8 祭り
あやめはスマホを眺めていた。
おばあちゃんが野良仕事から帰って来て、風呂場で洗濯をしている。干し終わると、あやめに聞いた。
「ばっちゃんと祭りばいくべ。今日が最終日だべ。神輿ば神社に奉納するの見るだべか?十時ば過ぎるがどうするべ」
「明日も4時から畑仕事でしょ?そんな遅くには帰りたくないでしょ? 」
おばあちゃんは頷く。
「あやめちゅんが帰りたい時間ば帰るにしょう。まだコロナの影響ば地元の人ばかりで観光客いないでよ」
家から出ると、おばあちゃんは玄関の鍵を締めた。
夕涼みの中、山に沿ったバス通りを歩く。遊歩道の小道には、熊出没の板が貼ってあった。
「おばあちゃん。裏山も危ないんじゃない?熊出てるよ」
「熊よけの鈴ば付けとるし、開けた畑には出てこんのよ。熊も生きるのに必死だけね。熊が山から降りてくるんば山に餌がないからだべ。昔は人里、何かに出てこんかった。人が一番熊を殺すだべ。山におれんくなった……熊が」
「人が多くなったの? 」
「いいや。人間が森を伐採してるで餌がねえ。ソーラーナンタラを作ってるみてえだ。だがら、ゴミがある人里に出てくるべ」
「どうなってるんだろうね。昔と今じゃ変わらないはずなのに……」
「森林破壊ばい。ご先祖様の山を売ってる悪い奴らがいるんだべ。守っていく孫すらいなくなってるだべ。みんな都会に出て、ご先祖様を忘れていくだべ」
あやめが弥彦の言葉を思い出した。
「しがらみが多いの?おばあちゃんみたいに?」
「皆が皆、同じでねえべ。我が強い奴もおるし、話ば聞かん奴もおる。下の者を蔑む奴もおる。ばっちゃんの家ば城下町の下にあるべ。昔、下は流れもんが多かったから差別ばあたり前だったべ」
おばあちゃんは嫌な顔をした。
「女は集団でおらんと慰み者の犠牲になったりもしたたべ。昔の話だども……」
「慰み者? 」
「集団暴行だべ。不同異性交だべ」
あやめとおばあちゃんは苦虫をすり潰した表情をしている。
「おなごはもっとデカい声で意見ば言わないかんだべ。悔しい事は悔しい。苦しい時は苦しい。嫌なもんは嫌だべ。おらたちのおなごは我慢するのがあたり前だったべ。姑に尽くし、夫に尽くし、家に尽くす。ばっちゃんの家族にそんな事ばさせたくねえ。子ども達には好きな事させたべ」
あやめは聞いていた。
「白いもんも黒と言わな、いかん時代だったべ。戦前も戦後もおなごが泣いてるのがあたり前だったべ。耐えるのが美徳。あたり前。誰も手を貸してくれん。ばっちゃんの時代に子どもば戻したくないべ」
「少しはマシになった?おばあちゃんの時代から見たら?」
「母が子に、おなごがおなごに、嫌な想いをさせたくねくて、一生懸命な生き方をしてるべ。」
あやめが首を傾げた。
「男の人が出てないけど? 」
おばあちゃんはガハハと笑った。
「男ば男でやれば良いべ。おなごの力さ頼るな」
あやめは弥彦の言葉を使った。
「嫌な風習とか残ってる? 」
「家の事ばおなごにさせる。ここいらは長男姑のお世話を嫁がする。今、娘しか産まなかったばっちゃん達は一人で生きてる老人ばかりだべ」
おばあちゃんは笑った。
平地を歩くと、お囃子の音が聴こえて来る。
大通りへ進むと、万燈が停まっている。丁度、人々が行き交う通りに面するように、万燈の上の小松姫の人形が向いている。
人々はお囃子を聴きながら休憩を取っていたり、写真を撮っていたりと華やいでいた。
万燈に乗った小学生が半被を着て、化粧をし、太鼓を叩いている。汗を垂らしながら必死さが伝わってくる。
「天狗みこしさ、出てるべかな?あやめちゃんが赤ちゃんの時は、おっかながって大変だったべ」
おばあちゃんは手押し車を椅子にして座った。