③《Monster ‐怪物‐》
「烈子〜!来たで〜!」
善名が何度も何度もインターホンを鳴らして烈子を呼ぶが、中から反応はない。いつもなら呼んだらすぐ出てくる…どころか、彼らが家に遊びに来ようものなら、自宅に着く時間を考慮して、わざわざ玄関先に立っているほどの御人好しが、全く顔を見せない時点で色々と察する3人。
やっぱり、烈子の身体にも異変が起こっていると見て間違いないだろう。すぐさま裏口に回り、物置の屋根に上って、そこからジャンプして烈子宅の2階、彼女の部屋の前にある窓に到達。彼女は昔から、自分が風邪を引いたりした時には、こうして2階の窓を開けて3人が部屋に入って来られるようにしている(烈子の両親が病気を理由に合わせてくれないため)。
コンコン
「ジェシカ……大丈夫?」
烈子の部屋のドアをノックするオリヴィア。やはり、彼女の呼びかけにも、返事は返ってこない。
「お前が来いって言うたんやろ〜。」
「返事ないね…烈ちゃ〜ん。大丈夫〜?」
2人も呼びかけるが、全く反応がない。部屋には特に鍵などは付いていない。つまり入ろうと思えば入れるのだが……何分、自分たちに起こった現象の事を考えれば、烈子にも何かしら起こっていることは確実だろうし、動揺してショックを受けている可能性は高い。
コチラからズカズカと近づいて、下手に刺激したら彼女のストレスになってしまう。特に烈子は、おおらかで器が大きいように見えて、実際には4人の中で最もストレスに弱く、すぐにお腹を壊したりするタイプなのである。こういう時は自分から出てくるか、ちゃんと呼ばれてから入るのが正解だということを、3人は理解していた。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
どれくらい経っただろうか。
多分3〜40分くらい、ドアの前で座っていたと思う。彼の将軍、徳川家康は「鳴かぬなら・鳴くまで待とう・ホトトギス」というスタンスで戦国の世を終わらせたと言うが…我々も、鳴くまで待った甲斐あってか、ついに開かずの(?)扉の向こうから、か細い声で烈子の声がした。
「………ごめん。アタシが呼んだのに…入ってもいいぞ…。」
いつもの活気に溢れた声とは掛け離れた、弱々しい声が聞こえた3人は、互いに顔を見合わせて、部屋の中にいる少女に語りかける。
「烈ちゃん……本当に大丈夫?」
「………絶対に怖がらねえか?」
「当たり前じゃない。0歳のころから16年も一緒なのよ?何を今更、貴方に怖がるようなことがあるのよ。」
「………叫んだりとかするなよ…?」
「なんや、エラい元気無いなお前。ええから顔見せぇや。」
「………やだ……。」
「………入っては良いんだよね?」
「入っては良いぞ………。」
入室の許可自体はしっかり取ったので、ドアノブを回して部屋に入る3人。部屋の中には、烈子が柔道の大会で受賞してきた賞状やトロフィー、メダルがこれでもかと、1つ1つ丁寧に飾られてある。そんな部屋の隅っこのベッドの上で、少女は小さくなっていた。
しかし、布団を何枚も何枚も被っていて、その姿は全く見えない。辛うじて目が少し見えているだけでだ。
「……えーっと…とりあえず布団から出てくれないかしら。」
「………やだ…。」
「いや、もう部屋入ってもうてんから顔くらい見せぇよ。」
「……やだぁ…。」
「烈ちゃん。何があったか知らないけど……僕たち何があっても驚かないから、布団から出てきて?」
「……………本当か?」
またしばらく沈黙が続く。誰も何も言わないで10分くらい経った頃、ついに布団が動き始める。
「なあ……本当、誰にも言わないでくれよ?」
そう言って山のような布団の束から少女が立ち上がる。何枚も何枚も上から被っていた布団が、1枚1枚取れていく。
そしてついに、布団の中から姿を現した少女の姿は──────
「あらまあ。」
「嘘やろ…!」
「烈ちゃん…。」
全身が鱗に覆われ、尻尾の生えた怪物だった。ガタイの良い身体付きと、綺麗な銀髪、そして怪物になっても美形だとわかるほど整った顔立ちに烈子の面影があるものの、流石に一瞬だけ驚いてしまった3人。
立ち上がった烈子が、重い口を開けて語りだす。
「…朝起きたら…肌が…顔が…尻尾も生えてて…。何が起こったかわかんなくて……それで…さっき桜に電話して……けどやっぱり怖くなって……アタシ……ごめん……。」
涙目になりながら訴えかける少女。いつもは大きくて頼れる背中が、小さく丸まっている。鍛えて鍛えて、男子柔道部員すら軽々とリフトアップしてしまうほどに逞しい腕も、弱々しく震えている。どんな時もどっしりと構えて立っている力強い足も、内股になって、立っているのもやっと…といった感じの様子だ。
怯えるような目をした烈子に、桜少年が優しく語りかける。
「落ち着いて。このこと、他に知ってる人はいるの?」
「…いない…パパもママも仕事で早く出たから…今日は会ってない。」
「そっか…じゃあ下手に噂になることもないかな…。ごめんね…ベッドに座ってもいいから。」
小さくなったまま、ベッドに腰かける烈子。彼女を労るように、少年も横に座る。背中を擦りながら、ショックで震える少女を落ち着かせようと、少年は自分の小さな手を、烈子の大きな手に重ねる。
「………ごめん2人とも、何か水とか買ってきてくれない?烈ちゃん多分疲れてると思うから…それとヨーグルトとか、食べやすいもの。」
「そうね……ジェシカ、他に欲しいものある?」
「……そんだけでいい…。」
「そう。善名、通りのところのスーパー行くわよ。」
「えー?面倒くさいな〜…お前だけ言って来いや。」
「良いから。貴方も来なさいな。」
「えー……はーい…。」
オリヴィアに呼ばれて善名も立ち上がる。そして桜に一言、「頼むわね。」と声を掛け、部屋を出た。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
「ちょっとは落ち着いた?」
桜の優しい声に、黙って小さく頷く烈子。身長182cm体重81kg……これでも4人の中では1番遅生まれ、3月生まれなのでギリギリ同学年で1番年下なのだ。小学校までは1番背も低かったし、何より皆の前では器の大きなしっかり者…なのだが、実際には、これまた4人の中では唯一の一人っ子で、実はめちゃくちゃに甘えん坊なのだ。
桜にギュッと抱きついて鼻をすすっている。一言も喋らないが、色々な事が起こりすぎて、色々な感情が爆発してしまったのだろう。それがやっと少し落ち着いてきたようで、力が抜けてきているようだ。
「布団から出るの結構嫌がってたから、どんなことになってるかと思ったら…トカゲみたいになってただけで、いつもの烈ちゃんと変わらなくて安心したよ。」
「………アタシはビックリしたんだ……グスン…。」
「アハハ…ごめんごめん。」
「こんなんじゃ人前に出れねえよ……春の大会どころの話じゃねえじゃんか……。」
「うーん……そうだね、下手に出歩いたら、目撃した人がテレビに言って警察とかに……。」
「そんなことしたらアタシどうなるかわかんねえよぉ………ふえぇん……。」
「大丈夫……僕が守るよ。」
「…………………。」
桜の言葉を聞いて、さらにギュッと力を込めて抱きつく烈子。震えは収まったが、心臓はまだドキドキしている。
「………こんな形じゃ、みんな気味悪がって逃げて行っちまうよ。」
「こんな形……か……。」
烈子の吐いた弱音に、色々な感情と記憶がフラッシュバックする桜。
─────なんだコイツ!女みてー!気持ちワリィ!
─────髪長くて気持ち悪いんだよ!
─────お前、ホントは女なんだろ?ならあそこのデブとキスしろよ!
────キース!キース!キース!キース!キース!
女性のような容姿を馬鹿にされることなんて日常茶飯事だった少年。彼のクラスには、自分の前にイジメのターゲットになっていた太った男の子がいた。メガネを掛けて、いつも1人でいたその男子と無理やりキスさせられそうになった僕は、あまりのストレスに耐えきれなくなって食べた物を戻してしまった。
そしたら汚い汚いと言われて水をかけられた挙句、蹴られた殴られた……あの頃の自分が抱いていたのと同じ感情を、隣の少女から感じ取った桜。「ちょっとごめんね。」と烈子に声をかけ、真っ直ぐに彼女の目を見て話し出す。
「………あのね烈ちゃん。良く聞いて。」
「………うん…。」
「確かに…周りと違うって…怖いよね、不安になるよね……みんなと違うから、嫌われるんじゃないかって、馬鹿にされるんじゃないかって、思っちゃう。」
「………そんなレベルじゃねえだろ…だってこれ…バケモンになっちまって…。」
「………僕も去年の9月頃からかな、「女みたいで気持ち悪い」って言われてたの思い出すよ。髪だって肩まで伸ばしてたし、声は高いし、童顔だし。」
「そうだったな……ごめんな…アタシらがもっと早く気づいてれば…。」
「………それでさ、僕、ホントに男かよーって、みんなの前でパンツ脱がされたり、男子とキスさせられそうになったり、とにかく大変だったよ。この服もこの髪型も、好きでやってるのにさ。」
「………あとから聞いたよ。3人で慰めたよな…。」
「その時、1番僕の家に来て隣に居てくれたの…烈ちゃんだったよね。あの時だけじゃない。昔から、1番優しいのは何時だって烈ちゃんだったじゃん。それでさ、烈ちゃん、僕になんて言ってくれたか覚えてる?」
「……………?」
「覚えてないかー。僕、すっごく嬉しくて一生忘れないと思うんだけど。」
「アタシそんな良いこと言ったのか?」
「うん。「周りがお前のことをどんな風に言ったって、いつもアタシの隣に居てくれる春風桜がカッコよくなかった日は1回も無かった」って。「誰が何と言おうと春風桜は最高だ」って、言ってくれたよね。」
両手で烈子の頬を優しく包み込み、しっかりと少女の目を見て話す桜。烈子の大きな目から流れ落ちる涙を見ていると、こっちまで泣きそうになってくるが、必死に堪えて、話を続ける。
「その言葉、今の烈ちゃんにそっくりそのまま返すよ。16年間、僕の横に居てくれてる烈ちゃんのこと、いつもカッコいいって思ってたし、時々見せる甘えん坊さんなところがとっても可愛いし、喧嘩もたくさんしたけど、嫌いになったことなんて1回もないし、これからも絶対にない。」
「桜………!」
「だからほら、泣かないで?美人が台無しですよ。」
「んん………うぅ……桜ぁアタシ……。」
「うん……大丈夫。僕も…オリヴィアもジェニーも、絶対にどこにも行かないから。」
少年の言葉を聞いて、ますます涙をこぼす烈子。その様子を見て、少年はそれ以上何も言わず、優しく微笑むのだった。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
そんな2人の会話を部屋の外から聞いていたオリヴィアと善名。肩をすくめながらオリヴィアが善名に言う。
「ね?だから2人きりにしたほうが良いって言ったでしょ?」
「へいへい……お前の人を見る力には敵わへんわ。」
素っ気ない顔をして言い返した善名が、勢い良くドアを開ける。
「おーい!帰ったで〜!どや!烈子、元気出たか?」
「おう。心配かけたな。もう大丈夫だ。さ、早く桜の家に戻ろう。2人のことも桜から聞いたぞ。」
先程までの弱々しさが嘘のように、スッと立ち上がった烈子を見て、オリヴィアが微笑む。
「やっといつものジェシカに戻ったわね。さ、この後はどうする?」
「うん…とりあえず何が原因で僕たちがこんなことになったのか考えよう…あとは…そうだね、こうなってしまった以上、うまく能力をコントロールできないとダメだろうから…特訓あるのみだね。」
「てか烈子よぉ。そのままやったら外歩けへんで、どないするんや?」
「そうよ、映画の撮影だって言っても、ここまでリアルなんだもの、誰も信じてくれないわ?」
「………烈ちゃん、落ち着いて、ゆっくり深呼吸して、心の中で「戻れ〜!」って思いながら、元に戻るイメージしてみて?」
「わ、わかった…よし……スー……ハー………。」
「そうそう…続けて。」
落ち着いて深呼吸をする烈子。すると、鱗に覆われていた肌が徐々に普通の人間の皮膚に戻っていく。尻尾も短くなっていき、ついに普通の人間の姿に戻ったのであった。
「とりあえずこれで大丈夫かな。」
「よっしゃ!ほんなら行くで〜!」
「ああちょっと、待ちなさいよ…。」
勢い良く階段を下りていくオリヴィアと善名。2人に続いて部屋を出ようとした桜だったが、後ろから烈子に腕を掴まれる。
「どうしたの?」
少年のキョトンとした顔を見て、烈子は可愛らしい笑顔で答えた。
「へへへ……桜、ありがとな。」