『機動戦士 Gundum GQuuuuuuX」の評論会 後編(アールの視点 エヌの視点)
「さて、それじゃあ、アール。あなたの番よ」
アールは、静かに一度深呼吸をしてから、椅子に背筋を伸ばした。
その表情は、いつもどおり穏やかだ。けれど、瞳の奥には、かすかな熱が灯っている。
「……まず、最初に申し上げたいことがあります」
彼はゆっくりと口を開く。
「この“ガンダム”シリーズ――異世界に流れ着く数は多いとはいえ、
それでも“新作”をこの目で見ることができるというのは、ひとつの幸運だと思っています」
エルがどこかで舌打ちしそうになったが、言葉にはしなかった。
アイは無言で頷きながら、手元のページに「価値観:受容」などと淡々と記していた。
「そして今回の“GQuuuuuuX”が取り上げたテーマ――“ジオン勝利if”という構図。
これは、これまで誰も真正面からやろうとしなかったこと。
誰もが恐れて、あるいは神格化されすぎて触れられなかった、ひとつの夢だったと私は思っています」
アールの声音には、いつになく熱があった。
「その上で、“シャアが幸せになる”という結末――これはもう、私にとって本当に感動的でした」
「……出たよ、キャラ愛で物語を見る奴」
エルがわざとらしく天を仰ぐが、アールは微笑みを崩さず続ける。
「ええ、出ました。シャアのファンですから」
その言葉に、珍しく自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「初代、Z、逆シャア――どれも彼の人生は“理想”に引き裂かれたまま終わります。
でもこの作品では、彼はようやく“救済”されていた。
何者でもなく、“自分自身”として生きられる世界に辿り着いた。
……それを私は、“ファンとして”素直に嬉しいと感じました」
アールは、エルからの皮肉を受け流すように穏やかに微笑んだまま、言葉を続けた。
「……確かに、“ふたつの作品を混ぜて中途半端になった”というご意見はもっともです。
ですが私は、あれを“失敗”と断じきるのは、少し早計な気がしているんです」
エルが腕を組んだまま、わずかに眉を上げた。
「新規の方が見れば、わからない部分がある。それは事実です。
でも、そのわからなさを“入口”として、誰かと一緒に観ることで理解していく――
そういう“つながり方”を持てる作品だったと思うんです」
アールは、ゆっくりと周囲を見る。
その目は、まるで実際に“誰かと一緒に観ている風景”を思い浮かべているかのようだった。
「……例えば、ガンダムをよく知る友人と一緒に観る。今私たちがしていたことです。
“これはファーストガンダムのあの演出のオマージュだよ”とか、“このキャラは実は……”なんて話をしながら観たら、きっと一人で見るのと全然違う面白さがあるはずです。
この作品は、“ファンと一緒に観て楽しむ”という、そういう可能性を内包していた」
「……他人と補完する前提の作品っていうのは、作品の完成度としては低い」
エルが低くつぶやく。
「それでもいいんです」
アールはきっぱりと言った。
「誰かと一緒に見ることで作品が面白くなるなら、それは作品の力です。
“語り合いたくなる”というのも、立派な魅力なんですから」
その言葉に、アイは目を伏せ、淡々とメモを取っていたが、筆の動きはどこか緩やかだった。
エヌが、ぽつりと口を挟んだ。
「……うん。二人がここはああって喋ってるのは面白かった。なんかね、見てるとき、よくわからないのに、気になってしょうがなかった。
“次、どうなるの?”って……心の中でずっと思ってたよ」
「その感覚こそが、この作品の魅力のひとつなんだと思います」
アールはエヌの言葉に、嬉しそうにうなずいた。
「まるでジェットコースターのように展開が移り変わっていく――
息つく間もなく物語が進んでいく中で、“この先、どうなるんだろう”という興味は、最初から最後まで切れませんでした」
「起伏の激しさは確かにあったわね」
アイがようやく口を開いた。
「その反面、掘り下げは浅くなったけれど……」
「ええ、そういう側面も否定しません」
アールは素直に頷いた。
「ですが、“走り抜けたからこそ見える景色”もある。
描ききれなかった部分は多くても、それでも私は、物語としての力を感じました。それに、足りないところは行間を読んで補完すればよい、それが出来ないのは視聴者として未熟だ」
エルは、その言葉に舌打ちをする。
そんなエルを無視してアールは続けた。
「――この作品は、不完全で、粗もあって、だけど、その“足りなさ”に手を伸ばしたくなる魅力があった。
私はそう思っています」
アールは言葉をつなぐ前に、軽く息を吸い込んだ。
表情は相変わらず穏やかだったが、その語りには明確な芯があった。
「……それから、もうひとつ大切なことを挙げさせてください」
彼はゆっくりと、言葉を置くように語り出す。
「最終戦。“戦い”が中心にあるように見えて――実際には、“言葉”こそが戦いの核になっていたように思います」
アイがわずかにまぶたを持ち上げた。
その視線は鋭く、アールの言葉の真意を測るように注がれている。
「もちろん、MSの戦闘シーンは多く描かれていました。
ですが、決着をつけたのは“力”ではなく、“言葉”だった。
キャラクター同士が、想いを伝えることで理解し、未来を選ぶ――それは、どこかニュータイプという人類の革新、平和への強い願いが込められているように感じました」
「……言葉、ねぇ……」
エルが低く呟いたが、それ以上は口を挟まなかった。
「私は、それを“メッセージ”として受け取りました。
この作品は、ただ戦うだけの物語ではなく、“戦わずに済ませるための物語”だったんです」
エヌが小さく頷いた。
「うん……みんな、最後には……キラキラでお互いが分かり会えてたもんね」
「ええ、そうなんです」
アールはエヌに微笑みかけてから、続けた。
「そして何より――作画が素晴らしかった。綺麗な作画で、ここまでのガンダム作品が見れる。それは、素晴らしいことです」
「まあそれは俺も同意だが」
エルが横目でつぶやく。
「特に、“ガンダム”のデザインについて。
今回は、従来の無機質なロボットというよりも、どこか有機的で、生き物のような雰囲気がありました。特に、顔のデザイン。とてもよかったです。それが、この“新しいガンダム”の個性だったのではないかと思います」
アールの声は静かだが、確信に満ちていた。
「そして――物語の結末も、私はとても満足できるものでした。
基本的にはハッピーエンド。主要キャラは、基本的に皆自身の望みをかなえることが出来た。
エンディングの映像を見返した時には、少し感動の気持ちを覚えました。これは、ファーストではできなかった、“平和的解決”の形です」
アールの声は柔らかく、それでいてどこか希望に満ちていた。
「……あれをハッピーエンドって言うのかねぇ……人がたくさん死んでるのに」
エルがぼそりと漏らした。
けれど、その声にいつもの毒はなかった。
どこか、納得したい自分と、それを認めたくない自分がせめぎ合っているような、不器用な言い回しだった。
沈黙が少しだけ流れたあと、アールはボソッとつぶやいた。
「あとね、エルが“良くない”って言ってた……あの、オマージュ。僕は、楽しかったですよ」
「……そりゃあ、お前が馬鹿なファンだからだろ」
エルが即座に切り返す。
けれど、それもどこか棘のない、いつもの調子だった。
すると、アールが笑顔のまま、ひときわ静かな声で返す。
「……あなたこそ、オマージュを素直に楽しめない、厄介なバカなんじゃないですか?」
一瞬、時が止まったような空気が流れる。
「……やるか?」
エルの眉がぴくりと跳ね上がる。
「外に行こうぜ、お前と殴り合わないとダメそうだ」
「ええ、望むところです」
「……スリッパで制裁、いこうかしら」
アイが、手元のノートをパタンと静かに閉じた。
その音は、小さくとも鋭く、まるで裁きの鐘のように響いた。
沈黙。空気がぴたりと凍る。
エルとアールは、ぴくりと肩を揺らしながら同時に口をつぐむ。
「……ねぇ、今これ、何ページ目だと思う?」
アイの声は静かだったが、確実に殺気を帯びていた。
「……申し訳ありません」
アールが即座に背筋を正す。反省の姿勢は満点だ。
「ちっ……あーもう、わかったよ」
エルも渋々と腕を組み直し、目をそらした。
だがその額には、一筋だけ冷や汗がにじんでいた。
――誰も、アイのスリッパの速さに勝てない。それがこの店の絶対ルールだった。
アイは、スリッパ制裁をちらつかせた後の沈黙の中で、再びノートを開いた。
ページを一枚めくり、乾いた指先でなぞるように言葉を探す。
「……この作品ね、良くも悪くも“ガンダムという看板ありき”で二人とも語っているわ」
静かに、それでいて鋭く口を開いたその声に、場の空気が変わる。
「つまり、“良い”って言ってる人は過去作のオマージュに心動かされてるし、
“悪い”って言ってる人も、結局それに引っかかってるの」
アールがわずかに身じろぎし、エルは無言のまま指を組んだ。
「それでお互いを厄介なファンだ、視聴者だとして未熟だ、ってバカにしている。結局、どっちもやってることは一緒。“自分と違う評価をしてる相手”を、見下してるだけなのよ」
「……ああ、耳が痛い話だな」
エルがボソッとつぶやいたが、それに対する返答はなかった。
アイは視線を上げた。
その目は冷ややかで、だがどこか、誰よりも真剣だった。
「私に言わせれば――この作品、面白いかどうかはさておき、
“観た人の解釈を試すための試金石”みたいな構造をしているのよ。
つまり、“自分が何を信じて物語を観てるか”が、自然と表に出る作りになってる」
「信じて……観る」
エヌが小さく呟く。
「ええ。アールが言ったように、作品が良くなるように想像して、いや妄想と言ってもいいかもね。そういう人にはちゃんと良いところが見える。
逆にエルのように、物語の構造や整合性から冷静に評価したい人には、粗さや投げやりさが目立つ。
どっちも間違いじゃないし、どっちも作品が意図して見せてる“鏡”なのかもしれないわね」
アイはふっと笑った。
「ある意味、そういった人同士のやり取り、戦争と言っても良いかしら。それによって物語が完成している作品、そう言っても良いかもしれないわね」
しばらくの沈黙のあと――
ふわりとした声が、テーブルの端からこぼれ落ちた。
「……えっと、僕の番、かな?」
エヌが、少し照れくさそうに顔を上げる。
手には、食べかけのプリンの皿をまだ大事そうに抱えている。
「ガンダム……っていうシリーズ、僕は初めて見たんだ。二人が評論会で、引き合いに出してしているのは聞いたことがあったけど」
彼の言葉に、エルが鼻を鳴らす。
「素人視点ってやつか。まあ、重要だな」
「うん。だから、正直に言うとね、後半の方はほんとによく分からなかったよ。
ララァって人が何をしたいのかとか、その思い入れとか、夢がどうとかさ」
アールが申し訳なさそうに目を伏せる。
だがエヌは、どこかにじんわりとした熱をこめて、言葉を続けた。
「でもね、最初の宇宙のシーンから始まったとき、なんだかワクワクした。
ロボット……だよね。機械が静かな、暗い場所。どこか遠くの、宇宙。そこで戦っててさ。金属音が綺麗で……ああ、物語が始まるって思った」
アイがほんの少し、目元を緩めたのをエルだけが気づいた。
「それからマチュの、宇宙に作られた人口の星……コロニーだっけ。空は頭の上じゃなく、足の下にあるって言うシーン。凄く印象的で、幻想的で、音楽も相まってワクワクした」
その声は、いつものエヌよりも幾分か高く、興奮が伝わってくる。
「それに、何て言うのかな、“あちらの世界の人間の悩み”っていうのが、すごく新鮮だった。
現実の悩みじゃなくて、だけど、似てる。分かるような気がして、面白くて……」
エヌは少し考えるように目を泳がせ、それから、にこっと笑った。
「それに――ふたりが横でわいわい言ってるのを見ながら観たの、すごく楽しかったんだよね。
ここが過去作のオマージュだとか、これは違うとか、いっぱい話してて。
僕には分からないところも多かったけど、そのおかげで、逆に興味が出たっていうか、特にシリーズの
過去の作品を見たいと思ったんだ」
エルとアールが無言で顔を見合わせた。
言い合いは絶えないふたりだが、どこか納得したように視線を外す。
「だから……たぶん、良い作品なんだと思うな」
エヌは、スプーンをプリンに刺しながら、ぽつりと最後に言った。
「全部を理解できたわけじゃないけど、もっと知りたいって思ったから。
知らなかった世界に、ひとつ扉が開いた気がした。
そういうのって、“良い作品”って言うんじゃないかな」
静かで、素直で、まっすぐなその言葉に――評論会の場が、ふっと柔らかく緩んだ。
「……一番まともなこと言ってる気がしてムカつく」
エルが小声でつぶやき、アイは吹き出しそうになりながらも耐えた。
「それじゃあ」
アイが機械を操作し、レビューを取り出す。
「今日は、せっかくだしカレーにしましょう。あと、今日はもう喧嘩はナシでね?」
「それはエルしだいですね」
「黙れ金髪」
「それで結局、GQuuuuuuXのuが6個あるのってどういう意味なのかな?」
雑貨屋の机に、物語の感想がひとつ、またひとつと積み重ねられていく。
評論会は終わりに近づいていたが、
この小さな部屋にはまだ、語り足りない思いと、虹色の余韻が残っていた。