39 洗い張り
行李の中を開くと色々な年代の着物が出て来た。
「家長のよい着物を残してあるだべよ。そいで、一番気に入ってる着物を棺桶に入れて貰えるだべ。」
「縁起でもないよ……」
ばあちゃんは笑いながら、赤い着物を出した。古典柄の誂えの良い物だ。
「これなら洗い張りに耐えられる生地だべな。あやめちゃん袖通してみろ」
あやめは服のまま、着物を着た。ワンピースの薄い布の上からだった。派手やかな赤が初々しい。
「やっぱりいいべ。身幅出して袖出して背中心出せば、腰幅が出るだべな。よし、これでいこう。あやめちゃんはこの着物着てみたいべ?」
あやめは行李の中を覗き込んだ。
「じゃあ、紫のがいいわ……」
「あれはばっちゃんの着物だべ。じいさんから貰ったものだから駄目だべ。それに着丈が合わねえべ」
「着物ってフリーサイズじゃないのね?」
「昔は大きくなっても着れるように生地を大幅に縫い込んで作られてたべ。でも、現代のは誂えた大きさで決まる。太ったら着れないべ。丈もおはしょりを多めに取って、裾を折り曲げて作るのも多いべ」
ばあちゃんはニッパーを針仕事用のお菓子のカンカンから出すと、それで裾の折りジワを掬った。
足元から数センチ床にダラリと布が垂れ下がった。
「丈も取れそうだべな。昔の単衣の着物だべ。簡単に直せるべ」
あやめが着物を脱ぐ。直ぐにばあちゃんは着物をバラし始めた。それを隣で見るあやめの視線に気が付くと、台所から手拭いを2枚持って着た。裁ちばさみで2枚を半分に畳んで切る。
「あやめちゃんはこっちをやるべ。遊びばしないで雑巾でも縫うべ」
あやめがキョトンとした。
「小学校以来、裁縫なんてした事ないよ」
「大丈夫だべ。只のぐし縫で構わないだべ。対角線に縫ってから丸っと縁を縫うだけでいいべ」
あやめがタオルを渡される。カンカンをテーブルの上にずいっと押しやる。またばあちゃんは座り、ニッパーと着物をにらめっこした。手先は軽快に着物の糸を切って行く。躊躇いはない。
「ささ、余ってるミシンの糸で構わないべ。好きな色を使うだべ」
おばあちゃんは目元を着物から逸らさない。
あやめは白色の糸を取り出し、針山から糸を抜く。二重にして玉止めした。
「気にしないで、縫っていいね?」
「少し曲がってても愛機だべ。ささ、始めて……」
おばあちゃんは手を止める事なく作業する。
あやめも黙々と縫って行く。
「おばあちゃん、これでいい?」
あやめが対角線を縫い終わった雑巾を差し出すと、ばあちゃんは顔を向けた。顔を顰めてから、雑巾の糸を引っ張る。
「糸の初めと終わりは返し縫いだべ。ほれ、やり直し……。糸は解かないでいいべ隣を縫うべ」
「返し縫いってどうやるの?」
「そうだべな……。一針縫って……」
おばあちゃんは器用に雑巾を縫い始める。目が悪いのに手先が細かく動いた。あやめの糸の隣をミシン目のように縫う。
「わかったべか?糸が抜けやすい場所はこの縫い方がいいべ」
あやめが頷くとおばあちゃんは着物に向かった。
ゆっくりと時間が流れる。あやめとばあちゃんは話をせず、黙々と縫い事をした。
あやめが雑巾を一枚縫い終わる頃には、着物は反物と同じ形になっていた。
「お茶にするだべ。まだ、始めたばかりだべ疲れるべな……」
急須と湯呑みと甘納豆を盆に載せて、ばあちゃんは台所から戻って来た。
お茶を交互に湯飲みに分け、小分けの甘納豆をばあちゃんから渡された。あやめは豆が嫌いである。
「おばあちゃん……。他のはない?」
「そうだべか?そうだべか?」
おばあちゃんは台所に戻ってから、チョコパイの箱を持って来た。
「こっちなら好きだべ?ばっちゃんが甘納豆、二つ食べるべ」
「ごめん……」
「謝る事ないべ。これ食べたら布を洗って干すべ。乾くまで作業は待ちだな……」
おばあちゃんは箱を開けている。あやめに菓子を渡す。
「菓子と言えばだべな……。もし、何かあったらそら、そこの箪笥の二段目にカンカンが入ってるだべ。そこにばっちゃん行きつけの病院の電話番号やら司法書士さんの番号やら近所の友達やらの電話番号やらが入ってるべ。あやめちゃんが具合悪くなったらその病院さ、行くべ」
あやめがお菓子を食べながら嫌な顔をした。
「何か聞きたくない……」
「そうだべな……そうだべな。まだ着物も縫わないとならんし、観光もしてないだべな!温泉ば行かずして群馬に来た事にはならんべ。後、尾瀬沼!あそこの水芭蕉は五月が見頃だべ。又、春さ、あやめちゃんが来るべ。素敵な所だべよ」
「確かに、水芭蕉は小さかったけど覚えてるわ」
おばあちゃんは喜んだ表情になった。
「だべ、だべ……」
又、お菓子をあやめの手の上に乗せた。
ブックマークして頂けると嬉しいです。




