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こどくなおうさま  作者: 高橋 淳


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2/2

後編

それから王は、時折ひとりで庭を訪れるようになった。

誰に告げるでもなく、決まった時刻でもなく、ただ気が向いたときに。


娘は、いつも同じ場所にいた。

まるで最初から、そこにいることが決まっているかのように。


「また来たんだ」


王の姿を見ると、娘は柔らかく笑う。

敬意も緊張もない、気取らない声だった。


「ああ。……君は?」


「庭、見てた」


「それは毎回聞いているな」


「でも毎日ちがうでしょ」


言われて、王は周囲を見渡す。

王には違いがよくわからなかったけれども、彼女が楽しそうだったので気にしないことにした。


「今日は風が強い」


「うん。春って、落ち着きないよね」


娘は空を仰ぎ、そう言ってから王のほうを見る。


「王さまは、こういうとこ来ないほうがいいんじゃない?」


「なぜだ」


「うーん、なんとなく。」


「……よく分からんな」



それ以上の説明はしない。

娘はそういうところがあった。


身分も、名も、素性も。

分からないことばかりなのに、

会話だけは不思議と途切れなかった。


「ねえ花の冠作ってよ、ここの花で」


風でたくさんの花が揺れる。

「……それは、許されるのか?」


「わたしが許す」


あまりにあっさりと言われ、王は思わず笑った。


「ずいぶんと偉そうだな」


「そう? でも、ここはわたしの庭だし」


冗談なのか、本気なのか。

判断する前に、王は考えるのをやめて、花冠を編み始めた。


この庭で過ごす時間は、いつしか王にとって、肩書きを忘れられる唯一の場所になっていた。



春の終わりが近づいたころ、娘は庭に来なくなった。


最後に姿を見た日、王はいつものように彼女と並んで、咲き残った花を眺めていた。

風は静かで、季節が次へ移ろうとしていることだけが感じられた。


「ねえ、これあげる!」


娘はそう言って、いきなり花を差し出した。


「……私に?」


「うん。きれいでしょ」


風が強く吹いたタイミングで、ふいに立ち上がる。


「あ、呼ばれてる」


「誰にだ」


「庭に」


うまく噛み合わない会話はいつものことなのに、なぜかもう会えない気がした。


「また来るか?」


「さあ。どうかな」


曖昧に答えて、娘は手を振った。


「じゃね」


気がついたら娘の姿は消えていて、それきり娘は現れなかった。


王の手元には、あの日にもらった花だけが残っている。



それから幾年も過ぎ、王は老い、病に伏した。

思い出すのはいつかの春に出会ったあの娘のことだった。

そして命の灯はゆっくりと小さくなっていく。


ある夜、バルコニーの扉がそっと開いた。

静かな風が月明かりの庭を通り抜け、王の顔を撫でる。

なんとなく目を開けると、そこに娘が立っていた。


「迎えに来たの」


娘はそう言って、王の手を取った。

手は冷たくも温かくもなく、ただそこにあった。


恐れる必要はなかった。

その声は、かつて仲良くしていたあの娘の声だったから。



二人は庭に出た。

花は咲き、風はやさしく、春の夜は静かだった。

振り返れば、寝台には安らかな顔で眠る自分自身がいるだけ。枕元にはいつの日か彼女がくれた花だけ。

王座も冠も、何もなかった。


そして目の前には、終わりのない春が広がっていた。


翌朝、王は静かに息を引き取っていたという。枕元の花は静かに花びらを落としていた。

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