表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

4 とんぼ

「あやめちゃん。こっちで寝れ」


 おばあちゃんは布団を押入れから出して、居間を通り過ぎる。


「ありがとう。おばあちゃんの部屋で寝てもいいよ」


 おばあちゃんは嬉しそうに笑った。私は柄にもない事を言ったと口籠った。かあさんには、言わない言葉だ。


「いや、いや。ばあちゃんは嬉しいだべ。あやめちゃんはやすこに似てない。ホントにいい子だべ。娘達にも言われた事ないべ」


「おばさん達も、かあさんみたいな人達だったの? 」


 おばあちゃんはまた、ガハハと笑った。

 やはり私の血族は皆血縁に厳しい人らしい。だが、おばあちゃんの性格には嫌味がなかった。ふと、誰の血だろうと思った。やはりおじいちゃんの血だろうか。


「やすこは末っ子だで、まだ、マシさね。長女達に比べたら優しい方だべ。」


「親子って難しいね……。」


「血が通ってる分、難しいさね。まあ、仕方ないべ。」


 布団を客間に敷くと、襖を開け放った。居間から見えるが、開けておくと開放感が凄かった。

 少し白檀の匂いがした。


「ほれ、好きなとんぼだべ。夏なのに珍しかね。」


 おばあちゃんは虫籠の蜻蛉を見せた。コタツテーブルの上に載せる。

 あやめは数歩のけ反った。


「私、虫、ダメ」


 呆けた顔をしたおばあちゃんは、蜻蛉を見た。赤とんぼは大きな目を傾けて合図する。


「赤ちゃんの頃は喜んだけど、年頃だべな。」


 おばあちゃんは寂しそうに虫籠を、あやめの見えない場所へ移動した。


「夜目では可哀想だべ。明日朝にでも返してやるべ。あやめちゃんに見せたら返そうと思ってたべな」


 おばあちゃんは独り言を言いながら、あやめの近くに腰を下ろした。


「あやめちゃん、お風呂どうするべ?釜がやられてるだべ。シャワーも水しか出ないべ。」


「えっ? 」


「盥にお湯ば張るべ。夏だからばっちゃんは水で入ってるだべ」


「こっち、冬は氷点下になるでしょ?どうやってたの? 」


「盥ば熱湯入れて拭いてたべ。戦時中は湯すらなかったべ。当時はもったえなくて湯ば捨てられなかったべ」


「給湯器直したら? 」


「やすこに迷惑は掛けらんね」


 あやめは黙った。お金の事になるとおばあちゃんは血縁を頼らない。今の時代の私には分からなかった。その上、かあさんはおばあちゃんを嫌っている。この年で介護もされず良く生きていると思う。


 「おばあちゃん。一回、かあさん呼んで現状を見てもらった方がいいよ。年齢的に一人でいる方が危ないよ」


「あやめちゃん。ばっちゃんは一人でいるのがいいべ。体が動かなくなったら話すべ。だから、まだ一人がいいべ。あやめちゃんが来てくれた事だけで嬉しいべよ」


 二人は黙った。

 おばあちゃんの気持ちは良く分かる。

 かあさんの性格だとグチグチ言い出すに決まっている。

 腰の曲がったおばあちゃんの姿は、痛々しい。


「生活には困ってねえ。だから大丈夫だべ。数日いてみろ。ばっちゃんが元気なんがわかるべ」


「う〜ん」


 あやめの口から空気がもれた。

 かあさんにメールで相談しようと思った。仕事もあるし、直ぐには群馬に来ないだろうし……。


「明日、昼に水でシャワー浴びるよ。大丈夫」


 おばあちゃんは、ほっとした顔をした。


「分かったべ」





 あやめが布団に入って眠りに着くまで時間が掛かった。そば殻の枕と重い綿の掛け布団に圧迫されながら……。


 夢をみた。


 また懐かしい面差しの少年に出会う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ