表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

『機動戦士 Gundum GQuuuuuuX」の評論会 前編

 強い日差しが、石畳に揺れる影を濃く落としていた。

 ここはゲートタウン。

 異世界の残滓が吹き溜まるこの街では、今日も空にまともな答えはない。

 ついこの間まではしんしんと雪が降っていたというのに、今は灼けるような日差しが屋根の上を撫で、遠くでは陽炎がちらついている。


「……天気くらい安定してくれりゃ、助かるんだけどね」


 エルは鬱陶しそうに額の汗をぬぐいながら、廃墟じみた石造りの回廊を歩いていた。

 ここは、ゲートタウンの中でもひときわ混沌とした場所――漂着場ドリフト・ヤード

 異世界から無作為に流れ着いた物品や文献、時には生き物さえもが、うず高く積まれている。

 それらの異世界の物品が多く流れ着く場所である迷宮ユグドラシルから近いこともあり、冒険者、商人など多くの人に溢れ、活気がある。

 そしてその一角には、“創作物”――つまり書物や映像記録、音楽媒体といった、世界を語るための媒体が集まる区域がある。

 エルの目的はそこだ。

 次回の評論会で取り上げる一品を探すため、彼はわざわざこの灼熱の漂着場に足を運んでいた。

 彼の目的は駄作、いや、クソやゴミという形容が似合う作品である。

 なぜなら、彼はそういった作品に低評価をつけ、こき下ろすことが快感となる生き物だからである。

(さて、今日は「良さそう」な作品があるかな)

 銀の髪を指で払いながら、エルは雑然と積まれた木箱を開け、中の本に目を通す。

 光に当てられ、本に張り付けられた魔術で刻印された文字が輝く。

 それは、本のタイトルを表す文字だ。

『1分で泣ける物語』


「うわ、タイトルからしてヤバそう、何というか物語が軽すぎて、何にも面白くなさそうだ」


 眉をひそめて本を拾い上げるが、開いたページに挟まっていた付録らしき紙片がひらひらと風に舞い、エルの足元に落ちた。

 そこにはこう書かれていた。

 ――「これは、あなたの心を一瞬で溶かす物語」


「……っは。来たな、ポエム系」


 肩をすくめつつも、エルの目が一瞬だけ細められた。

 それは、軽蔑と……ほんの少しの期待が混ざった目だった。

(まあ、どうせ粗ばかり、突っ込みどころだらけなんだろうけどね。ここまで見え見えだと評論会に出しても面白くないかな、一応、アイにも売り物にするんだからちゃんと売れそうなものを買えって言われてるし)

 そう呟いて、本を元の場所に戻すと、彼はまた次の山へと足を向ける。

 文句を言いながらも、作品を探すその姿勢はどこか真剣で、まるで“宝探し”に挑む少年のようでもあった。

 木箱を探しても、あまり良い作品はなさそうだ。

 そもそも、こういう風に適当に管理された作品は安物ばかり。

 つまり、店主が鑑定し、それでいて「普通」と判断された作品しかない。

 名作や、逆に売り物にならないレベルの駄作は店主が管理しているのだ。

 なので、今日も仕方ないから店主に話しかけることとした。面倒くさいが。

 店の奥で絨毯の上に座っているのは、この店の店主。

 薄汚れたエプロン、くしゃくしゃの笑顔――漂着物を管理する顔なじみの店主だ。


「おっ、いらっしゃい! 今日も、評論会で取り上げる作品を探してるのかい?」


「まあね」と、エルは無造作に積まれた書物の山を見やった。


「でも最近、良さげなヤツが全然なくてさ。既視感まみれのテンプレばっか」


「……そりゃそうさ。エルみたいな、性格の悪い評論家が狙ってるんだ、こっちだって渡したくないよ」


 男は肩をすくめ、鼻を鳴らした。


「君に渡すと、どんな名作でも否定されるからね。傷つくんだよ、こっちも」

「おっ?その口ぶりはもしかして、何か良い作品があるんじゃないのか、俺が楽しくなるようなさ」

「……正直、君に渡すかは大分悩んでいるんだよね」


 店主は、突然声をひそめて言った。


「というのもね……今回は“虹の円盤”、いわゆるCDに記録された作品でさ。タイトルとしては、シリーズものとしては有名なんだが、この作品は初めて見るタイトルなんだ。中身がどの程度の出来か、まったく未知数でね」

「へえ〜……」


 エルは興味深そうに眉を上げた。


「それって結構、批評家冥利に尽きるやつじゃない?」

「そうなんだよ。ぜひ君たちにレビューして欲しい。でもね、エル君の評価を見るのは少し怖い」

「はは、そりゃあ、わかる気もするな」


 銀髪の少年は肩をすくめ、軽く笑った。

 その目には、ただの好奇心ではない、批評家としての"嗅覚"がすでに灯っていた。


「で? 何てタイトルなんだ?」


 店主は一瞬口ごもったあと、覚悟を決めたように口を開いた。


「……『機動戦士 Gundam GQuuuuuuX』って言う作品さ」

「……Gundam?ああ、えーっと、ガンダムだっけか」


 エルは、ほんのわずかに目を見開いた。

 それは彼にとって、思い出と牙を混ぜ込んだ名前だった。


「なるほどね。そりゃあ、俺に渡したくない理由がわかってきた」


 彼は静かに笑いながら、記憶を辿るように目を細めた。


「昔な……かなり前だけど、“機動戦士ガンダム”、“Zガンダム”、それに“逆襲のシャア”も評論したことがあってさ」


 エルは虹の円盤を眺めながら、淡々と語った。

 その口調には過去の記憶に対する静かな熱が滲んでいた。


「正直、粗はいっぱいあったけど、それでも光る部分も多かった。演出のキレとか、設定の面白さとかね。異世界の、作者の熱量ってのは、たしかに感じたよ」


 しかし――


「そうは言いつつ、君はかなり叩いていたよね」


 店主の男が割って入ったその声には、わずかに怒りが混じっていた。

 そして、それは珍しく、抑えきれていない色だった。


「……僕はさ、あの作品、けっこう好きだったんだよ」


 目をそらしながらも、男は小さく続ける。


「だから、君の評論を読んだときは……正直、ショックだった」


 言葉の端に、淡い棘があった。

 エルは一瞬、言い返しかけたが、口をつぐんだ。


「……ま、だからなんだよ。君たちにこの“GQuuuuuuX”を渡していいものかどうか、ずっと悩んでた」


 男は虹の円盤を手のひらで転がすようにしながら、それをそっとエルの視界にかざした。

 まるで、それを託す覚悟を自問しているかのように。


「この作品が、“魂”を持ってるかどうか。君たちのサロンで、それを見極めてくれるなら――渡す価値はあると思ってる。でも……君がまた、ズタボロに叩くんじゃないかって、それが怖いんだ」


 灼熱の風が、木箱の隙間を通り抜け、虹の円盤をわずかに揺らした。

 エルはその光を見つめながら、静かに応えた。


「怖がるってことは……少なくとも、あんたにとって大事な作品ってことだろ? だったら、ちゃんと向き合ってやるよ。褒めるとこがあれば、ちゃんと褒める」


 そしてにやりと笑う。

 エルがそう言って笑みを浮かべると、店主の男もふっと肩の力を抜いたように息を吐いた。


「そうかい。……まあ、それでいいさ」



 彼は虹の円盤をそっと差し出した。その表面は陽光を反射して、七色にゆらめいていた。


「正直言ってね、君たちのレビューは好きなんだよ。辛辣な意見も、甘い評価も、両方そろっててわかりやすいからね。……僕はアールくんや、エヌくんの感想を楽しむとするよ」

「へっ、変わってんな。……ま、ありがとよ」


 エルは片手でそれを受け取り、くるりと手の中で転がしてみる。

 その光を、しばらく無言で見つめた。

 ――こうして、灼熱の漂着場で手に入れた一枚の虹色の円盤は、

 あの静かな雑貨屋に、波紋のような火種をもたらすことになる。

 それはまだ、エルの知るところではなかった。

 アールとエル――光と影、肯定と否定。

 ふたりの激しい言い争いが、この作品によって巻き起こることを。




 石畳の道を踏みしめ、エルは雑貨屋サロン・フロートシェルター・アイへ戻ってきた。

 扉を押し開けると、涼しい空気とともに、ほのかに煮詰まったシチューの香りが鼻をかすめた。


「……帰ったわよ」


 エルがぶっきらぼうに声をかけると、カウンターの奥から、無表情な女が振り返る。


「おかえり。それで、何を視聴するか決めたのかしら?」


 それが、店主アイだった。

 ジト目の奥にわずかに光が宿る――それは“創作物”に反応したときの彼女の癖だ。

 エルは鞄から虹色にきらめく円盤を取り出し、ひょいと掲げた。


「見ろよ、“Gundam GQuuuuuuX”。読み方は分からん。今回はこれを拾った。例の漂着場のいつもの店で見つけたんだ」

「……あら」


 アイの表情はほとんど変わらないが、手に持ったカップがわずかに傾いた。


「“G”の名を冠するやつね。で、その“GQuuuuuuX”っていうのは……どう発音するの?」

「さあな、知らね」


 エルが肩をすくめたそのとき、店の奥からふわりと現れた金髪の使い魔が、にこやかに微笑む。


「おかえりなさい、エル。今回は……少し珍しいチョイスですね?」

「そうか? 俺にはいかにも“地雷臭”って感じなんだがな」


 アールは虹の円盤を覗き込み、目を細めた。


「“Gundam”……懐かしい響きですね。私、以前のシリーズにはずいぶん感動させてもらった覚えがあります」

「お前がそう言うなら、期待はできんな」


 エルが鼻を鳴らすと、隣の棚の影から、小さな影がぴょこんと顔を出した。


「それって……ロボットの話?」


 大きな瞳を瞬かせながら近づいてきたのは、記憶喪失の少年、エヌだった。


「うん、見たことあるかも。夢で……空を飛んで、誰かが泣いてて、誰かが撃たれてた……そんな感じの」

「それ、お前の夢かよ」


 エルが苦笑すると、エヌはにこりともせず、真面目にうなずいた。


「でも……綺麗だったよ」


 その言葉に、一瞬、場が静かになった。


「……まあ、夢か記憶かはともかく」



 アイが口を開いた。


「今夜はこれで評論会を始めましょう。久々の大作モノ、楽しませてもらえるといいけど」

「期待するなよ。俺はもう、こいつを全力で叩く準備できてるからな」

「ふふ。そう言って、途中で黙るといいですね」


 アールが静かに笑った。


「……どんな作品かな。泣いちゃうかな、怒っちゃうかな……」


 エヌがぽつりとつぶやく。


「それじゃあ、早速CDを機械にセットしてと」


 アイが古びた再生装置に虹の円盤を差し込むと、かすかに魔力の反応が揺らめいた。

 異世界の遺物と、この世界の魔法の共鳴。それは、かつて誰かが意図して仕組んだ奇跡のようでもあった。


「やっぱり、異世界の技術というのは凄いですね」


 アールが小さく目を輝かせる。


「こんな小さな円盤に映像をつめこむなんて……」

「そうね」


 アイは冷めた口調のまま頷くと、右手をゆっくりと掲げた。


「……それじゃあ、“魔法”」


 いつの間にか取り出された杖で空をなぞりぼそぼそと何かを呟いた後。

 彼女の口から、一言、単純な言葉。


「封ぜよ時、虹板よ真実に目覚めよ」


 その一言を合図に、空気が静かに反転する。


「ふふ……さて、準備は整ったわ」


 彼女は円盤の再生ボタンに指を伸ばす。

 時間の止まった中で、唯一動く存在として――

 評論会は、幕を開ける。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ