7 お墓
あやめは弥彦と沼田城跡を出て、仮設の市役所になっているイオンが閉鎖したビルの一階にいた。
おばあちゃんは毎食漬物とお味噌汁と白米の質素なご飯だった。
あやめの為にスーパーで買いだめした惣菜を一品出してくれた。車はない。おばあちゃんは歩いて私の為に食材を買ってきてくれているのだ。
「買わなくていいよ」と言って、冷蔵庫から在庫が切れたら、テーブルに上がることはなくなった。
侘しいと私は思った。だが、言葉に出すにはおばあちゃんに悪すぎる。毎日を否定するようなものだ。
弥彦が食券を渡す。一階はフードコートになっていて、子供連れの母親や老人がうどんを食べていた。
「ここは肉うどんが美味しいんだ。食べてみて」
「お金出すよ。いくら? 」
「いいよ。高くないし……、お土産も見ていこうよ。その足しにしなよ。沼田は隠れたうどんにの名産地なんだよ。冠婚葬祭にも良く食べる」
弥彦のスマートな動きに女性経験度が見て伺える。
壁際のガラスから外が見える席に付いた。
アラームを受け取ると、弥彦はお冷を持ってきた。
「味噌まんじゅうは食べた?あれは上州名物だよ。沼田城近くに有名な老舗があるんだけど、アットホームな雰囲気でさ。女の子と行くのはチョットね」
「沼田駅の出た先のコンビニで買ったよ。もう食べてる」
「あそこは焼き加減が上手いよ。お土産で買うと旨く焼けないから、現地で食べた方が旨いよ」
弥彦が、スマホをいじる。
「近場で観光なら旧市役所通りに建物が移設されてるんだ。明治時代とかの建物だから好きなら案内するよ。今日は休館日だから中は見れないけど、外観見るだけでも楽しいよ」
スマホ画面には建物群のストリートビュアーが出ていた。太陽に負けそうになりながら、見るのはキツイ。私は訝しい顔をした。
「あやめは何をしに群馬まで来たの?観光じゃないの?あっ、そういえば沼田祭り当日じゃないか。その為に来たの?案内するよ」
「祭りはおばあちゃんと見たいの。昼間は暑いから、夜に来るつもり」
「じゃあ、昼間を案内するよ。それくらいならいいだろ?」
「やっぱり夜くるよ。おばあちゃんと見たいから……」
弥彦も悲しい顔をしたが諦めてはいなかった。
スマホで調べ始める。
ピピピピピとアラームから音がする。うどんが出来たようだ。あやめが取りに行き、弥彦の前に出した。
「ありがとう」
弥彦は驚いた顔をしたが、直にスマホの画面に目をやった。
「いただきます。先にいただくね」
あやめがうどんを箸ですくうと、平たい面から湯気がたっていた。濃い醤油ベースの出汁に肉の油が浮いている。
久しぶりにあやめは濃い味を堪能した。外は暑いが室内は冷房が効いて熱い食べ物が美味しい。
「ここ、どう?」
「舒林寺?確か聞いた気がする……」
「真田の墓があるし、いろいろ石像があるから見るの楽しいお寺だよ。観光地として沼田が推してる」
「たしか、おばあちゃん家のお墓があるわ。おばあちゃんと行くからいいよ。」
「沼田城に縁のあるお墓だから、城を見たらこっちを見ても面白そうなのに……」
「沼田城と関係あるの?」
「城主の墓がある」
あやめが考え込んだ。ご先祖様のお墓参りなら後でも出来る。
「行ってみたいわ」
「そう、こなくっちゃ! 」
弥彦がゆっくりとうどんを食べ始めた。
だが、あやめと食べ終わる時間が同時だった。
おばあちゃんのお土産にパンを3個買い、外気がムワッとする中、外を歩いた。舒林寺までは遠く汗でベトベトになった。コンビニで線香を買い歩く。
お寺が何軒かあり車通りのない道を進む。
「あやめ、こっち。」
立派な門があるお寺に入った。車道も整備され子ども時代を思い出しても、記憶にない。
「お地蔵さんがいっぱいあるんだよ。ほら、閻魔様」
弥彦が案内してくれる。お堂を見ると記憶にある。石畳を進むとお墓があった。普通の1畳くらいある立派なお墓だ。〇〇家と刻まれている。
「あやめ、これが墓……」
弥彦が言葉を進む代わりに、反対方向へあやめは足を進めた。
見た事がある景色。
墓石の裏におばあちゃんの名前が彫ってある。
「多分、これ家の祖先だわ」
「〇〇家?沼田武士の名前だね。中々良い出だ。」
「わかるの?」
「曾祖母なんてまだ武士とかの時代に生きた世代だろ?僕たち地元はまだ囚われて生きているよ。都会だけだよ。家柄を気にしないのは……」
「血が濃いのね。誰の先祖が誰で……すぐわかるのは凄いわ」
「嫌な風習だよ。女の子はみんな都会に行きたがる。僕も大学は都会に出るよ。今は丁度、分水嶺みたいなものさ」
あやめは不思議な表情をした。
「分水嶺って? 」
「分水界になっている 山稜の事。 分水山脈。 または 物事の方向性が決まる分かれ目のたとえ。こんな狭い世界何てつまらないよ。大学受験は人生の分水嶺だよ。人生を決める」
「そんな事はないわ。人生は大学では左右されないわ」
「東京もんには分かんないよ。群馬から出られるだけ違うよ」
「群馬も関東近郊よ。」
「でも違う。山しかない世界じゃねえよ」
あやめは黙った。彼の気持ちは理解できないだろう。あやめにとっての分水嶺は今ではないと、そんな気がするからだ。
「帰るわ。ごめんなさい」
「待って。ごめん。カッとなった。折角だから線香上げてこう。先祖の墓なら何度来たって喜んでくれるよ」
弥彦が線香を出し、ライターで火を付ける。手慣れてるようで、風に流されなが煙が舞った。
………………………………………………………………………………………………
舒林寺
曹洞宗。本尊は釈迦牟尼仏。本堂屋根の寺紋は六連銭。旧月夜野町後閑にあり三峰山怒林寺と称していましたが、八世雄山和尚の代に現在の天桂寺の位置に移り慈眼山怒林寺と改めました。慶長17年(1612)に初代藩主真田信之により境内を寄進され真田氏の菩提寺となりましたが、火災が多く不吉として、舒林寺に改め、寛文6年(1666)に5代藩主真田信利により現在地に移されました。境内に4代藩主真田信政の子で、弟の大学信武を殺害後に自刃した又八郎信守の墓があります。
沼田観光協会 舒林寺HPより