9 万燈
あやめとおばあちゃんが万燈を見出してから数分が経った。薄ぼやけた提灯と、小学生が演奏する山車の蛍光灯で灯りを保っている。気が付くと辺りは薄暗くなり始めた。
民家とシャッターを降ろした空き家ばかりで灯りはない。昔は祭りの時この辺りも人でごった返していた気がする。
「そろそろ、屋台の方へ行くべ?あやちゃんは何が食べたい?やきそばか?お好み焼きか?」
手押し車がコロコロ回る。
昔は商店街だった文房具屋や玩具屋を抜けて、寂れた町を歩く。所々店が開いていて、店の主人がビールとおつまみを売っている。
「ここ、昔風船売ってた……」
もう閉じてしまったシャッターを見た。
「あやめちゃんが来なくなってから、直に跡取りが東京さ出て、店主も老いて施設に入ったべ」
もっと個人経営の店も多かったのだ。人の往来も……。電柱に吊るされた提灯だけが名残を残している。
「ああ、一度寂れると元には戻らない。あそこも、ここも駐車場になってるべ。家を管理出来ないから更地にしてるべ。これなら木が生えても直に切れる。ばっちゃんの裏山は畑を耕さなくなったら山に消える。下は過酷な環境だからだべ」
「駐車場なら借り手がいるの?」
「いいや。みんな車持ってるから、家の敷地に駐車場があるべ。更地は更地のまんま不動産会社が管理してるだべ。家が潰れたら、ほれ、古民家を移籍させて観光資源にするつもりだべ。」
弥彦がスマホで見せてくれた。明治時代の建物群が並んでいる。外観を見ていても楽しそうな場所だった。
数件の建物を移籍していて明治時代から昭和初頭の建物だった。防犯のため建物は施錠されている。
「あやめ?」
聞き覚えのある声がする。弥彦が同級生と祭りに参加しているようだった。半被を来てジュースを飲んでいる。
「何知り合い?」
浴衣を着た女子があやめを睨んだ。
GUのワンピースを着たあやめを舐るように見ている。
「ごめん。又、後で電話する。川村弥彦です。はじめまして。すみません。又の機会に……」
男の同級生と女子を連れて、あやめに背を向ける。
女の子が何か言っているが、弥彦が反対側に押しやっていく。あやめに興味がある周りを無視するように弥彦が進んで行く。
「ばっちゃんに挨拶ばしていったな……。あの若造。まあ、あやめは目立つばあたり前だべ。餓鬼のくせに一丁前に色気づきあって……」
「弥彦は悪い人ではないよ」
「男はみんな嫌な奴だべ。好きな人以外にはな……」
あやめは言葉に詰まった。弥彦は良く分からない存在なのだ。二人は歩みを進めた。
その時、屋台街が広がった。的屋や綿飴、焼きそば、ジュース、かき氷。
あやめが昔見た景色が広がっている。
「この大通りは屋台を呼んでいるべ。昔は町の隅々まであったんだべな。」
「でも、凄いよ。頑張ってるよ。田舎は……」
緊急自粛期間で町の祭りも取り止めになったと聞いている。その間も子ども達は町を出て行っていると聞いていた。まだ、昔の光景がある。
引かれた万燈が一箇所に集まってくる。大きな駐車場だった。昔は市役所の駐車場に万燈が十台くらいあっただろうか。人がひしめき合い、太鼓と楽が演奏されている。一人の笛吹きが人頭指揮を真ん前に来て取っている。今は万燈は四台しかない。
リリリリリとおばあちゃんの携帯が鳴る。
ガラ携をコロコロから出すと、おばあちゃんは携帯に出た。
「やすこば、どした? 」
携帯に耳を当てて音を辿る。だが、おばあちゃんの顔は険しい。雑踏で聞こえないのだ。
「帰ったらかけ直すべ。今はあやめちゃんと祭りば、来とる」
おばあちゃんの顔をあやめは覗き込むと、頷いて携帯に手を伸ばした。祭囃子の中でも、かあさんの金切り声が聞こえる。
「おばあちゃん、私に貸して」
あやめが耳から携帯を引っ剥がすと、おばあちゃんは渋い顔をした。
「あやめは来年二年生なんですから!受験生何ですよ!お母さんの我儘にあやめを巻き込まないで下さい!私は元から実家に帰すのは反対だったんですよ!夏季学習にも行かないで!」
「かあさん、私。とおさんにも説明した通り、夏休み中なら宿題と塾の課題さえやれば文句なかったはずよね?塾は夏休みの間は休んでも良いって、とおさんから言われたよ。会社が忙しいのは分かってるけど、夏休みらしい事出来ないから、とおさんは賛成してくれたよ。」
「あの人の話は聞いてないわよ!かあさんは群馬へ帰るのは反対したわよね?何で言う事聞かないのよ!」
「かあさんもスマホ見ながら賛成してくれたよね?」
「覚えてないわよ!だから、あやめは……!」
かあさんの小言が続くが、あやめは黙って聞いていた。そうして低い声で呟いた。
「やっぱり私の話は聞かないんだね……」
あやめは直に携帯の通話ボタンを切った。画面をパタンと閉じる。直に折り返し着信音がするが、携帯をカバンに仕舞い込んだ。
「後で、私がかあさんに連絡するから安心して……」
「やすこには群馬に来るの話してないべか?」
あやめは首を振った。
おばあちゃんは溜息を吐いて、肩の力を落とした。
「おらからも電話するべ。あやめちゃんは居たいだけ居ればいいべ。そうだべ。焼きそばでも食べるだべ。美味いもん食べるべ」
コロコロとおばあちゃんは歩き出した。
あやめのバックから音が鳴り続けている。