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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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36 戦国時代二十五 祝言

 弥彦の髪を油で固めて結い上げる。渋川のばっちゃんに袴を着付けられて、ブスッとしている。恨み節を切々と聞かされて、弥彦は参ってしまっていた。


「バカタレめ……」


 まだ言っている渋川のばっちゃんの隣から弥彦が藤田の方へ向かった。

 なにもない板の間をドスドスと歩いて、い草の円座に座り、藤田に頭を下げた。


「よろしくお願いします。藤田様、矢沢様」


 二人は目配せをするように会釈した。

 

 渋川のと老神のばっちゃんが矢沢と藤田の前にコの字になるように座った。土間が見えるように向かってる矢沢、弥彦、藤田が座っている。


 笠郷のも老神の横に座った。


 弥彦の母親が慌てて、あやめの居る女性部屋に入って行く。


 弥彦のばっちゃんがあやめに無地の着物を着せようとしていた。


「待って!あやめさん!これ食べて!」


 母親はあやめにお椀を差し出した。汁が零れそうである。


「今しかないだべな。食べれないべ……。」


 あやめは頭を下げて、お椀の中を覗いた。揚げ餅に大根おろしの入った汁物である。


「頂きます」


 あやめはゆっくりと餅を噛んだ。旨い。高価な餅をこのような晴れの日に食べられる有難さ。


 祝福されているのだと安堵した。


「ご馳走様たべ。弥彦のおっとさんおっかさん……。これから色々学ぶ事も多いですが、どうぞ、よろしくお願いします」


 弥彦の父親が慌てている。

 母親は「どうぞ。よろしくお願いしますだべ……」と頭を下げている。


「あやめさんの着物ば着替えるなら宴の方へ出てくるだべ」


 父親が逃げた。


 さよりは部屋の隅でお手玉をしている。あやめが着付けされていく様子を嬉しそうに見ていた。


 鶴の紫の帯を締めると弥彦のばっちゃんが溜息を吐いた。見惚れる程に美しい。髪を結い上げ簪を下げている。


「ねえや。綺麗だべ……」


 さよりが喜んだ。母親も着替え、さよりの隣に来た。


「さよりちゃんは今日はこの部屋で遊びましょうね……」


「さよりを頼みます」


 あやめが母親に深々と頭を下げた。母親は寂しそうに頷いた。


 弥彦のばっちゃんが視線を下げているあやめの手を引いて、部屋を出た。

 宴会場には奥に弥彦がいる。あやめを見て嬉しそうに微笑んだ。


 弥彦の隣に座ると弥彦のばっちゃんが渋川の隣に座る。父親が左に既に座っているが、矢沢を前にガチガチに固まっている。


 その後は男衆が並んでいる。料理人が弥彦とあやめの前に懐紙の上に朱塗りの盃を並べた。


 空の盃をあやめは見詰めた。


「では、始めます。神棚に一礼。一本締めでお願いします」


 矢沢が立ち上がると、背後にある吊る下がっている神棚に向かい立った。足の悪いばっちゃんが立ち上がると、矢沢が皆に目配せした。


「よ〜。」


 矢沢の合図で皆でパンと手を叩く。ぴっしりと空気が引き締まった。


 キビキビと皆、円座に座り直す。


 渋川が酒の入った蓋のついた容器を持って入って来た。


 弥彦の盃に並々注ぐ。弥彦は杯を持ち上げ、三口で飲み干す。杯を懐紙の上に置く。

 あやめも同じように飲んで、三度同じ飲み方で盃を空にする。


 渋川が頭を三度下げると、その酒を矢沢と藤田の升に注いだ。一口飲む。

 お盆に乗せた祝い膳が弥彦とあやめ以外に出された。


 新夫婦は食べる事が出来ない。


 祝い膳が並ぶと、矢沢が箸を付けた。空気が変わる。談笑していい食べる時間になった。


 弥彦とあやめは下を向いたまま黙って座っていた。段々、酒も入り、獨酒を持った男衆がお猪口を持って弥彦に注いでいた。


 酒だけ注がれる弥彦も顔が明るくなっていった。


「オラ達は家へ帰るだべ。弥彦の用事ば済んだら帰るつもりやった。冬になるべ。なるべく男手は戻った方がええ。雪下ろしせねばいけねえべ」


「今まで有難うだべ。あやめと夫婦になれたのも、伯父さん達のおかげだべ」


「ばっちゃん達は春までいるつもりらしいぞ。気を付けろ……」


「仕方ないべ。ばっちゃん達はここが生家だべな」


「あやめば可哀想に……初めからばっちゃんばかりだな……」


「はあ、べっぴんになって……。良かっただな。弥彦」


 男衆の話は尽きない。


 夜も深まって行く。矢沢が祝いの舞を踊ってくれる。男の雄々しい舞を観ながら、ばっちゃん達が色めき立った。美しい舞だったのだ。


 あやめは正座も崩せず、動けないでいた。


 景色が流れていく。

 この部屋で一人きりになった気分になる。弥彦もいない。ひとりぼっちな気持ち。

 あやめは矢沢からの刀を強く握りしめた。

 大丈夫。大丈夫……と息を長く吐いた。


 夜半になって矢沢が「お開きに。では、締めの一本締め」と呼びかけ、又神棚に向く。


 宴がお開きになると、男衆は部屋を直し、荷物を纏め出した。

 ばっちゃん達は皿を洗い布で拭き、弥彦と父親が荷物を持ち矢沢と藤田が帰るのをお供した。


 着物を陰干しし、あやめは酷く疲れているのが分かった。

 さよりが先に寝息をたてているのを見てから安心をした。

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