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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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34 戦国時代二十四 姉妹

「あやめ!待たせたべ!」


 弥彦が家の扉を開いた。その眼前には囲炉裏を

囲んで殴り合いの喧嘩を男衆が停めてる姿だった。


「何でこうなっただ?」


 土間に逃げていた弥彦の母親が答える。


「弥彦の夫婦相手にあやめをおす弥彦のばっちゃんとさよりをおす三女の老神のばっちゃんが取っ組み合いの喧嘩始めたから、おっとう達が停めてるだ!」


 さよりは弥彦の母親の腕から離れない。怯えた顔をして動けなくなっている。


「おらはあやめしか相手にしてねえだ!なして!さよりば出てくるべ!」 


 弥彦は家に入ると二人のばっちゃんの前に重い風呂敷を下ろす。


「だから!弥彦は相手を決めてるだ!家督とは関係ねえべ!」


 囲炉裏を挟んで弥彦のばっちゃんが叫ぶ。


「だったら、堀上村に帰ればええべ!沼田の乗っ取りだべ!」


 老神のばっちゃんが叫ぶ。


「まあ、まあ、まあ、まあ……」


 二人がかりで取り押さえている男衆が皆口々に呟く。


「おらは沼田で戦ばする矢沢様に付いて行きたいただべ。沼田城から動く事はないだべ。あやめがさよりの面倒を見ると言ってるから残るだけだべ」


 弥彦が下ろした風呂敷を開くと、渋川のばっちゃんが中身を近付いて見に来た。


「上品なお盆に上品な皿ばかりだべ……。どこで盗んで来ただべ?こんな品……」


「借りて来ただべ」


「バカタレめ。どんな家がこんな上等なもんば貸すか……」


「武田軍の矢沢様と城代の藤田様だべ。祝いの品にあやめに反物があるだべ」


 弥彦が帯に携えた反物を渋川のばっちゃんに渡した。触っただけで絹だと分かる。紫色無地の反物だった。


「バカタレ!早くそれを云わんか!」


 ばっちゃん達が反物を触りに来る。順番に確認して行くと、皆頷いた。


「城主様に認めて貰えてるだべ……」


「弥彦の意思を大切にしてくれだべ。相手はあやめで……」


「絹だべ!」


 ずっと黙っていた老神が呟いた。


「さよりに婿ば取って、沼田ば継がせれば……よか……。婿が弥彦じゃなくても……」


 渋川が諭すように云う。


「堀上村の奴等がさよりを守ってくれる。沼田のねえさんの血を繋いでくれる……。あやめが守ろうとしたんでねえか?沼田のもんを……。沼田のねえさんが居なくなってから……。弥彦の為にあやめを添わせて、さよりを守って貰った方がねえさんの意思に沿うのではねえべか?」


 長女を失って次女の渋川のばっちゃんの言葉は重い。


「さよりを産婆で取り上げたのは老神のお前でねえか……。今のさよりでは男を受け入れられねえべ……。さよりの為に休ませてやるのも姉妹の役目でねえべか?」


 弥彦のばっちゃんが落ち着いて座り直した。


「ねえさん……。お願げえだ。弥彦の想いば大切にしてくんろ……」


 頭を床に擦り付ける弥彦のばっちゃんの姿を見て、弥彦も頭を下げた。


「おらの嫁はあやめしかいねえ……。あやめも待っててくれてる」


 玄関がガタリと音をたてる。


 外から大柄の矢沢が家へ入って来る。真田の甲冑を着ていない。普通の着物を着ていた。


 男衆の顔が引きっつた。土間に駆け出し座り込む。


「矢沢様!」


「よしなに、よしなに……。弥彦の祝言に顔を出しに来ただけだ。明日は大安吉日。一粒万倍日のお目出度い日和だ。」


 矢沢が片腕に祝いの酒と風呂敷に三々九度の杯を叩き台の上に置いた。


「祝いの料理人を連れてきた。今日は朝から男達は魚を釣りに行ってないのか?」


 老神の男衆を睨んだ。


「ひっ……!」


 直ぐに男衆は外に慌てて出た。釣り竿を掴んで走って行く。男で残ったのは弥彦の父親と弥彦のみだった。


「武田軍、武将矢沢様……。阿部弥彦の父に御座います。戦の折、弥彦を引き立てて頂き、恐悦至極に御座います。命に変えましても、息子は役に立とうと……」


「もうよい、よい……。弥彦の忠義は分かっている。明日、祝言だろう?あやめはどこだ?」


 弥彦の母親がさよりを奥の部屋へ連れて行く。


「川に洗濯に行ってるべ……。おらが迎えに行って、洗い物も助けてくるだ……」


 ばっちゃん達が慌てている。


「弥彦の袴ばどうするべ?この反物はあやめに渡して……、留袖ばまだ縫っていないべ!」


「大丈夫だべ。姉妹が四人もいる。儂らも縫うべ」

「折角なら紫の反物も縫いたいべ。あんな極上なもん縫えるか分からないべ……」


「おっとう!さよりの世話ば頼むだべ!あやめの所に行ってくる」


 弥彦の母が洗濯糊を抱えて走って家を出た。


 遅れるように荷物を抱えた料理人が家に付いた。


「あやめさん。久しぶりです。矢沢様のお頼みで料理ば作らせて貰います……。」


 目の前の慌てた大人達が忙しくなく動き始めている。弥彦は矢沢に近付き、空いた囲炉裏にい草の座布団をひっくり返した。


「矢沢様。狭い所ですが、どうぞ暖まって下され。」


 矢沢が上座に座ると、ばっちゃん達はさよりの部屋へ着物を縫いになだれ込んだ。


「なんの。おもてなしま出来ませんで……申し訳ありません。」


「よい、よい。その為の料理人だ。弥彦と酒を飲む為に早めに来ただけだ。」


 料理人が台所で湯を沸かしている。ささげを洗い、もち米と水に晒している。大根を洗って煮詰め始めた。


「誰も明日、祝言を上げるとは思ってなかったもので……」


「めでたい日に揉めていたな……。あやめはそんなに役不足なのか?弥彦にはあやめしかおらぬではないか……」


 料理人が出した酒を矢沢が飲みだした。

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