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(続)魔王に一目惚れされたので、ついでに世界征服を目指します!!  作者: ここば


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2/2

狩場となった街

夜は、深く静かに街を覆っていた。

外郭都市ノクスは、本来ならばこの時間帯が一番賑やかなはずだ。

酒場から笑い声が溢れ、路地裏では喧嘩と歌が混じり合い、夜行性の魔族たちが我が物顔で歩き回る。


――それなのに。


蓮は、宿の簡素な寝台の上で目を開けたまま、天井を見つめていた。

(……静かすぎる。)

耳を澄ませば、聞こえるのは遠くで鳴く夜鳥の声と、時折吹き抜ける風が窓枠を揺らす音だけ。

人の気配が、極端に少ない。


同室では、カイが椅子に腰掛けたまま、壁に背を預けて目を閉じている。

眠っているようにも見えるが、その気配は浅く、いつでも動ける状態だった。


一方、ユリウスはというと、部屋の隅で地図を広げ、無言で何かを書き込んでいる。


「……眠れないか?」

ふいに、ユリウスが顔を上げた。


「うん。ちょっとね。」

蓮は小さく身を起こし、窓の方を見る。

「昼間の街の様子が気になって。露店の店主も何かを隠してるみたいだったし。」


ユリウスは口角をわずかに上げる。

「いい勘だ。ノクスは元々、荒っぽい街だが……どうやら最近は“荒れ方”が違うようだ。」


「違う?」

その問いに、彼は答えなかった。

代わりに、窓の外へと視線を向ける。


「……来るな。」

その瞬間だった。


――コン。


小さな音が、窓の外から聞こえた。

何かが、投げられたような音。


カイが即座に目を開け、立ち上がる。

「……石?」

窓辺へ近づき、慎重に外を見る。


「いや……違う。」

カイが、低く呟いた。


蓮も近づくと、窓枠の下に小さな布切れが落ちているのが見えた。

汚れた、子ども用の外套の切れ端。


「さっきの……」

昼間、気配だけを残して消えた“子ども”。


ユリウスの表情が、完全に切り替わる。

「追うぞ。」


「今から?」


「今しかない。」

彼は剣を腰に下げ、外套を羽織る。


「蓮は――」


「行く。」

被せるように言った。

「見なきゃいけない。これが、旅の最初の“歪み”なら。」


一瞬、ユリウスは何か言いかけたが、すぐに小さく息を吐いた。

「……分かった。だが、私から離れるな。」


三人は静かに宿を出た。

夜のノクスは、昼とは別の顔をしていた。

灯りは最小限に抑えられ、通りの奥は闇に沈んでいる。

足音を殺し、路地へ入る。

――気配がある。

微弱で、不安定な魔力。


「……やはり子どもだな。」

ユリウスが、再びそう呟く。

路地の奥、崩れかけた石壁の影に、小さな背中が見えた。


「待って。」

蓮が、静かに声をかける。

びくり、とその背が震える。

振り返ったのは、角の生えかけた魔族の子どもだった。


年の頃は、十にも満たない。

「……来ないで。」

掠れた声。

怯えきった目が、三人を順に映す。


「大丈夫。何もしない。」

蓮は、両手を見せながら一歩だけ近づく。

「昼間も宿の前に来てくれたよね。何か、伝えたかったんじゃない?」


子ども――ルウは、唇を噛みしめたまま、首を振った。

「……言えない。」


「どうして?」

問いかけに、ルウは一瞬だけ視線を泳がせる。


「……見てる。」

その言葉と同時だった。


――ず、と。

路地の闇が、不自然に歪んだ。

「下がれ!」

ユリウスが即座に蓮を引き寄せる。

闇の奥から、黒衣の魔族が姿を現した。

顔は仮面に覆われ、感情は一切読み取れない。

「……ここにいたか。」

低い声。

「この街の“余計な芽”を、刈り取らねばならない。」


カイが一歩前に出る。

「子ども相手に、随分な言い草だな。」

返事の代わりに、黒衣が手を掲げる。

歪んだ魔法陣。

禍々しい術式が、空間を軋ませた。

「蓮!」


次の瞬間――

眩い光が、蓮の身体を包み込む。

レナトスの加護。

術式は、弾かれ、霧散した。


「……なっ!?」

黒衣の魔族が、明らかに動揺する。

「何が起きた!?」


ユリウスが、冷たく笑った。

「お前らの攻撃は当たらん。」


一瞬の隙を突き、カイが踏み込む。

だが――

「……撤退だ。」

黒衣はそう言い残し、闇へと溶けるように消えた。


静寂。

しばらくの間、誰も動けなかった。

やがて、ルウが膝から崩れ落ちる。

「……いった?」


「今はな。」

ユリウスが周囲を警戒しながら答える。


蓮は、そっとルウの前にしゃがみ込んだ。

「もう、大丈夫だよ。」


ルウは、蓮を見上げる。

その瞳に、先ほどまでの怯えとは違う色が宿っていた。

「……さっきの。」


「え?」


「光……何か暖かい感じがした。」

蓮は、はっとする。


「……だから、話す。」

震えながらも、ルウは言葉を続けた。


「昼は、だめだった。人が多くて誰が“連れてく側”か、分からなかった。」

拳をぎゅっと握る。

「でも……もう、僕も消えちゃう。」


「君が……?」


「夜の間に、連れてかれる。」

ルウの声は、今にも泣き出しそうだった。

「大人も、子どもも。逆らうと……戻らない。」


カイが、低く息を吐く。

「……だから、助けを求めようとしたのか。」

ルウは、小さく頷いた。


「お姉ちゃんをはじめて見た時、」

蓮を見る。

「何か優しい感じがして。」


そして、震える声で告げた。

「この街はね……“狩場”になってるの。」


空気が、凍りついた。

「名前は?」


「……ルウ。」


「ルウ。」

蓮は、真っ直ぐに目を見た。

「教えてくれて、ありがとう。」


その言葉に、ルウはほっとしたように小さく息を吐いた。

だが――

「……待て。」

低く、ユリウスが制する。

彼は、闇の残滓が漂う路地の奥を睨んでいた。


「あれは“偶然”現れたんじゃない。」

ユリウスの視線が、ルウに向いた。

「最初から、この子を狙っていた。」


ルウの肩が、びくりと震える。

「……僕、見られちゃったのかも。」

掠れた声で、ルウが言った。

「昼、お姉ちゃん達に話そうとしたところを。」


蓮の胸が、ひやりと冷える。

「じゃあ、さっき現れたのは……」


「決まってる。」

ユリウスは即答した。

「“喋る”と踏んだからだ。」

沈黙が落ちる。

「この子が、俺たちに近づいた時点で、

向こうは“街の秘密が漏れる可能性”を計算した。」


カイが、歯を噛みしめる。

「つまり……今、ルウを一人に戻せば。」


ユリウスの声が、冷たくなる。

「次は、確実に消される。」

ルウの瞳に、恐怖が浮かんだ。

「……やっぱり、僕も捕まっちゃうんだ。僕、逃げなきゃ……」


「だめ。」

蓮は、はっきりと言った。

自分でも驚くほど、迷いのない声だった。


ルウが、きょとんとこちらを見る。


「一人にしない。」

蓮は立ち上がり、ルウの前に立つ。


「さっきの黒衣の人は、

あなたが“誘拐のことを話すかもしれない”って思ったから来た。」


「……うん。」


「それなら。」


蓮は、ユリウスとカイを見る。

「もう、向こうは話したと考えてる。次は確実に消しにくる。私達と共に。」


二人は、一瞬だけ視線を交わした。

カイが、ふっと息を吐く。

「つまり……保護するしかない、ってことか。」


ユリウスは、やれやれという感じで同調する。

「面倒だが……そういうことだ。」


そして、ルウを見る。

「ここに残るより、俺たちと一緒にいた方が生存率は高い。」


ルウは、蓮を見上げた。

「……いいの?」


「いいのよ。」

蓮は、迷わず頷く。

「あなたは、勇気を出して助けを求めた。それを、無かったことにはしない。」


小さな手が、蓮の袖を掴む。

「……ありがとう。」

震える指先。


その様子を見て、カイが肩をすくめた。

「決まりだな。」



夜のノクスは、相変わらず静かだった。

だがその静けさは、

もう“嵐の前”ではない。

――踏み込んだ者たちが、

確実に、歯車を動かし始めた音だった。




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