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こどくなおうさま  作者: 高橋 淳


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1/2

前編

むかし、ある国に、ひとりの王がいた。

富も権力も、栄誉も地位も、その手にないものはほとんどない。

人々は彼を名君と呼び、その治世は安定していた。


「陛下、本日の政務はすべて滞りなく終了いたしました」


側近の報告に、王は小さくうなずく。

やがて扉が閉じ、玉座の間には静寂だけが残された。


「……静かだな」


思わず漏れた声は、広い空間に吸い込まれていく。

昼のあいだ、あれほど多くの者に囲まれていたはずなのに、今この場にいるのは、自分ひとりだけだった。


「皆の前に立っているときは、何も感じぬのだが……」


王は玉座の背にもたれ、天井を仰ぐ。


「こうして一人になると、胸の奥が空いたままなのだな」


その言葉に応える者はいない。

けれど王は、それに慣れきっている自分に気づき、わずかに苦笑した。



ある春の日、王は珍しく、ひとりで庭を歩いていた。

政務の合間に、ほんのわずかな気まぐれで外へ出ただけだった。


その庭は、本来なら王族と限られた使用人しか足を踏み入れられない場所だ。

門は閉ざされ、見張りも立っている。

はずだった。


「……誰だ?」


咲き始めた花々の向こうに、ひとりの娘が立っていた。

淡い陽射しと春風をまとい、まるで最初からそこにあった景色の一部のように。


「お前は、どこから入った」


問いかけると、娘は驚いた様子もなく、ただ静かに微笑んだ。


「名を、教えてくれ」


そう続けると、娘は一瞬だけ視線を落とし、やがて何も言わずに首を振る。

身分を問えば、今度は答える代わりに、そっと沈黙を差し出した。


侵入経路も、名も、素性も不明。

警備をすり抜けられる人間など、ほとんど考えられない。


(……人ではない、という可能性もあるか)


そこまで思考を巡らせてから、王はそれ以上考えるのをやめた。

理由は自分でもよく分からない。

ただ、不思議と「どうでもいい」と感じてしまったのだ。


「話すことが苦手か?」


娘は小さく首をふり、やがて、ぽつりと声を落とした。


「……ここ、きれいね」


それだけの言葉だった。

だが、澄んだその声は、春の空気よりもやわらかく、王の胸の奥に、静かに染み込んでいった。


「そうだな。……余も、そう思う」


王は久しぶりに、誰かと並んで景色を見た気がした。

肩書も、義務も、玉座もない、ただの一人として。


娘が何者なのか。

なぜここにいるのか。

問いは山ほどあったが、王はそれを口にしなかった。


(今は、それでいい)


春風が吹き、花びらが舞う。

娘はそれを見上げ、穏やかに微笑んでいた。


その笑顔が、王の孤独を、ほんの少しだけ溶かしたことに、

王自身はまだ気づいていなかった。

明日、続き投稿します

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