『機動戦士 Gundum GQuuuuuuX」の評論会 中編(エルの視点)
「おまえそれでも“良かった”って言えるのかああああああああっ!!」
ドカッ!
「ぐえっ!? いやっ、だって、後半の演出は本当に情熱を感じたんですよ!?」
「あんな意味不明なストーリーに感心しやがって、この脳みそが砂糖で出来たバカ野郎が!
「はあ?理解できないお前こそバカなんですよ。そんなんで生きてて楽しいんですか!」
「だからって!!何でガンダムが巨大化するんだよ!」
バシィ!
「ひぃっ!? エルさん、スリッパは武器じゃありません、武器じゃ――うわ、二段構えっ!? ずるいっ!」
雑貨屋のテーブルの上で、銀髪と金髪が入り乱れ、スリッパとティーカップが宙を舞う。
椅子は倒れ、花瓶は傾き、観葉植物がスローモーションで横倒しになった。
そのどれもが空中で傾き、倒れかけつつも、静止している。
アイの魔法によるものである。
「ねえ……これは、評論会……だよね?」
エヌが困惑した顔で、ぐらぐら揺れる棚の影から顔を出す。
その手には、さっき食べかけたプリンの皿がしっかりと握られている。
「……形式的にはね」
アイはため息をつきながら、コーヒーを飲む。
その様は、この様子を見慣れているようであった。
対照的な二人が暴れまわるさまは、まるで美しい舞踏のようですらあった。
閑話休題。
スリッパは回収され、割れたティーカップはアールの懺悔とともに修復魔法で直され――ようやく、雑貨屋には静けさが戻ってきた。
円盤は再び停止し、映像の余韻だけが、空気の隙間に淡く残っている。
「……で、」
アイが無感情な声で促す。
「そろそろ、まともなレビューに入りましょうか」
「……ったく、殴り合いまでして語るような作品かよ」
エルは乱れた銀髪をかき上げながら、椅子に座り直した。片目をつむり、少しだけ言葉を選ぶ素振りを見せる。
「点数で言うなら……30点、ってとこだな」
場がしん、と静まる。アールの眉が、ぴくりと動いたのを、アイは見逃さなかった。
「俺たちは以前にも、このシリーズ――初代、Z、逆シャアを評論したことがある。あの時はな、俺もわりと感心したんだよ。空の上で戦う世界観、あっちの世界の科学力による演出、こっちじゃ到底再現できねえ舞台。そういうのは、やっぱりワクワクする」
エルは肘をつき、指先でコースターを回しながら続ける。
「だけど今回の“GQuuuuuuX”――なんつーか、オマージュばっか目立ってた。例えば、セリフで言うなら、「見せて貰おうか」とかさ。見てて“ああ、そこ拾ってきたのか”って気づくのは悪くねえ。でも……」
そこで言葉を切り、目を細める。
「俺にとっては、それが面白くなかった」
その一言に、アールのこめかみがピクリと震えた。
「……はあ? “オマージュ”が良いんでしょう? そこに“敬意”と“解釈”があるじゃないですか」
「お前はすぐ“敬意”って言うけどな、焼き直しをありがたがるのは信仰だよ。評論じゃねえ」
「……続けなさい、エル。最後まで聞きましょう」
二人が喧嘩になりそうなのを食い止めるべく、アイがエルに続きを促す。
エルは組んだ腕をほどき、今度はやや前傾になって言葉を継いだ。
「本来、丁寧に扱うべき“過去作の要素”がさ、ただのネタとして投げ込まれてる。
わかるか? “オマージュ”ってのは、本来そこに意味があるから活きるもんだ。観てる側が、“あっ”て思うだけじゃなくて、物語の中でちゃんと機能するから意味がある。
でもこれは、違う。ネタとしてしか扱ってない。突っ込みながら見るための、ただのネタだ。だから、すっげぇ冷めるんだよ。つまり、ワクワクしない」
エルは、一拍置いてから、さらに言葉を重くした。
「その使い方の下手さは、キャラにも出てる。
過去作のキャラクター、わざわざ出してきて、何やらせるかと思えば……特に大したことはしない。“出したぞ感”だけで満足してる演出、正直、寒い」
アールの手元のカップが、小さくカタカタと音を立てた。
それでもエルは止まらない。
「こういうのってさ、喜べる人は喜ぶんだろうよ。“うわー、〇〇出た!”って。
でも、それってもう、ただの反応装置なんだよ。
“あのキャラが出た”だけで、反射的に喜べる奴らのためのさ――何というか、“過去作の墓荒らし”ってやつさ」
彼は吐き捨てるように、言い切った。
「結局、これを楽しめるのってさ、オマージュが出てくるだけで拍手して満足する、“ファンのバカ”だけなんじゃねえの?」
その瞬間、アールの指先がぴたりと止まった。
笑顔も消えかけ、ただ静かにエルを見つめていた。
沈黙が、場に降りる。
そして――
「……発言の言葉は選びなさい」
アイが静かに口を挟んだ。
「表現の自由は許すけれど、無意味な侮蔑は、レビューじゃない」
「……ふん。言いすぎたかもしれねぇが、感想に嘘はないぜ」
エルは一度、息をついた。
さきほどの怒気を含んだ口調から、やや冷静な分析の色へと舵を切る。
「それから……全体の構成として、ふたつの“軸”を混ぜすぎたのも、正直良くなかった」
指を二本、机の上で軽くトントンと鳴らす。
「“クランバトルのマチュ絡みのストーリー”と、“一年戦争がらみの設定”――このふたつ。
どっちも別に悪い題材じゃない。でも、同時にぶつけるには方向性が違いすぎたんだよ」
エルの声には、分析者としての冷たさと、ほんのわずかな惜しむような温度が混じっていた。
「新規勢からすりゃ、あの“一年戦争”関連の背景は、正直キツいだろ。過去作見てなきゃ、誰が誰で何を背負ってるのか、意味がわからん。
本来情報量は多いのに説明が少なすぎて、途中で視聴者置いてく気満々だった」
そこで指を止め、逆にもう一方に目を向ける。
「けど、“クランバトル”の要素は……これはわかりやすかった。構成もシンプルで、キャラの関係性も追いやすい」
そして、エルは少し目を細めた。
「特に、あのマチュとニャアン――あのふたりの描写は、案外悪くなかった」
一瞬、アールが驚いたようにこちらを見る。
だがエルは気づかぬふりで、淡々と語り続けた。
「ニャアンってキャラは、何も得てこなかった少女だ。家も人間関係も空っぽで、でも、あの“ガンダム”って存在と、“シュウジ”って恋愛に、価値を見出した。
逆にマチュは、全てを得てきた側だ。成績も容姿も育ちも、何もかも満たされてる。でも、だからこそどこか“はまってない”。
そのマチュもまた、ガンダムとシュウジに価値を見出す」
エルの声が、わずかに低く、静かになる。
「何も持たない者と、何もかも持つ者。
どっちも同じ場所に価値を感じるってのは、ある意味で“若者”の本質をよく描いてたと思う」
彼は腕を組み直し、天井を仰いだ。
「そこは、認める。
人間の10代特有の、どこにも行けず、どこにも満たされない感覚。それがバトルでも恋愛でもなく、“何かを信じる”ことに繋がっていたのは、ちゃんと物語として成立してたと思う」
アールは湯気の消えかけたカップにそっと目を落とし、それを手に取った。
一口、口に含んでから、彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……やっぱり、ちゃんと見ていたんですね」
エルが「は?」と眉をひそめる。
「いえ、最初から叩くつもりで見てたのかと思ってたので。
でも、ちゃんと作品の“意図”と“芯”を見ていた。ニャアンとマチュの描写に対する言葉は、まさにそのとおりだと思います」
「俺は褒めるべきところは、褒めるんだよ。まあ待て、ここからが大事なんだ」
エルは再び椅子に深く腰を沈め、天井を一瞥した。
「……逆に、終わりの方は、正直言って意味不明だったな」
アールの指がカップの縁をなぞる。アイは何も言わずに、顎に手を添えて視線だけを向けていた。
「過去作未視聴だと、わからない要素が多すぎる。特にララァ絡みの描写」
「確かに、終わりの方はよく分からなかったかも」
そう呟いたエヌは、アイに膝枕された状態で寝ている。
エヌの特等席である。
「で、逆にシリーズを見ている人にとってはあのクランバトルは邪魔だった」
アイが静かに片眉を上げた。
「彼らが見たかったのは、恐らく“ジオンif”の深堀だ。
だって、夢の赤いガンダム、夢の“もしもジオンが勝っていたら”って設定、
そこに本来なら尺を割くべきだったんだよ。
でも実際は、どっちつかず。話の軸がぶれまくって、短い上映時間に両方詰め込んだせいで、どっちも中途半端になってる」
「……両方やるには、尺が足りなかった部分はあるかも知れません」
アールがそっと言う。
「特にひどいのがシュウジってキャラだな。途中までは、天然でボーッとしたキャラって印象だったのに、
急に“使命感”と“執着”の塊みたいになって、ララァに執着するシーンが描かれる。
でも、肝心の“彼の過去”は一切語られない。何を背負って、なぜそこに執着してるのか、見えない。
だから、共感のしようがない」
「……私は、“変化の余白”と受け取りましたが……確かに、描写が薄かったかもしれません」
アールの声に、若干の痛みが混ざっていた。
「それにな」
エルは軽く片手を挙げる。
「“ガンダムが言っている”っていう口癖、何回言わせりゃ気が済むんだよ。
最初は“キャラ付け”かと思ったけど、あれのせいでどんどん“自我のないキャラ”に見えてきてさ。
ララァへの想いも、ガンダムへの執着も、“自分の言葉”で語らないから、全部記号的にしか見えない」
アイが静かにうなずいた。
「……キャラが“記号的”。それがこの作品の致命的な欠点だと思ってる。シュウジ以外にも、ニャアンや、クランのメンバー、そう言ったキャラの掘り下げを行うべきだった。結局、クランのキャラはよく分からないまま、出てこなくなって終わりだ」
アールがゆっくりと口を開きかけたが、言葉が出てこない。
代わりに、アイがそっと口を開いた。
「……要するに、“語り足りないまま感情だけ流し込んだ”ということかしらね」
エルは頷きながら、半笑いで言う。
「そう。いい素材だったのに、調理が雑だった。
結局、見てるこっちが“補完してあげなきゃいけない”っていう、
そんな作品だったな」
エルは指先でテーブルをトントンと叩きながら、言葉を締めにかかった。
「……細かいとこも、いろいろあるけどな」
彼はやや苦々しげに笑い、言った。
「例えばさ。終盤で、ガンダムがいきなり巨大化するの、あれ何だったんだ?
いや、映像としてはインパクトあったよ。
でも、物語の中での“整合性”がどこにもない。急に物理法則が変わったのか、象徴表現なのかすら分からないまま押し切ってる」
「……そこは、“謎めいた余韻”として処理する意図かと……」とアールがぽつりと呟いたが、エルは即座にかぶせる。
「いや、謎は“伏線”とセットで存在しないと、ただの放棄だろ。まあこの作品の場合、あの伏線は何だったのか、ってなることもあるけどな」
アイのペンがぴたりと止まった。
「それと、ララァ。
あれだけシャアに執着してたのに、終盤では急に“強くなって自由になるのがニュータイプ”って結論に賛同してさ。
なんであそこ、納得してんの? 説明も、感情の積み重ねもない」
「……確かに、そこは唐突だったかもしれません」
アールは静かに目を伏せた。
「そもそもララァの扱いも悪い。なんか“物語に必要だからいる”感がすごくて、もはや“ララァである必要”があったのかすら怪しい」
エルの視線が、少しだけ遠くを見るようになる。
「……俺はな、達観してて、どこか人間味のない少女像ってのが、ララァへのイメージだった。
けど、今回の彼女は違う。表情が妙に“感情的”で、“普通の女の子”に見える瞬間があった」
アイが無言でうなずく。
彼女の視線は、ただガラス越しの空に向けられていた。
「……まあ、強いて良いところを挙げるなら」
エルは椅子にもたれ、ふっと息をつく。
「この作品は“ぶん投げ”が多い。
描写不足、説明不足、構成のちぐはぐさ――欠点だらけだ。
でもだからこそ、“想像で補う”っていう楽しみ方ができる」
アールが小さく顔を上げる。
「これは二次創作みたいなもんだ。
いや、いっそ、二次創作としてならちょうどいい。
本当にこの作品が“完結”するのは、視聴者が三次創作を作って、ようやく、だ」
彼はテーブルの上に残された、虹色の円盤を見下ろした。
「……想像力のある奴だけが楽しめる。
そんな高尚な作品じゃないけどな。
でも、“足りない”というのは、“考える余地がある”ってことでもある」
その言葉は、どこか静かに落ち着いていた。
毒も皮肉も含んではいたが、そこには珍しく、作品への一種の“余地”への肯定があった。
アールはしばらく黙っていたが、やがてふっと口元をほころばせた。
「……あなたなりに、ちゃんと見ていたんですね」
エルは肩をすくめ、少しだけ鼻で笑った。
「俺は、いつだって“ちゃんと”見てるさ」
「でも、あなた……見ながらずっと悪態ついてましたよね?」
「そりゃあ、アレが俺の“見方”ってもんよ」
「……性格、悪いですね。ほんとに」
「うるせぇよ」
そんな風にやり取りしながらも、二人の声にはどこか柔らかい調子が混ざっていた。
まるで、同じ映画を観終わったあとに、違う言葉で同じ余韻を共有しているような――そんな、不思議な空気がそこにはあった。