第10話「光と闇の相克、そして代償」
リゼットの手から放たれた光は、黒い水晶の表面で激しく火花を散らした。
光と闇が衝突し、耳をつんざくような高周波の音が響き渡る。
「ぐっ……うぅぅっ!」
リゼットは歯を食いしばった。
水晶からの反発力は凄まじい。まるで巨大な壁を押しているようだ。自分の生命力がゴリゴリと削られていく感覚がある。
視界が明滅し、指先の感覚がなくなっていく。
「小娘がぁ! 調子に乗るな!」
吹き飛ばされたド・ブロイが、狂乱の形相で立ち上がり、懐から黒い粉を取り出して投げつけた。
粉は空中で爆発し、呪いの矢となってリゼットに襲いかかる。
「させんッ!」
ギルバートがリゼットの前に躍り出た。
彼は剣で矢を払い落とすが、防ぎきれなかった数本が、彼の左肩と脇腹に突き刺さる。
「ぐあっ!」
「ギルバート様!」
リゼットが悲鳴を上げる。
ギルバートは膝をつきかけたが、剣を地面に突き立てて踏みとどまった。
その体から、どす黒い血が流れ落ちる。右頬の痣も、限界を超えて侵食を始めていた。
「俺を見るな……! 集中しろ、リゼット!」
彼は血を吐きながら叫んだ。
「俺は……絶対にお前を守り抜く! だからお前は……この国を救え!」
彼の背中は、ボロボロになってもなお、リゼットにとって最強の盾だった。
その姿に、リゼットの心に再び火が灯る。
彼を死なせない。絶対に。
(もっと……もっと深いところへ!)
リゼットは意識をさらに集中させた。
自分の命の限界を超えて、大地そのものの脈動とリンクする。
地下水脈の水音、遠く地上の森のざわめき、全ての植物たちの祈り。
それらが一つになり、リゼットの体に流れ込んでくる。
「あああああああっ!」
リゼットの絶叫と共に、彼女の体から放たれる光の量が爆発的に増大した。
それはもはや光線ではなく、奔流だった。
圧倒的な「生」のエネルギーが、黒い水晶の「死」の呪いを内側から食い破っていく。
パキッ。
硬質な音が響いた。水晶に亀裂が入る。
そこから光が漏れ出し、闇を浄化していく。
「バ、バカな……! 古代兵器が、押し負けるだと……!?」
ド・ブロイが後ずさる。
亀裂は瞬く間に広がり、水晶全体を覆った。
「砕け散れぇぇっ!」
リゼットの叫びと同時に、水晶は粉々に砕け散った。
衝撃波が広がり、地下空間全体が純白の光に包まれる。
ド・ブロイや黒ローブの男たちは、光に焼かれ、断末魔を上げて消滅していった。
壁にこびりついていた粘液も、毒キノコも、全てが浄化され、代わりに清らかな水と緑の苔が生まれ変わっていく。
光が収束すると、そこには静寂だけが残っていた。
「はぁ……はぁ……」
リゼットはその場に崩れ落ちた。
指一本動かせないほどの脱力感。視界がぼやけていく。
「リゼット……!」
ギルバートが、血まみれの体を引きずって這い寄ってきた。
彼はリゼットを抱き上げると、その顔を覗き込んだ。
「おい、しっかりしろ! リゼット!」
「ギルバート……さま……」
リゼットは彼の頬に触れた。
驚くことに、彼の右頬にあったあの禍々しい黒い痣が、消えかかっていた。水晶の破壊と共に、呪いの源が断たれたのだ。
「傷……消え、て……よかっ、た……」
「バカ野郎! 自分の心配をしろ!」
ギルバートの瞳から、雫がこぼれ落ち、リゼットの頬を濡らした。
泣いているの? あの氷の騎士様が。
リゼットは微笑もうとしたが、力がうまく入らなかった。
「私……眠……い……」
「寝るな! リゼット! 目を開けろ!」
彼の必死な呼びかけが、遠く聞こえる。
温かい。彼の腕の中は、とても温かい。
リゼットの意識は、深い闇の底へと静かに沈んでいった。
「リゼットォォォッ!」
ギルバートの絶叫が、浄化された地下空間に虚しく響き渡った。
王都を救った代償として、緑の聖女は深い眠りについた。
その命の灯火が、消えかけていることに、まだ誰も気づいていなかった。




