの視線は下に向く。

「うん。行けないわ。婚約もあるし···」


「破棄すればいいのに」

「ふふ」

「いや冗談じゃなく」


そう出来たらどんなにいいか。伯爵家から侯爵家との婚約を破棄には出来ない。婚約破棄したとて、アリーシアは望む場所には行けない。だからどちらでも良かった。



 ❋❋❋❋❋❋❋


「ん?荒くれ者の妹じゃないか。お前、グレアム子息からパートナーを断られたみたいだな」

アカデミーの寮に着くなり罵声が飛んできた。


「当たり前よ。第二王子殿下の側近になるんだもの。荒くれの妹と出席するはずがないわ」

「俺だってごめんだ。俺なら婚約を破棄するね」

「姉みたいに、お前も女のくせに剣を持つんじゃないのか?」


寮の私室は談話室を通らないといけない。いつも談話室は人で溢れており、アリーシアは周りを無視して私室に繋がる階段を目指す。


(魔術科の寮は別棟で良かったわ)

魔術科は試験や個々の研究の為に別棟にあった。談話室などはなく、生徒同士の交流も少ないと言っていた。


「もしかして、よく一緒にいるあの傷のある人と出るのかしら?」

「聞いた事があるわ!傷モノ留学生ね」

「変わり者同士お似合いよね」


いつもは無視しているが、足を止めてしまった。


「グレイは帝国からの留学生よ。属国であるフレジアが、帝国の貴族を軽んじた発言をするなんて。淑女が聞いて呆れるわ」

アリーシアは低い声で言った。


「な、何よえらそうにっ!」

バチッ!


頬に痛みが走った。アリーシアは目に怒りを込めて叩いた令嬢を見据えた。

アリーシアの無言の圧に気圧されたのか、令嬢たちは「行きましょう」と言って去っていった。


アリーシアは向きを変え階段を登る。


「まぁ。見ました?生意気な目つき」

「野蛮だわ」


(どうして叩かれた側が野蛮になるのかしら)

アリーシアはもう足を止めずに自室に戻った。


(この生活も、もう少しで終わり)

卒業祝賀パーティーが終わると、卒業の手続きの為に数日来て終わりだ。

でも、伯爵家に戻ると思えば卒業も嬉しいこととは思えない。


「お姉様、どうしているのかしら」

最後に返事が来たのは1年以上前だ。


アカデミーに入学して5年間。淑女らしからぬ姉の残した軌跡により、入学して半年後には大半の生徒から陰口を言われるようになった。

 

たくさん傷付いたし、時には姉を恨んだりしたけど、やっぱりアリーシアはユリアーナが好きだった。


「羨ましい···」

ぽつりと本音を呟く。


姉のように、思うままに自分の人生を生きれたら。

アリーシアにも望む物がなければ、何も感じなかったかもしれない。けれどそうではないのだ。アリーシアも望むものがあった。


アリーシアは魔術が好きだった。ともすれば姉の剣術好きと張り合うほど。


本当は魔塔へ行って魔術を極めたい。


グレイと仲良くなったきっかけも魔術だ。アリーシアがアカデミーの隅で、見様見真似で魔術を試していると、たまたまグレイと出会った。それから時々、魔術を教えてもらい仲良くなった。


しかしフレジアの魔塔には女性はいない。


籍から外してはいないものの、従軍した時点でユリアーナをいないものとしている父が、そんな事を許すはずがなかった。


(私には姉様のように身一つで出ていく勇気がないわ···)

ため息と共に、ベッドに突っ伏した。


コンコン。

窓から聞こえた音に顔を上げる。

薄い空色の鳥が、大きな箱を下げて窓を叩いている。


「なに?」

慌てて起き上がり窓を開けると、水色の鳥は荷物を置いてキラキラと光の粒になって消えた。


「グレイからだ」

グレイの魔術は繊細で高度だ。


「綺麗···」

魔術も綺麗だったが、入っていたドレスも綺麗だった。銀糸の刺繍が施された蒼色のドレス。1人で着れる様、ファスナーがサイドに付いている。


「で、出来る男だわ」

有能さに呆れながらも、しばらくドレスを眺めていた。




 ❉❉❉❉❉


朝、アリーシアは後悔した。


平手打ちを食らったのは初めてではない。避けようと思えば避けれたのだが、更に揉めそうだったからあえて受けた。パーティーの前日に食らうものではなかった。頬が見事に赤く腫れている。


「はぁ。ごまかせるかしら」

最低限の化粧道具は持っているので、アリーシアは腫れてない方だけ紅を乗せ、ドレスを着て部屋を出た。



談話室は人が疎らになっていた。もうほとんどの生徒は会場に行っているのだろう。アリーシアも急いで寮を出た。


会場のホールへ続く渡り廊下に、見慣れた青みがかった銀髪が見えた。アリーシアは声をかけようとしたが、躊躇した。 


(え····グレイ、よね?)


グレイは漆黒のフロックコートを身に纏い、腕を組んで立っていた。いつも顔にかかっている銀糸の髪は丁寧に撫でつけられ、額が露わになっている。火傷の跡が薄紅色に薄っすらと見え、ミステリアスな色気を放っていた。


遠巻きにいる女生徒たちがヒソヒソと囁いている。見惚れた様な表情を見ると、いつものような陰口ではなさそうだ。


アリーシアもしばらく見惚れていると、蒼色の瞳がアリーシアを捉えた。


「アリーシア。何故突っ立ってるんだ?」

歩く仕草すら洗練されている。アリーシアは思わず後ずさりしそうになり、なんとか留まった。


「今日はすごく雰囲気が違うのね」

格好良いと言いたかったのに、違う言葉がでてしまった。


「ふふ。そうだろ?」

満足そうにニヤリと微笑い、グレイはアリーシアをわざとらしく眺める。

「ふむ」

(ふむ?)

顔が火照り始めた。アリーシアは堪らず聞いた。

「ど、どうかな?」

グレイの涼しい目元がふわりと微笑う。顔が良く見えるので、アリーシアは直視出来ない。


「綺麗だよ。やっぱり似合ってる」

「あ、ありがとう」

アリーシアの顔がどんどん赤くなる。

「ん?これどうした?」

下を向いていたアリーシアの顔を掴み、ぐいっと上を向かされた。グレイの顔が触れるほど近くにあり、アリーシアは慌てて言った。


「グレイ、近い!」

「あ、すまない」


すぐに離されたものの、アリーシアの鼓動は収まらない。

「ちょっと触れるぞ。眩しいから目を閉じててくれ」

グレイは白手袋を外し、右手をアリーシアの頬に添えた。

柔らかい白い光が頬を包む。


「もういいよ。治した」

「ありがとう」

「うん。誰がやった?」

冷えた蒼い瞳には怒りが見えた。

「えっと····あ!もう始まるよ。早くホールに入ろう」

アリーシアはわざとらしく会話を切り、入り口に向かう。

グレイは小さくため息を吐き、白手袋を嵌め直した。

「待て。僕にエスコートさせてくれるんだろ?」


アリーシアはグレイが差し出した手をとった。

「グレイ。今日は王子様みたいだわ」

「この国の王子を知っているから、それは褒め言葉にはならないぞ」


2人は微笑いながらホールに入った。





 ❉❉❉❉❉



会場は生徒とその家族で賑わっていた。二階の貴賓席には王族の姿が見える。


(良かった。アーサーは二階から降りて来ないだろうし、会わなくてすみそうだわ)

アリーシアとグレイは奥まで行き、食べ物を物色する。


「待ってろ。適当に食べ物見繕ってくるから」

端のテーブルを陣取り、アリーシアを座らせてグレイは言った。

アリーシアはグレイの背に向かって叫ぶ。

「グレイ!デザートも」

グレイは「了解」の代わりに片手を上げた。


少し会場を見渡す。期待はあまりしていないが、やはり待ち人はいない。

(お姉様は来てなさそう。そういえばグレイのご家族は来れたのかしら?グレイの髪色と似てるかな?)


フレジアでは銀髪は珍しい。会場を見渡しても、銀髪はグレイだけだ。


グレイはと言うと、なんと女生徒に囲まれていた。話かけられているようだが、迷惑そうな目でチラリと見て、皿に料理を乗せ続けている。


(グレイは帝国の高位貴族なのではないかしら?)

元々仕草に気品があった。正装すれば尚の事際立つ。



「アリーシア。来ていたのか」

アリーシアは驚いて振り返った。声の主はアーサー・グレアム。会いたくない我が婚約者だ。しかも隣にアーサーの腕にしがみつくキャベンディッシュ嬢と共に。


無視する訳にもいかず、アリーシアは立ち上がった。

「アーサー様、お久しぶりです。何かご用でしょうか?」


アーサーは眉間に皺を寄せてアリーシアを見た。

「パートナーを断ったから来ないと思ったよ。1人で来たのか?姉君に倣い図太いのだな」


アリーシアは答えない。代わりの様にキャベンディッシュ嬢が口を開く。

「アーサー。そんなこと言わないであげて。アリーシア嬢が可哀想だわ」


ふん、と鼻を鳴らしてアーサーは言った。

「まあいい。少し二階席へ来てくれ。話がある」


(どうしたものかしら)

良い話でない事は明らかだ。二階席は高位貴族の席だ。第二王子殿下も居るに違いない。周りから何を言われるか分からない。


「お話でしたら、後日伺ってはいけませんか?私が高位貴族の方々の席へ行くのは憚られます」


「勘違いするな。何も席に座れと言っている訳じゃない。良いから来い」

腕を掴まれ、強引に連れて行かれる。


(何が目的なの?)

掴まれた力の強さに途端に不安になった。


「うわっ?!」

バチッと静電気の様なものを腕に感じた。アリーシアに痛みはなかったが、アーサーは手を離して顔を歪めている。


「お待ちくださいグレアム令息。私のパートナーを連れて行かれては困ります」

ふわりと肩に手が置かれた。グレイの声に安堵の息が漏れる。


アーサーはグレイを見て睨んだ。

「誰だ?」

アーサーはグレイを知っている。アリーシアと2人でいる時、何度難癖付けられた事か。にも関わらず分からないようだ。


火傷跡を見て、アーサーは侮蔑の表情を浮かべた。

「お前、魔法科の···。まだアリーシアとつるんでいるのか。パートナーだって?」


グレイはにこやかに言った。

「ええ。グレアム令息がアリーシア嬢をエスコート出来ないと言うことでしたので、私が名乗り出ました」


自身が婚約者ではない女生徒を連れているので、アーサーはパートナーについてはそれ以上言わなかった。じろりとグレイを睨み、蔑むように口を開く。 


「ふん。傷モノ留学生と、荒くれ者の妹とは。なんとも似合いの二人じゃないか。やはりアリーシア。お前は次期侯爵夫人にふさわしくない。二階席で宣言しようと思ったが、ここで言おう。お前との婚約は破棄する」

声高々にアーサーが言うと、周りの生徒たちがざわめいた。


アーサーは尚も睨んでいる。だが口は口角が上がり、何かを期待しているようだ。アリーシアが泣いて縋ることを。


(婚約···破棄?)

願ってもいない事だ。アリーシアとグレイは顔を見合わせる。


喜びを出さないように注意して、アリーシアは言った。


「婚約破棄、謹んで承ります」


期待はずれの反応に、アーサーは更に顔をゆがませる。

「何だ?あっさりと承諾するな」


グレイに至っては喜びが隠しきれておらず、むしろ前面に出ている。微笑んでいるではないか。グレイの艶のある笑みに、キャベンディッシュ嬢が目を奪われているようだ。アーサーは声を張った。


「破棄したとて、そこの傷モノと一緒になろうなどと思うなよ?フレジアの貴族の名折れだ!」


(何を言うのよ?)

アリーシアはアーサーの言葉に怪訝な眼を向ける。アーサーは更に言った。


「帝国からの留学生とは言うが、知れている。その傷だ。生家に捨てられたも同然なのだろう。どうせ今日も家族など来ていないのだろう?」


アリーシアの中でプツリと糸が切れた。我慢の糸だ。


バチバチと拳に雷が宿る。

「言い過ぎです。アーサー様。それ以上のグレイへの侮辱は我慢できません」


アリーシアが手を翳すと、雷と共に魔法陣が浮かんだ。

「なっ?魔術?アリーシア!やはり貴様、この傷モノと魔術を研究していたな?なんて貴族令嬢にあるまじき行いだ!ますます侯爵夫人にふさわしくない!」


浮かびあがった魔法陣に光が灯る。動揺するアーサーは叫び続けている。

「お前も荒くれ者の姉と同じだ!この野蛮人め!だれか!こいつを抑えろ!」


グレイが後ろからアリーシアの手をふわりと包んだ。

「落ち着いてアリーシア。彼の後ろに第二王子が来ている。殿下に当たると流石にまずい」

アリーシアは頭に血がのぼって判断出来ない。

「ううう。グレイは悔しくないの?!」

「悔しいけど、アリーシアが代わりに怒ってくれたから」

その言葉を聞いてアリーシアは手を降ろした。右手に宿った雷も消えた。

アリーシアも、いつも自分の代わりに怒るグレイに救われていた。グレイもそうなのか。



「相変わらず、ここは居心地が悪いな」


よく通る声が響いた。会場にいた誰もが振り返り、その姿に驚く。象牙色のパンツスーツを身に纏い、ヒールの音を響かせてまっすぐこちらに歩いて来る。


「お、お姉様?」

アリーシアも目を見張った。


「な、なに?あれが噂の荒くれ者か?道理で···!淑女のくせにスーツでパーティーに来るなど···」

アーサーは暴言を言いつつも気圧されている。


光沢のある象牙色のスーツは彼女が動くたび艷やかに光り、細身の体躯を美しく引き立てる。腰のくびれがさりげなく強調され、女性らしさを際立たっていた。背筋を伸ばして立つその姿は、どの令嬢たちより美しかった。


「荒くれ者ね、懐かしいな。それで君は?誰なんだ」

凛とした態度を崩さないユリアーナに、アーサーはぱくぱくと口を開く。

「わ、私は侯爵家の···」

「いや、やはりいい。興味がそれた」

ユリアーナはふいっと向きを変え、アリーシアを見た。アーサーがわなわなと震えているが全く気にしていない。


「アリ!久しぶりだな。卒業おめでとう」

ガバッと腕の中に抱きすくめられる。複雑なアリーシアは腕を解こうとしたが、ユリアーナの温かさに涙腺か緩む。

「ううっ、お姉様。今までどこにいたのですか···」

さすがのユリアーナも、妹の涙には狼狽える。

「な、泣いてるのか?いや、すまない。私のせいでアカデミーでは苦労したよな」

アリーシアは腕の中で驚いた。送っていた手紙にはアカデミーでの現状は書かなかったので、ユリアーナが気にしていると思わなかったのだ。


「殿下、あそこです!」

唐突にアーサーの声が聞こえた。

「へえ。彼女がかの有名な荒くれ者か」

どうやら第二王子を連れて戻ってきたようだ。アーサーは勝ち誇るように胸を張っている。


「この方はフレジアの第二王子殿下だ。無礼を働けば首が飛ぶぞ···」


その時、門番が大声で告げた。

「王太子殿下、並びにドラグニル帝国からの貴賓、エルディオス公爵閣下が入場されます」


ユリアーナの登場で騒然としていた会場が静まり返る。


「え?王太子殿下が来られる予定だったのですか?」

「いや、来られると聞いてはいないが···」

アーサーと第二王子も啞然としている。


入り口に見覚えのある銀髪が見えた。まっすぐこちらに歩いて来る。王太子殿下は一歩下がり付いて来ている。入場した二人はアリーシアとユリアーナの前で立ち止まった。

銀髪の青年が前に出た。

(この方が帝国の公爵閣下?)


「夫人。私を置いて先に行かないでくださいよ」

ため息と共にエルディオス公爵は言った。静まり返っていた会場がざわめき始める。ユリアーナはアリーシアから腕を離し、エルディオス公爵に向き直る。


「仕方ないだろう。久しぶりだから待てなかったんだ」

エルディオス公爵は口を尖らせるユリアーナに優しく微笑むと、アーサーと第二王子を一瞥した。氷の様に冷ややかな視線だ。


「ふむ。第二王子、ね。属国であるフレジアの第二王子が、帝国の公爵夫人に対して少し頭が高いのではないか?」


公爵の怒気を孕んだ低い声に、アーサーと第二王子の顔は蒼白になった。

「私の聞き間違いでなければ、首が飛ぶと聞こえたが?」


控えていた王太子が慌てて言った。

「弟の愚行をお許しください。今日の事は陛下にも伝え、改めて謝罪致します」


公爵は冷たく言った。

「ええ。そうして下さい。後日公式の謝罪をお願いしましょう。ですがその前に、本人から聞きたいものだが?」


王太子は第二王子を睨んだ。ハッとした第二王子は慌てて頭を下げる。

「て、帝国の公爵夫人に不敬な発言をしてしまい、お詫び致します」


公爵は一瞥し、何も言わずに背を向けた。頭を下げさせておきたいのだろう。アリーシアは呆けて姉を見つめた。

「お姉様、帝国の公爵夫人になられていたの?」

「ああ。まあ最近なったんだが。便りが届かなかったか?」

「届いてないわ···」

あっけらかんと言う姉に、アリーシアは思わず笑みが溢れた。相変わらず姉は生きたい様に生きている。


「君がアリーシアか。夫人からよく話を聞いている」

先ほどとは打って代わり、優しい声音で公爵が言った。


アリーシアはカーテシーをとった。

「はじめまして。エルディオス公爵閣下。妹のアリーシアでございます」


公爵は朗らかに微笑った。アリーシアは既視感を感じた。

「そう畏まらないでくれ。夫人の妹なら、私にとっても妹なのだから」

(優しい方のようで良かったわ)

姉の夫が良い人で嬉しい。アリーシアは心から思った。


「あの、公爵閣下。弟は頭を上げてもよろしいでしょうか···?もう下がらせますので」

王太子が恐る恐る聞いた。生徒たちの目もある。これ以上の醜態は避けたいようだ。


「良いでしょう。私にも愚弟がいるので貴方の気持ちも分かります。私の弟はこれほど愚かではないですが。なあ?グレイグ」


アリーシアを始め、皆がグレイを見た。

「えっ···?グレイ?」


グレイはバツが悪そうな顔をして、公爵に向かって一礼した。

「お久しぶりです。兄上」

にやりと公爵は笑う。

「まさか卒業パーティーとはな。兄は聞いていないぞ」

「そうでしたか?手紙を送ったと思っていました」

しれっと言うグレイに、公爵はまた微笑った。


(どうして気付かなかったのかしら)

並ぶと二人はそっくりで、どう見ても兄弟だ。


アーサーは蒼白なまま震えている。グレイはチラリとアーサーを見た。

「そう言う訳で、グレイム令息。僕は捨てられた訳ではありません」

アーサーは震えながら小さい声で言った。

「も、申し訳ありません···」





 ❉❉❉❉❉❉


「しかし兄上がご結婚されていたとは知りませんでした」


馬車の中。とても会場に残れる雰囲気ではなかったので、アリーシア達は早々と会場を後にした。まだ数日アカデミーに残る予定だったのだが、公爵が手を回して手続きを代理でしてくれるらしい。


「怒るな。愛する弟よ。結婚したのは2カ月前だ。式もまだ挙げていない」

「怒っていませんが、えらく急だったのですね」

からかう兄の手を払いながらグレイは言った。微笑ましい兄弟のやり取りに、アリーシアは笑顔がこぼれる。


(って、2カ月前?)

思っていたより最近の出来事で、アリーシアも驚く。


公爵はにこやかに言った。

「ああ。ずっと求婚を断られていたのだが、2カ月前に急に承諾してもらえた」

「「えっ」」

グレイとアリーシアは声を揃えて驚いた。ユリアーナを見ると、明らかに目を逸らすように外を見ている。


「どういうことですか?」

姉には期待せず、公爵に聞いた。嫌な予感がする。


「うーん、そうだな。『アリーシアを帝国に連れて来たいけど、自分の力ではどうする事も出来ない』と嘆くから、『公爵夫人になればその程度造作もない』と言うと承諾してくれた」

にべもなく言うので、アリーシアは固まった。


(な、なんてこと···公爵を利用したようなものじゃない)

「そ、それは申し訳···」

アリーシアが言うと、公爵は首を振った。

「君が謝る事はない。むしろ私が君を利用したようなかものだ。アリーシアのお陰でユリアーナが求婚を受け入れてくれたのだから」


にこやかに言うので、アリーシアはそれ以上言うのをやめた。

隣に座るユリアーナに小声で聞く。


「お姉様は良かったの?」

「ん?」

「その、公爵夫人になること」

ユリアーナは明るく言った。

「うーん公爵夫人になるのは窮屈そうで抵抗があったけど、やってみたら楽しかったな」


貴族の女性の憧れを、窮屈と表現する姉に、アリーシアは言葉が詰まる。ユリアーナはニヤリと微笑った。

「それにね、アリは知らないだろうけど、エルディウス公爵領は帝国の端っこにあるんだ。社交活動は少ないし、魔獣がよく出るから私が剣を振るえるし···存外、私に合っている」


生き生きと言うユリアーナが眩しく見えて思わず目を細める。

「で、アリはこれからどうする?まさか伯爵家には戻らないだろう?」


アリーシアは姉を見つめた。憧れの姉のように、自分も思うままに生きたい。


「私は―――」




 ❉❉❉❉❉❉


大陸の覇者。ドラグニル帝国。北部に位置するエルディオス公爵領は、そびえ立つオリーグ山から降りてくる魔獣を防ぐ、帝国の要だ。エルディウス公爵は皇帝の右腕であり、公爵夫人も騎士に負けぬほど勇敢に剣を振るい領民の生活を守っている。噂では、その妹もまた、帝国で名を馳せているらしい。なんでも、帝国の魔術アカデミーを飛び級で卒業し、若くして魔塔の幹部に上り詰めたとかなんとか。



「――公爵夫人、お手紙です」

「ん?おや、アリからじゃないか」

手紙見るなり、公爵夫人は微笑った。


『拝啓、荒くれ者のお姉様』


隣に座る公爵が聞いた。

「手紙には何と?」

「今日も良き日を過ごしているようだ」


『私は今日も、魔塔で充実した日々を過ごしています』






ーーー完ーーー







読んでいただきありがとうございます。


作中には書けませんでしたが、グレイもアリーシアと同じく魔塔に就職しています。

ユリアーナは相変わらず手紙の返事を書き忘れて、アリーシアに心配させると思います。



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― 新着の感想 ―
xから読まさせていただきました。 続きが気になる作品ですね! 感想を書かせていただきます。 貴族の常識や周囲の偏見に縛られながらも、心の奥にある「自分らしさ」を大切にしようとするアリーシアの姿がじん…
悪意の余波を被っても自由な姉に憧れるアリシアが可愛い。姉の悪口言ってた令息令嬢達や冷遇してた両親は今頃ガクブルしてそう。ていうより手を出す苛めが蔓延してる王国のが野蛮じゃない?
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