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永劫よ、滅びることなかれ  作者: null
一章 はじまりの嘘
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はじまりの嘘.1

初めまして、百合小説ばかりを書いているnullと申します。


今回は、【浮気×百合】な作品になっております!

モラル的にはアウトな作品ではあるので、苦手な方はご注意下さい!


「これが、さっき言ってた『永遠を感じる』ってことなんじゃないですか?」


 どうってことない、とでも言わんばかりの淡々とした口調で、テーブルを挟んだ向かい側に座る女性――藤光千花(ふじみつちか)はそう告げた。


 それはきっと、数分ほど前に私――綺羅星夕陽(きらぼしゆうひ)が彼女に漠然と投げた、『どうしてラブソングには、“永遠を感じた”という表現が多いのかしら』という問いに対する追加の解答だったのだろう。


 問いを受けたとき彼女は、とても23歳には見えないガーリーな顔立ちで小首を傾げ、同じく、とても23歳には見えないほど知性にみなぎった瞳をぱちぱちと瞬かせ、「どうしてなんでしょうね」と答えていた。それですぐに次の曲を歌い始めたから、私は何もそれ以上を考えていなかったのだが…千花は違ったらしい。


「えっと…どうしたのかしら?急に」


「え?いえ、時間、あっという間だなっていう話の流れだったので…」


「ああ…なるほど」と私は口元を綻ばせて頷く。「駆け抜けるような時間の流れを、むしろ“永遠”だと捉えるのね」


 こくり、と千花が頷く。


 身長は本人曰く153センチ程度とかなり小柄。伸ばすとうねってしまう髪質の都合上、いつも短く切り揃えられたサラサラのショートヘア。ややもすれば少年じみて見える容姿の千花だが、遠慮がちに私を見つめているときは…この目には酷く女性的に映って、胸が高鳴る。


「ふふ、口説かれているのかしら、私」


 私は自分より7つも離れた千花にドキドキさせられたことを誤魔化すために、あえてシニカルに微笑み、冗談を言ってのける。まあ、実のところ、これで彼女が多少照れるなり、まんざらでもないフリなりをしてくれるなら嬉しかったのだが…千花にそんな期待はできない。


「え?いえいえ、違いますよ?」


 困ったふうに手を左右に振る千花。冗談なのか、本気なのか測りかねている様子である。


 私は内心残念に思いながら、少しでも余裕のある大人のフリをしてみせるためにこう続ける。


「えぇ?だって、私と過ごした時間に“永遠”を覚えたのでしょう?だとしたら、それだけ私との時間は充実していた、ということじゃない」


 腰まで伸びた髪を左手で優雅に払いながら私は立ち上がる。すでにカラオケボックスで過ごせる時間はあと5分だった。


「それは、はい。楽しいですよ。夕陽さんと過ごす時間。いつもあっという間ですもんね」


 千花も私にならうようにして立ち上がる。カラオケ狂いとも呼べる彼女はさすがに名残惜しそうだが、それでも、淡々とした態度が目立つ彼女にしては分かりやすいくらい遊びの余韻が残っているようで、てきぱきとした動きだった。


「嬉しいわ。私みたいなおばさんと過ごしていて、楽しいと思ってもらえるなんて」


「えぇ?夕陽さんって、おばさんなんですか?」


 きょとんとしながらも、口元は緩んでいる。きちんと冗談であることは伝わっているようだ。


「貴方の年齢からすればね」と肩を竦める。これにはどう答えていいか分からないらしく、千花は苦笑して、使ったマイクやメニュー表などの片づけを始める。


 私はそういう後片付けも店員の仕事の一つなのだから、こちらがしなくてもいいのに、と思いながら千花を眺めていた。


 とても聡明かつ善良だが、自己抑圧的。それが藤光千花という人間を分かりやすく形容した言葉だろうか。とにかく、独善的で傲慢な物言いが目立つ私とは正反対の人種だった。


 とはいえ私も、千花だけに動いてもらって、自分はのうのうとしていたい人間ではないので、彼女の手伝いをしようとした。しかし、テーブルを拭いたり、反対側の座席に置いてあるマイクを取ろうとしたりするとき、千花の艶めかしい鎖骨が目に飛び込んできたせいで動けなくなった。


 前述したように、藤光千花は23歳にしてはかなりあどけない。高校生でも普通に通じるだろうから、もはや女性というより少女と表現したほうが適切な容姿だ。


 だからこそ…私はこういうとき、千花のアンバランスな色香に翻弄される。


 桜色のカーディガンの胸元から覗く白いキャミソール。その頼りない防具が守る、千花の白い双丘。鎖骨。


 ごくり、と喉を鳴らすのをどうにかこらえる。そして、何も悪びれた様子も、手伝う様子もなく、私はただ彼女の体を眺めていた。


(こういうところが、貴方はまだ子どもね)


 劣情に猛る心をどうにかコントロールしながら、「片付けさせて悪いわね、千花」なんて言ってのける私は、汚い大人だ。本来、彼女の隣に並ぶにはあまりに穢れている。


 でも、千花だって悪いのだ。


 私はきちんと彼女に説明、もとい、警告している。


『私はバイセクシュアルだから、貴方にも、そういう感情を抱くわよ』と。


 そのとき千花は不思議そうに、『私、可愛くないですよ?』だとか、『綺羅星さん、既婚者ですよね?』と小首を傾げたものだが、私は彼女の疑問より、その少女然とした仕草に煩悩を掻き立てられて仕方がなかったことを覚えている。


「大丈夫ですよ、運転してもらってますし、これくらい」


「そう。色々とありがとう、千花」


 その“色々”に汚く、姑息な感謝を込めつつ、純真な千花の体を盗み見る。


 傲慢で、狡猾で、小汚い、私――綺羅星夕陽。


 自尊心が低く、生真面目で、純粋な彼女――藤光千花。


 真っ暗なカラオケボックスの一室。スクリーンから放たれる閃光が照らし出す千花を見つめたまま、私はゆっくりと呼吸を整える。




 本来、仲良くなるはずもない私と彼女が出会った経緯を語るには、ちょうど、一年と半年ほど時を遡らなければならない。






 私は昼休みが終わる間際、わざわざ自分のデスクを訪ねてきた花島会長に声を掛けられ、バルコニーに出ていた。


 14階に設えられたバルコニーは、日除け用のパラソル付テーブルが数カ所あって、展望も最高だが、なにぶん、横風に弱く、肌寒い秋口にはもう、安息の場所ではなくなっていた。


 60歳手前まで差しかかっている花島会長だが、まだまだ肉体が衰えている様子はない。多少、肥満体形かもしれないが、ヘアワックスでビシッと固められたオールバックからは品を感じるし、成功者らしい堂々とした振る舞い、気遣いも魅力的な男性だった。


 そんな彼がわざわざ私をバルコニーに呼び出すというのは、何か聞かれたくない話が始まるのだろう、と微笑みの下で結論づける。それから、何か指摘されると不都合なことがあっただろうか…とやましい記憶を探るが、思い当たらなかった。


「昼休みに呼び出してしまって申し訳ないね、綺羅星君」


 あまり申し訳なさそうでもない声で花島会長が言うから、私も軽い感じで応じるべく、柔らかな笑みを浮かべる。


「いえ、構いません。それよりも、会長がわざわざお声掛けになられるなんて、どういったご用件でしょうか?」


「ああ」


 花島会長は浅く頷くと、さっと何気ないふうに周囲を見回し、誰もいないことを確認してから小声で続けた。


「実は、折り入って君に頼みたいことがあるんだ」


「頼みたいこと、ですか?」


 私は怪訝な顔で首を傾ける。仕事を振りたいのであれば、こんな形を取る必要はない。私は従業員で、彼は雇い主なのだから。


 つまり、それから考えられることは一つ。仕事とは関係のない頼み事なのだろう。


「ああ。綺羅星君も、N精工は知っているよな?」


「はい、もちろんです」


 N精工は、うちが懇意にしている大規模な納品先だ。すさまじい広さの敷地を埋め尽くす工場は、この会社の命綱でもある。


「じゃあ、藤光会長は知っているか?」


 私は一瞬考えてから、頷いてみせる。


 藤光会長――N精工のトップだ。もう七十歳に迫る方だが、老いてもその気炎は衰えることはなく、未だに経営の中心で辣腕を振るっている大御所だ。


 花島会長はまたさらりと周囲を見やると、声を潜めて身を寄せてきた。香るコロンが品格高い感じがする。


「そのお孫さんのことなんだが、なんでも、高校を卒業してから引きこもっているらしい。藤光会長もだが、両親も忙しくて、言い方は悪いが、ほったらかしとのことだ。家庭教師だ、ハウスキーパーだと世話を依頼しているみたいだが、なにぶん、素人だろう?お手上げらしい」


 花島会長が一息に説明した内容を聞いた私は、とりあえず、神妙に頷くことにした。彼の言いたいところがピンと来なかったのもあるが、素人云々のくだりは特によく分からなかった。


「綺羅星君」


 きらり、と花島会長の瞳が光る。嫌な予感がした。


「はい?」


「君、確か福祉職系の経験があったよな?」


「…まぁ、はい」


「どれくらいだった?」


「……大学を卒業してからすぐなので、7年ほどかと」


「うぅん。十分だな。国家資格もあったろう?」


 十分、という言葉に内心で眉をひそめつつ、頷く。


「精神保健福祉士の資格のことでしょうか?あれは…まぁ、勉強さえすれば誰でも獲得できるようなものでですね」


 こちらがやんわりと断る姿勢に入っていることを察したらしい花島会長は、割れんばかりの笑い声を上げて、「謙遜するな。君はプロだ」と私の肩を叩いた。どうでもいいが、力が強い。


「ぷ、プロですか…いえ、そんな」


「プロだよ。プロ。子どもの相手くらい、どうということはないだろう」


「…あの、会長。お話を先に取ってしまって恐縮ですが、とどのつまり、私にその子の世話をお願いしたい、ということなのでしょうか?」


「そうだ」


 出かけたため息をぐっとこらえる。


 相手は我が社のトップ。多少の役職があるといっても、私如きが気軽に歯向かえる相手ではない。とはいえ、今、間違いなく私の身に降りかかろうとしているのは“面倒事”という名の火の粉。払えることなら払っておきたい。たいして得のない面倒事は百害あって一利なし、である。


「お言葉ですが、会長」


 私は微笑みを消し、真面目な顔で襟を正した。


「私はカウンセラーではないのですが――」


「もちろん、特別手当はつける」


 特別手当。


 その言葉で、私の気持ちは揺らぐ。


「そのうえ、冬のボーナスにも色を付けよう。期待していいぞ。なにせ会社としても、私個人としても重要な案件なんだからな。上手くいけば、君が思っている以上の報酬が出ることだろう」


 冬のボーナス。想像以上の報酬。


 そういえば、夫との間でマイホームの話だって出ている。夫の収入は私よりも少し低いくらいなのだから、本気でマイホームを考えるのであれば、お金は多いほうがいい。いや、そんなもの関係なく、お金はたくさんあるに越したことはないのだ。


 冬物のロングコート。


 まだ手のつけていない、偉大なる文学作品。


 可愛い部下たちを連れて行ってあげたいフレンチ。


 新作のゲーム。


 夫が欲しがっていた漫画。


 お金があれば、だいたい解決する。逆を言うと、お金がなければ解決できないものがほとんど。あぁ、この世は非情だ。会社に支配され、金に支配されている。


 所詮、俗欲の奴隷でしかない私は、つい先ほど吐き出しかけた言葉を飲み込み、その代わりにとびきり上品な微笑みと共に花島会長へこう答えた。


「あー…カウンセラーではないのですが、会長直々のご指名とあれば、よろこんでお受け致します」




 私は思わず、ため息を漏らした。憂鬱さからではない。感動というか…いや、ここまでくると、呆れ、だろうか。


 花島会長から依頼を受けた次の日曜日。話が現実感を失いかけていたところで、急に会長から電話がかかってきた。


 内容は、『今から藤光会長のご自宅に向かえるか』というもの。文体は一応、確認の形を取っていたが、私もそこまで愚鈍ではない。これは業務命令だ。


 休日の午前にこんな唐突な依頼を受けるとは、さすがの私も覚悟していなかったため、「今からですか?」と何度か聞き返した。愚問だったと今では後悔している。


 事情を聴くと、今日は両親や祖父(彼らはいつもどおりだが)がおらず、ハウスキーパーも一人しかいないのだという。それならもっと早く予定が分かっていたのでは、とも思ったが、口に出すのはやめた。余計な反感は買いたくない。


 こうして急に呼び出されるからこそ、報酬の話があんなに期待感を煽るような内容だったのだろう。


 私はそんなことを考えながら車で藤光家に向かった。花島会長に教えられた住所は、私の家から20分ほどの距離だった。そういう意味でも、私は適任だと思われたのだろう。


 そうして、数年前のロックバンド曲を聴きながら車を走らせること20分。私は藤光家の自宅に辿り着いたのだが、まずはその敷地の広さに目を見張った。


 何坪くらいあるのだろう?概算だが、400坪は下らないのではないか。その広大な敷地をぐるりと囲むのは、先が尖った鉄のフェンス。まるで中世のお屋敷だ。


 果たして、こんなにも大きな建物を建てる必要がどこにあるのだろうか?あるとしたら、それは何だろう?ステータスのアピール?


 金持ちの考えることはよく分からない。


 私は無駄な思考をやめ、玄関口に立った。


『どなたでしょう?』とインターフォンのスピーカーから声がする。門の上部隅に防犯カメラがあったから、そこからこちらを見ているのだろう。


 私が素性を名乗れば、すぐにハウスキーパーを自称する声の主は門を上げてくれた。当然だが、ちゃんと話は通っているようだ。


 門から玄関まで、50m以上はある。あまりにも非効率的な造りに辟易としながら、私はハウスキーパーが教えてくれた道順を忘れぬよう、頭の中でひたすら繰り返した。


 開けてある玄関を通ったら、靴も脱がずすぐに左に曲がって中庭に出る。それからは外廊下を真っすぐ道なりに進む…。


 豪奢な装飾や色鮮やかな花々を視界の隅に捉えながら歩いていると、私はやがて、一枚の扉に突き当たった。


 扉はアイボリーカラーで、鉄のオブジェがはめられた小窓があった。おそらくは、別宅か何かへの扉なのだろう。


 私は道案内通りにその扉を開けた。そこから先の道順は聞いていなかったので、大丈夫なのかと不安になったが、それは杞憂に終わった。


 アイボリーのドアの先は、小さな土間があった。靴箱もあることから玄関らしく、土間を上がった先の扉が半開きになっていた。


 しばしの逡巡後、私は靴を脱いで中に上がった。そして、遠慮がちな足取りでおそるおそる半開きになっている扉を押した。


 秋口の、少しだけ寂しい風がその14畳ほどの部屋には吹き込んでいた。


 寂寞を連れてきた風に撫でられ、揺れる、艶やかな黒髪。


 文字と文字の隙間をなぞる、深い黒の眼差し。


 白い肌、華奢な体、繊細さが如実に表れている指先。


 私は――窓際に椅子を置いて、本を読む少女に見惚れていた。随分と長いこと…。


 そのうち、吹き込む風の流れが変わったことに気づいたのか、少女がぴくり、とまつげを震わせ、こちらを見た。


「…っ」


 心底驚いた、という顔で少女が身を固くする。


 私はほぼ直感的に、彼女が話で聞いていた藤光会長の孫であることを悟り、とにかく怪しい者ではないことを伝えなければと口を開いた。


「し、失礼しました。私、綺羅星夕陽と申します。貴方のおじい様から依頼を受けた、花島悟の部下でございます。勝手に入ってきてしまい、申し訳ございませんでした」


「あ、いえ…」


 なんとなく、彼女も事情を察したようだった。


 そのときの彼女の顔といったら、もうとにかく無感情で、淡白で、何を考えているか分からなかったのを覚えている。


 少女は持っていた本を窓枠に置くと、ゆったりとした動作で立ち上がり、私のほうを向いた。


 身長はおよそ150センチと少し。サラサラのショートヘアは少年のようだが、体の凹凸から女性であることは明らかだ。


「藤光千花と申します。その、ご迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」


 ハキハキとしているのに、どこか現実感のない、浮世離れした声質。その響きを聞いているだけで、妙に気持ちが落ち着かなくなる。


「ご迷惑だなんて、そんな」


 私はできるだけ上品に見えるよう、首をゆったり左右に振る。


 嘘を吐いているつもりはない。


 なぜなら、彼女は金のなる木なのだ。


 私のボーナス。私の特別手当。


 そのときは、そんな俗欲一色で千花を見ていた。


 だが、次の瞬間、千花が儚げに、でも自嘲気味に笑ってみせたのを見たときから、徐々に私の心は千花が持つ深淵に引きずり込まれていくことになる。


「あの、どんな依頼を受けたのか、聞いてもよろしいですか?」


「え?あ…」


 そうだ。どう答えるべきだろう?まさかありのままに、『引きこもりの世話をしてこい』と伝えるわけにはいかない。


 しかし、私の考えを先読みしたかのように、千花は言った。


「引きこもりの世話をしろ…みたいな、感じですか?」


 ははっ、と小さく、乾いた笑い声が続く。


 どうしてだろう。諦観の嵐に塗り潰された声に、私の胸は酷く軋んだ。


 だからなのか、私は言われてもいないことを勝手に口走る。


「いいえ。千花さんと楽しく言葉を交わしてほしい、と頼まれたのです」


 思えば…これがはじまりの嘘だった。


 それからどれだけの嘘を、誤魔化しを重ねていくことになるのか――当時の私と千花は知る由もなかったのである。

一章が終わるまでは毎日更新し、その後は隔日で更新致します!

ご興味のある方は、お付き合い頂けると幸いです!

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