②《Awakening ‐覚醒‐》
■1 Week Later U.S.A …■
「は、離せ!」
武装した男たちに捕まえられて、白衣の科学者が広い部屋に突き出される。胸には銀色のアタッシュケースをしっかりと抱き抱えている。
「これは…これだけは渡さんぞ!」
抵抗する科学者。しかし、体力と力では敵わないのか、片手であしらわれ、放り投げられてしまう。そして髪の毛を捕まえれ無理やり起こされたあと、両サイドと後ろに立っている男たちに銃口を突きつけられてしまった。
「ぐ………。」
抵抗しようにも敵わないことを悟った科学者。弱々しく座り込んでいると、目の前の玉座に座っている男が語りかける。
【これだけの追っ手を相手に、良くもまあ今の今まで逃げ回っていたものだ……久しぶりだなドクター、愚かな裏切り者の科学者よ。】
黒い鉄仮面の男が、科学者を睨む。
【貴様がその薬を完成させたと聞いた時は、吾輩も心躍ったものだ。あれだけ時間と孤児をモルモットにして、完成したのは1つだけ…飲んだ人間の遺伝子を突然変異させ、超人に変える夢のような薬……先日の研究所の事故の際、どさくさに紛れて薬ごと貴様が消えたと聞いた時には、怒りのあまり叫びそうになったが………どんな心境の変化があったのかね?】
「愚かな私は、この薬が完成したあとに気づいたのだ!悪用されれば、恐ろしい結果を生む!悪意を持った人間が使えば、人類を滅ぼす可能性だってある薬だ!そんなモノを作ってしまった者としての…せめてもの罪滅ぼしだ!」
【罪滅ぼしか……今更やっても貴様のやったことは変わらん。薬もこうして戻ってきた。己の罪を一生背負って生きていくんだな…………おい、ドクターから薬を奪え。】
鉄仮面の男の合図で、ドクターを囲んでいた男たちが、アタッシュケースを奪わんとする。3人の男に取り押さえられながらも、絶対に渡すまいと抵抗するドクター。しかし、無情にもアタッシュケースは、3人の男に無理やり奪われてしまった。それを見て、鉄仮面の男が【持って来い…!】と命令を下す。
3人の男たちからアタッシュケースを受け取った鉄仮面の男。銀色に輝くアタッシュケースの中から、慎重に取り出したのは──────
【…まさかメロンソーダの缶で保存していたとは。人間を超人に変えてしまう世紀の大発明をこんな物に入れておいたのでは、貴様以外誰もこれが研究成果だとは気づかんだろうな。】
プシュッ
タブを倒して、缶の蓋を開ける鉄仮面の男。その様子を見て、ドクターが叫ぶ。
「やめろ!お前だけは…お前だけはそれを飲んではいかん!」
【今更遅い……。】
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ドクターの静止を無視して、缶を口へ運ぶ。そのまま勢い良く喉に流し込み、ついにはキレイに飲み干してしまった。
缶を捨てる男。再び黒い鉄仮面を付け、ドクターに向かって言い放つ。
【フフフ……フハハハハ!これで吾輩は超人になったぞ!どんな能力が覚醒するかは飲んだ人間次第だと貴様は言っていたな…これからどのような力が手に入るのか、楽しみで仕方がない!貴様は牢につなぎ、これからこの薬を量産するために死ぬまで働いてもらうぞ!】
「な……何ということだ…!」
苦しそうな顔で、鉄仮面の男を見つめるドクター。目に悔し涙を浮かべながら、その光景を見つめることしかできなかった。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
■1 Hour Later …■
【………おいドクター。】
「な…なんだ!」
【何も変わった気がせんが?】
薬を飲んだはずの鉄仮面の男に何も変化が起きない。すでに1時間以上経っているのに、超人になった感じはしない。その様子を見て、真っ先に声を荒げたのは、捕らえられているドクターだった。
「そ……そんな馬鹿な!確かに研究は成功したのだ!それを飲めば人間の遺伝子と細胞が突然変異を起こし、超人に……!」
【………貴様、まさか偽物を後生大事に抱えていたのか?】
「そんな馬鹿な!その薬は正真正銘この世にたった1つ…………ん?」
その時、ドクターは思い出した。
それは1週間前、逃亡生活の中でたまたま日本に上陸した時のこと。無我夢中で走り回っていた街中で、ガタイの良い美女にぶつかって、1度だけアタッシュケースの中身が地面に飛び出てしまった事があった。急いで拾い上げたが、その時、そのガタイの良い美女が持っていたジュースが、偶然にも薬を入れていたジュースと同じ缶だったのだ。慌てていたので気づかなかったのだが、恐らくその時───────
「ククク……そうか……そうかぁ!残念だったな!お前の思い通りに事は動かん!本物の薬は既に…!」
【貴様……!】
(これで……これで良かったのだ…!願わくばあの4人の若者たちが、平和を愛する者たちであることを…!)
【確か貴様が捕らえられたのは日本だったな…それだけ分かれば十分だ…《アニモシティ》を呼べ!日本に向かわせろ!】
怒りに震える鉄仮面の男。部下に命令を下し、やり場のない怒りを握りしめながら、玉座に腰を掛けるしかなかった。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
一方その頃、日本では、また毎週土曜日の日課通り、春風邸に幼馴染み4人が集まろうとしていた。が、今日は各々予定があり、家にいるのは家主の桜と、仕事がオフだったオリヴィアだけなのだった。
「オリヴィアごめんね、朝から掃除の手伝いなんかさせちゃって。」
「良いのよ。それに案外キレイで驚いてるわ。」
「まあ、桃ちゃんが学校行ってる間に僕が掃除してるからね。」
いつも通り、くだらないお喋りをしながら手を動かす2人。すると、色々な雑貨が入っている棚の高いところを掃除していたオリヴィアの肘がコインケースに当たって、中から小さなコインのような物が落ちて、棚と床の間に入っていってしまった。
「あら!ごめんなさい…手が当たってしまったわ。」
「気にしないで。それよりオリヴィアが椅子から落ちなくて良かったよ。」
「ええ、けれど高そうなコインが隙間に…私ちょっと取れないか見てみるわね。」
急いで椅子から降り、棚の下の隙間を覗くオリヴィア。いくら小さなコインと言えど、人の家の物だし、この家にあるものは何が高価な品なのか分かったものではない。一刻も早く見つけ出さんと、暗い隙間の中に視線を潜り込ませる。
すると─────
ピカッ
「あら、ありがとう桜。良く見えるわ……あったあった、見つけたわよ。」
隙間を照らした光のおかげで、奥の方に転がっていた小さなコインを見つけ出すことができた。手を深くまで入れ込んで、金色に輝くコインを掴むと、オリヴィアは立ち上がって、桜に改めて礼を言う。
「助かったわ。懐中電灯、持ってたのね。」
「いや、オリヴィア、あの……僕ずっと台所の掃除してたけど。」
「何言ってるの、後ろから照らしてくれたんでしょう?ほら、おかげさまで簡単に見つけられたわ、このコイン。」
「いや、僕本当に何もしてないっていうか……。オリヴィア?」
「何かしら?」
自分の顔を、なんとも言えない表情で見つめる桜に向かって、オリヴィアが首をかしげる。
「どうしたのよ、何か付いてるの?」
「いや、あの、オリヴィア………。」
「勿体ぶらないで言いたいことは言いなさいよ。」
「うん……えーっと……。」
「目が光ってます。」
「………はい?」
「いやあの、目が光ってるんですよ。」
「………口説いてる?」
「いや、そんな君の瞳が綺麗的な意味じゃなくて…えーっと……あの、君は素敵な女の子だけどそれどころじゃなくて、物理的に発光してる。目が。はい鏡。」
目の前の少年が言っていることがまるで理解できないオリヴィア。目が物理的に光っている?ピカピカと眼球が発光しているということか?一体何を言っているんだろう目の前の幼馴染みは。
そう思いながら、受け取った手鏡で自身の顔を確認する。なんだ、いつもと変わらない私の…オリヴィア・ミラーの顔じゃないか。
透き通るような白い肌、ホワイトニングなど必要のない綺麗な歯、バラのように赤い唇、キューティクルなブロンドの金髪、人形のように高く小さい鼻。
そして親譲りの青い目。
親譲りの………。
青い目が黄色に発光していた。
「ほらね。」
「キャアアアアア!何これ!イヤアアアアア!目が!目が光ってるわ!?」
「うん、だから僕さっきからそう言ってるじゃない…。」
「そんなの本気で信じると思うの!?何…よこれ!?」
「そんなの僕に聞かれたってわからな……い……あ、電話だ。出て良い?」
「そんなの知らないわよ!」
ガチャ
「はい、もしもし…春風です。あ、ジェニー?うん。あ、近くの公園の公衆電話?うん…え?窓開けて待っとけ?なんで?……う、うん。はーい。」
ガチャ
「………善名?」
「うん、なんか見せたいものあるって。外出て待ってろって。」
「こんな目で外になんて出られるわけないじゃない!」
「オフにできないの?深呼吸して「消えろ〜」って心の中で思ってみたら?」
「消えろ……消えなさい……お願い消えて……!」
「どんどん謙遜になってく……あ、でも光消えたよ!」
「本当!良かったわ〜……仕事に支障が出るもの!」
「そういう問題?」
シュボーーーーーーー!
オリヴィアの目の発光が収まったのも束の間、今度は何かの物体が、空を切って向かってくるような音が聞こえてくる。方角は家の前方の大通り…さっき善名から電話があった公園の方に続く道だ。
音が徐々に近づいてくるにつれて、道の向こうからオレンジ色の物体が近づいてくるのが見える。太陽の光に照らされてピカピカと輝きながら近づいてくるそれは、空中をまっすぐに飛んでいたかと思うと、次の瞬間、空の彼方へと猛スピードで昇っていく。
それを黙ってみていた桜とオリヴィア、再びフリーズ。
すると、先ほどのオレンジ色の物体が、空から2人の眼の前に、これまた猛スピードで降りてくる。
「Yeaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!Fooooooooooooooooooooooooooooooo!」
オレンジ色の物体は、桜とオリヴィアの目の前で停止。光を放ちながら、こちらに向かって飛んできていた物の正体が、燃え盛る炎であると判明して驚愕する2人。
しかし、それを超える衝撃の事実が、間髪入れずに判明する。
「善名!?あんあ貴方!燃えてる!体が燃えてわ!」
「ジェニー!オリヴィア消化器!廊下にあるから消化器持ってきて!早く!」
慌てふためく桜とオリヴィア。炎を纏って飛んでいたのは、これまた幼馴染みの不知火善名だったのである。ギャーギャーと騒ぐ2人を見て、大笑いしながら善名が声を掛ける。
「大丈夫やで!これ全然熱ないねん!」
「いや、「熱ないねん!」じゃなくて!服服服!燃えてるから!ていうかこっちは普通に熱いよ!」
「何!貴方どうしたの!どうして体から炎が出てるのよ!?」
「さっきクシャミしたら火ぃ出てん。ほんでな、からだ燃えてん。」
「いや、そんな他人事みたいに…。」
「桜も手ぇ光ってんねんで?」
「……んえ?」
「いや、手ぇ光ってんねん、桜も。」
「手?手がなんで光るn」
「ほえー!?」
「驚きかた可愛いねんお前。」
突如として、少年少女たちの身体に起こった異変。驚き、慌て、大笑い、三者三様の反応を見せる彼ら。
しかし、このスーパーパワーが、後に自分たちの運営を大きく変えることになり、そして多くの人々の命を救うことになるのだが、それをまだ、彼らは知る由もない。
「あれ?烈子おれへんな。オリヴィア〜、烈子は?」
「ジェ、ジェシカ?そ…そういえば今日はまだ…ねえ…連絡もないし…桜は何か聞いてる?」
「ん、ん~ん?何も連絡はもらってないけど…風絵も引いちゃったのかな?」
「せやけど昨日は普通やったで?」
「そうなんだ……もしかして烈ちゃんも…。」
ジリリリリリリリリン!
ジリリリリリリリリン!
「あ、電話…。」
「ジェシカかしら?」
「わかんない…ちょっと出てくるね?」
2人をその場に残して電話の方に走っていく桜。鳴り響くベルを止めるために、素早く電話を取って耳に近づける。
ガチャ
「もしもし、春風です……あ、烈ちゃん。どうしたの?何かあった?………うん……うん……え…家に来てほしいって……何かあったの?うん…詳しくは家で話したいって?うん…うん…わかった!すぐ行くね。」
ガチャ
「ジェシカかしら?」
「うん…家に来てほしいって…相談したいことがあるって。」
「………ウチ、なんか嫌な予感すんねんけど。」
「あら、奇遇ね善名。私もよ。」
「………とにかく烈ちゃんの家に行こう。」
なんとなく、この後に起こるであろう事態を予想しつつ、靴を履く桜とオリヴィア。そして、服が燃えてしまってほとんどスッポンポンだった善名には、桜の妹である桃の服と靴を貸して、3人で春風邸を出る。
原因も理由もわからない現象に驚きを隠せない3人。言いたいことや、確認したいことは山ほどあるが、とりあえず、電話してきた幼馴染みの家へと歩を進めるのであった。