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なろうっぽい小説

満月の夜に水音が跳ねる

作者: 伽藍
掲載日:2025/12/14

公爵令嬢の婚約者を持つ王太子に、あるときから男爵家の養女だという美しい少女が侍るようになる。国を愛する少女と少女のお話。

 王太子の婚約者であるクレイヴン公爵令嬢イーヴァは、アーモンド男爵家の養女であるコリンナを初めて見たときの衝撃を今でも覚えている。


 呼吸を忘れそうなほどに美しい少女だった。

 日の光など知らないように真っ白で滑らかな肌に、生気と知性を湛えた瞳。絹糸のような髪が肩から滑り落ちるだけで、細い首を少し傾げるだけで、同じだけ国を傾けられそうな少女だった。


 亡き友人から引き取った養女であり、本日が社交界デビューなのだ、と自慢げに紹介してきたアーモンド男爵のやに下がった顔を思い出す。

 お世辞にも評判が良いとは言いがたいアーモンド男爵が、ただの友情で友人の娘を引き取るとは思えない。恐らくは、養女にした娘を良いように使うつもりなのだろう、というのは簡単に想像がついた。


 そんな大人たちの思惑など知らぬげに、コリンナはイーヴァの隣に立つ王太子をきらきらとした憧れの眼で見上げている。王太子も悪い気はしなかったらしく、美しい少女に愛想良く微笑みかけている。

 コリンナは翌週から王立学園に編入する予定だという。まだ淑女教育を受け始めたばかりらしいコリンナの辿々しいカーテシーを、イーヴァは不安を抱えながら受け取った。


 翌週からコリンナの編入してきた学園で、イーヴァの不安は現実のものとなった。コリンナの美しさに魅せられた男たちが、あっという間にコリンナを取り巻いたのだ。


 コリンナは貴族令嬢になったばかりだというから、イーヴァは低位貴族令嬢の友人たちにコリンナの世話を頼むつもりでいた。新参の貴族が馴染めるように手配するのも、次期王妃としての役目だからだ。

 だというのに、女子生徒たちが動く暇もなかった。下手に女子生徒たちがコリンナに近寄ろうとすれば、男たちはコリンナに嫉妬をして嫌がらせをするつもりだろうと思い込んで女子生徒たちを遠ざけた。


 そんな異様な空気の中で、コリンナはあくまでも無邪気だった。自分にすり寄ろうとする男子生徒にも、遠慮がちに声をかけてくる女子生徒にも、全く同じように愛想良く振る舞った。


 もともと頭は悪くなかったらしく、最初は苦戦していたようだが、ひと月もすれば勉強も同学年に追いついた。中でも魔法の腕は卓越したものがあり、未来の王妃として幼少期から研鑽してきたはずのイーヴァさえ危うく打ち負かされるところだった。

 どうにかコリンナに接触した女子生徒から、コリンナはイーヴァを立てなかったことを咎められたらしい。その次の模擬戦闘からコリンナは明らかにイーヴァに対して手を抜くようになって、イーヴァはそれっきりコリンナの本気の魔法の実力を測ることができなくなった。


 実践魔法の実力がイーヴァに続いて学年二位になったことで、コリンナはイーヴァの近くにいる高位貴族の令息令嬢たちとも関わるようになった。その中でも王太子の傾倒ぶりは露骨で、たびたびイーヴァは王太子に苦言を呈するようになった。


「コリンナさんを側妃か妾妃にでもなさるおつもりですか」


 出自は平民だしいまの身分も男爵家だが、コリンナの賢さと魔法力があれば側妃にすることもできるだろう。何かしらで実績を積ませてやれば、後ろ指を指されることも減る。

 ごく親切心で問うたつもりのイーヴァはしかし、長年の婚約者であったはずの王太子に血走った眼で睨まれることになった。


「うるさい、コリンナのことにお前が口を出すな!」


 王太子に怒鳴られたことなど初めてで、イーヴァは思わず体を震わせることになった。

 お互いに政略結婚であることは承知していたし恋情など抱いてはいなかったが、王太子とイーヴァはそれなりに良好な関係を築けてきていたはずだった。そもそも穏やかな性質であるはずの王太子が、他人を怒鳴りつけるなど尋常ではない。


 そこで改めて、イーヴァは危機感を深めることになるのだった。イーヴァは父公爵に報告したが、父公爵は難しい顔で首を振るだけだった。


「すでに複数の高位貴族家が、コリンナ・アーモンドと良好な関係を築いている。ただ違和感があるというだけで遠ざけることはできない」


 そうしているうちに、コリンナは着々と実力をつけていたらしい。気づけば魔法力だけではなく勉学でも、イーヴァはコリンナに続く学年二位に名を連ねるようになっていた。

 コリンナにこれほどの実力があるのであれば、王太子のお心を得ているコリンナこそを正妃にするべきでは、などという話まで貴族たちの口に上がるほどだった。


 イーヴァは公爵家の実娘で、コリンナは男爵家の養女だ。イーヴァが自ら退かない限りは、イーヴァの有利は揺らがない。

 イーヴァはコリンナを呼び出して問うてみたことがある。


「コリンナさんは王太子殿下の隣をお求めですか。でしたら、我がクレイヴン公爵家が後ろ盾になって差し上げてもよろしくてよ」


 要するに、国が割れるような事態にさえならなければ良いのだ。王太子とイーヴァの婚約についても、ちょうど都合が良かったからという以外の理由はない。

 イーヴァに声をかけられたコリンナは、思いがけないことを言われたというようにきょとんとして、それからころころと笑い出した。


「わたくしは王太子殿下のお隣を望むほど身のほど知らずではありませんわ。イーヴァ様、あなた様こそがこの国の王妃となるのです」

「それは、ご自分が側妃や妾妃でも構わないということかしら。世の中には、愛した男に複数の女性が侍っているのは耐えられないという女性もおりますけれど、貴方はそうではないのね」


 それこそ、コリンナは面白げな顔をした。


「わたくしは、国を愛しておりますのよ」


 囁くようにそういった声はひたひたと湿って、イーヴァはまるで湿原でも散歩したような気持ちを味わうことになった。


 口ではそう言いながら、コリンナは王太子の隣に侍ることを止めなかった。それだけではなく、宰相の令息や魔法師団長の令息など、高位貴族の令息たちには特に親しげに声をかける姿を見せるようになった。

 その頃には、コリンナは自分の実力と交友関係によって、周りの生徒たちに有無を言わせないほどの存在になっていた。必然的に、コリンナを諫めるのはイーヴァばかりになった。


「コリンナさん、王太子殿下ただお一人のお心を求めるのであればまだしも、複数の殿方に侍ろうとなさるのはさすがに看過できませんわ」


 イーヴァがそう言い聞かせても、コリンナは面白げにくすくすと笑って堪えた様子はなかった。


 そうしていたある日、コリンナが思いついたように言った。


「王都近くを流れる大河の花火を観に行きたいわ」


 それは年に一度国を挙げて行われる祭りで、目玉は大河で上げられる花火だった。平民たちにとっては楽しみな行事だが、貴族たちは護衛の都合もあるので大概は王都の高台から花火を眺めるだけになることが多い。

 コリンナが王太子を誘っているのに気づいて、イーヴァは慌てて遮った。


「コリンナさんはお一人でも大河の近くまで行けるでしょうけれど、王太子殿下は警備がありますから」

「いいえ、わたくしには一人での外出はほとんど許されておりませんの」


 ふわ、とコリンナが弱々しく微笑んだ。


「わたくしは単なる養女ですし、貴族としても未熟ですから。男爵家ながら養父から護衛はつけられておりますけれど、あまり遠くに出かけようとすると護衛に止められてしまうのです。きっと心配をさせているのだわ」

「なんと、可哀想に」


 心から同情したように口を挟んだのは王太子だった。


「それでは随分と窮屈だろう。可愛いコリンナの珍しいワガママだ、わたしが何とかしよう」

「殿下!」

「うるさい、ただの婚約者が口を挟むな!」


 突然始まった言い争いに、コリンナは顔を青くして二人を止めようとした。けれどその前に、魔法師団長令息が言った。


「たしか、くだんの大河は少し前に一部の堤防が脆くなっていると報告が上がっていたはずだ。視察の名目で動けば、予定も立てやすいと思うよ」


 その一言が切っ掛けで、王太子やイーヴァ、コリンナを含む複数名が大河の祭りに参加することになった。


 祭りの日には、コリンナは随分と浮かれているようだった。美しい笑みを無防備に振りまくコリンナを、王太子が狂おしいほど愛おしげな眼で眺めている。他の男性陣もコリンナを取り巻いて、視察のために動き回っているイーヴァはまるで邪魔者のようだった。

 それでもイーヴァが自分の役割を粛々とこなしていれば、はしゃいで頬を赤らめたコリンナが声をかけてきた。


「イーヴァ様、あちらの屋台で買いましたの。プレゼントです」


 そういって渡されたのは、小さな布の小袋だった。小袋からふわりと花の匂いが香る。


「これは、匂い袋かしら」

「えぇ、イーヴァ様だけに」


 唇の前で人差し指を立てて、コリンナが片目を瞑る。震えるほど魅力的な仕草だった。


「殿下にも誰にも他には渡しておりませんから、秘密ですわよ」


 そんな一幕を挟んで、いよいよ一行は花火を観ることになった。普段は訪れない王太子殿下のご観覧ということで、特別な舞台が誂えられている。

 王都の高台から眺めたことはあるけれど、間近で花火を観るのはイーヴァも初めてだった。迫力に圧倒されていれば、イーヴァにコリンナが近寄ってくる。


「イーヴァ様、ご存知ですか」


 花火の音に紛れて、コリンナの声は聞き取りづらかった。どうにか聞き取ろうと意識を向ける。


「人間に限らず、あらゆる生き物の持つ魔力は月の影響を受けます。星の巡りもありますし個体差や色々な条件はありますけれど、最も普遍的なのは満月の夜は全ての生き物の魔法力が大きくなりやすいということです。だから、例えば大がかりな召喚魔法などは満月の日に計画されることが多いそうですね」


 くすくす、と笑う。悪意なんか知らないというように。


「満月の中天はだいたい夜の二十時頃。――そろそろですわね」


 コリンナの言葉に釣られるように、イーヴァは懐中時計を取り出した。時計を確認してみれば、時間は二十時を数分過ぎた頃だった。

 何を言い出すのかとイーヴァがコリンナを見れば、コリンナは笑っている。


 くすくす、くすくす、無邪気に笑っている。笑みの形のまま、口を開く。

 ひら、と手を振った。別れを告げるように。


「イーヴァ・クレイヴン、わたしの鱗を是非とも大事にしてくれよ」


 聞き馴染みのない口調に、イーヴァが眼を見開く。それと同時に、コリンナとイーヴァが喋っていることに気づいた王太子がコリンナを呼び寄せようとする。

 王太子からの呼びかけを完全に無視して、コリンナは走り出した。大河のほうへ。


 並べられた椅子を踏み台のようにして、人間であれば身体強化魔法がなければ絶対にできない動きで、蝶のように軽やかに。

 周りの誰も、護衛たちも反応できないうちに柵を踏み越えて、迷いなく美しい動きで夜の大河に飛び込んだ。飛び込んだあとの水面は、まるで魚がそうしたように静かだった。


「――コリンナ、コリンナ!」


 一拍遅れて、王太子が悲痛な声を上げる。一気に大騒ぎになる一帯で、イーヴァはそっと、昼にコリンナから渡された匂い袋を握りしめるのだった。


***


 その後、アーモンド男爵はコリンナが攫ってきた人魚であることを認めた。


 怪我をして辺境の小さな村で保護されていたところを、彼女の美しさに眼をつけて攫ったのだという。違法に指定されている超高強度の人化薬と魔力封印薬を飲ませ、村の人びとを人質にして人間の養女として振る舞わせた。

 ちなみに村の人びとはといえば、ほどなくして口封じのために焼き討ちにしたらしい。


 ただの人間であれば命すら危うくなる強度の魔力封印薬を飲ませてもなお公爵令嬢であるイーヴァに匹敵する魔法力を持っていたのだから、コリンナはもともと、非常に力のある人魚だったのだろう。


 更に詳しく調べてみれば、王太子を筆頭に複数の貴族令息たちがコリンナと体の関係を持っていた。コリンナは性行為を通じて王太子たちの魔力を吸い上げて魔法薬の効力を打ち消し、あの大河に逃げ込んだのだろう。

 王太子たちは、魔力を吸い上げられるばかりか魔力回路まで食い荒らされていた。これでは、将来的に子どもを作ることすらできない。王太子は適当な理由をつけて廃太子になり、イーヴァの婚約者は次の王太子予定である第二王子に差し替わった。


 貴族たちの混乱は、国民たちには流行病のためと説明された。

 人間が発端であるのに、種族抗争になるのを避けるためだ。人魚が敵に回れば、海の生き物全てが敵に回りかねない。


 そうして何か月も各所が事態収束に駆け回っていたのが落ち着いた頃、ようやく一人の時間を得たイーヴァは、休憩していた東屋でふと思い出してコリンナから貰った匂い袋を取り出した。


 匂い袋に入っていた美しい鱗には、どうして受け取った瞬間に気づかなかったのか不思議なほどの魔力が含まれている。優秀な魔法士に見せれば、一度くらいなら命の危機すら救えるほどの強力な保護魔法が仕込まれているという。

 それをイーヴァは、何とも言えない表情で聞いていた。


 お世辞にも、イーヴァとコリンナの仲は良いとは言えなかった。そもそも王太子の婚約者と王太子の愛人じみた女性という関係だったのだから、良くなるはずもない。

 イーヴァ個人としても、コリンナに良い感情は持っていなかった。身分差など乗り越えようとするほど王太子への愛を貫くでもなく、かといって身のほどを弁えて身を引くでもない中途半端なコリンナを、嫌悪していたといっても良い。


 それでも、コリンナはイーヴァだけに自分の鱗を手渡した。その感情を、イーヴァはずっと、図りかねている。

 ややあって、イーヴァは意識を切り替えて匂い袋を懐にしまい込んだ。いつだかコリンナが言った通りに、イーヴァはこの国の王妃になるだろう。


 イーヴァのいた東屋の近くにある池から、ぱしゃり、と微かな水音が聞こえた気がした。

タイトル、『水が跳ねる音』が日本語として正しいのは判っているのですが敢えてこの形で


わたしの中で人魚というのは種族丸ごと純愛至上主義だと思っているので、自分の設定とこの小説では齟齬が出るのですけれど、それ以外の種族といっても妖精、魔族、獣人……と考えたところでどれもしっくり来なかったので、人魚ヒロインにしました。たぶん、本作のヒロインにとって人間との性行為は愛を確かめるものではなくて単なる捕食以外の意味はなかったのだと思います

うーん。そういうことにしておきましょう。人間ヒロインのほうが良かったかな……と迷い続けている。でも最後の水音のシーン入れたかったしな。できればもうちょっと不気味な余韻で終わらせたかったのですが力不足でした


【追記20251214】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3549291/


【追記20251216】

ご指摘あった満月の南中が0時では?? ってのはごくごくシンプルにミスです済みません!!! 言われてみれば満月の南中時刻が0時前後なのは当たり前なのだったわ。中学のお勉強じゃん消したいくらい恥ずかしい(⁄ฅ⁄⁄ฅ⁄⁄)

たぶん調べるときに月齢を入れ忘れて検索して調べた日付での南中時刻が検索されたんだと思います大変に申し訳ありませんm(_ _)mm(_ _)m わたしが阿呆でした。タイトルにまで使っておいて…

今から訂正しようかな…と思ったのですが訂正すると前半の一部をごっそり差し替える必要があるのと『視察できるくらい明るい時間から(特別なお祭りだとかで花火の時間をずらしたとしても)日付が変わる時間までずーっと王族が居座るのは無理があるな』ってなったのでこのままそっとしておきます…本当に申し訳ない…心の目で読んでくださいませ

たぶん満月が20時に中天に差し掛かる世界観なのだと思います。ひぇぇどこにも説明がないんだから無理がある済みません。言いづらかったでしょうに柔らかくご指摘頂いてありがとうございましたm(_ _)mm(_ _)m 本当に 本当に!!!

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― 新着の感想 ―
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