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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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33/40

33 戦国時代二十四 姉妹

 明け方になり扉が開いた。


 冷たい風が部屋の中に入ると長女の渋川のばっちゃんが薄暗い土間に入って来た。板間に座ると、ワラワラとばっちゃん達がガヤガヤと土間に入って来た。


「疲れたべ。流石に歩き詰めは堪えるだべな。」


「だなだな。良く皆、欠ける事なく沼田に付いたべ。姉さんのお産以来だべ。何も変わってないべ」


「何か食べさせて欲しいだべ。その前に湯ば借りるだべ」

 渋川のばっちゃんが話すと、老神のと笠郷が後に続けて話す。

 あやめが土間に出て来ると、頭を下げた。


「良く入らしてくださいました。囲炉裏に当たって下され。飯の準備ばしますだ。お湯が先が宜しければ準備しますだべ。」


 ばっちゃん達は肩に背負った布敷包みから御椀と箸を出してあやめに渡した。


 笠郷が立て掛けられた盥を端に動かした。


「姉さん達も元気そうで……。堀上村のだべ」


「久しゅう久しゅう!元気そうで!堀上村の!」


「痩せてしもうて可哀想に……、渋川のが一番ガタイがいいだべな」


「勝手に湯を沸かすだべな。瓶の水使うだべよ」


 弥彦の母親が緊張した面持ちでばっちゃん達の前に出た。


「お久しぶりです。弥彦の母親です」


 ばっちゃん達が歓声を上げた。


「堀上村の次女だべ!あんなちいこかっただべに……」


「良か、良か!」


 ばっちゃん達が大盛り上がりで囲炉裏の火を強めた。


 あやめと母親が台所に立った。お湯を沸かし、笠郷のばっちゃんがあやめに近付いてから、目を覗き込んだ。あやめは黙って動かなかった。


「そうか。そうか……。あやめさん湯ば下さいね。あやめさん、ついでにお抹茶頂けないかしら?」


「抹茶だべか?」


 あやめが母と顔を見合わせた。


朝餉(あさげ)ば作っとくべ。あやめさん。帯ば箪笥に閉まって、良いと云うまで出しては駄目だよ。分かった?ばっちゃん達にお茶を入れて上げて……」


「分かったべ」


 あやめは弥彦のばっちゃんと母親に差し出した茶碗を拭くと、笠郷のばっちゃん達に回すように茶を点てた。一人づつ丁寧に頭を下げて配った。


 ばっちゃん達はあやめが動く度に視線をずらしてあやめを追った。少しの沈黙とガヤガヤと話し始める。


 渋川のばっちゃんが盥で湯を浴びると、次々にばっちゃん達が湯を浴びた。湯をもったいがるように立て続けに浴び、弥彦のばっちゃんが浴びて、最後に弥彦の母親が浴びた。


「あやめさんも浴びるだべ。飯は堀上村のが作るべ」


 渋川が伝えると皆が頷いた。


「ささ、入るだべ。」


 困っていると弥彦の母親が頷いた。


 日が上がっている時間に入るのは気が引けたが、あやめが帯を解いた。


 ばっちゃん達が無言になる。背中を向けて湯を浴びた。盥に入ると手拭いで体を拭った。あやめが温かい湯に入れるのは久しぶりだ。


 だが視線が痛い。手拭いを絞ると体を拭く。新しい襦袢と仕事着を着てから、堀上村の着物を盥に入れた。


「あら、洗ってくれるだべか?」


 笠郷のばっちゃんが汚れた着物を盥に入れた。姉妹も旅に着ていた着物を次々に入れた。


「洗濯しないと駄目だべ……」


「なら先に洗濯ばしてこい。朝餉は私達で作っておくべ」


「分かったべ」


 糠の袋を掴んであやめは川へ向かった。


 ぱちりと火の粉の音がする。


 あやめが居なくなった。お椀に飯を出し、姉妹が口々に声を上げた。


「あやめは悪くないべ。弥彦の嫁にしてやっても良いべ。抹茶も良い味だった」


「だが、家督はさよりにある」


「さよりに田畑を継がせてやれば良いべ」


「なら、婿が必要だべ……今は弥彦が適任だべな?」


 弥彦のばっちゃんが声を上げた。


「待ってくんろ。さよりに婿は無理だべ」


 弥彦のばっちゃんがさよりの様態を事細かに話した。それを静かに聞く姉妹では無かった。


「丁度良い婿がいないだべ。弥彦ならさよりの状態も分かろう……」


「戦でおなごが死ななかっただけましだべ」


「沼田は全滅だべ。老神と渋川の男衆は残ったのに……。何の因果か……」


 さよりがガタンと音を立てた。柱の裏で震えている。弥彦の母親が近付く。


「さより……。沼田のばっちゃんの姉妹達だべ。さよりも会った事はあるべか?」


「おっかあ……。ばっちゃんが……ばっちゃんが……」


「大丈夫。大丈夫。さよりは何も心配せんで良か……」


 渋川のばっちゃんが怒鳴った。


「挨拶もせんで!さよりどうしただ!」


 さよりが弥彦の母親に抱きつき震えた。


「大丈夫だ。大丈夫だ。さより」


「姉さん達!さよりは誰が誰だか分かってねえだ!これ以上追い込むでねえだ!」


 弥彦のばっちゃんが叫んだ。


「あやめさんが、こんなさよりの世話を一人で見て、渋川の男達に飯を作ってたべ。畑仕事をして何とか沼田を守っていただ!一人で!」


「畑は渋川の男達が守ってただけだべ!男手が必要だべ!」


 弥彦の父親が顔を出した。さよりの側によると頭を撫でた。


「私達の勝手な申し分だべが……。弥彦とあやめさんば添い遂げさせて欲しいだべ。沼田の土地ばさよりが継ぐ。その世話をしながら、この家で二人ば生活させてくんろ。私達、親子で畑ば耕してさよりも支えるだ。弥彦もそれを望んでる……。又戦になるかも知らねえ土地で生き残れるのは、あの子達しかいねえべ」


 弥彦の母親が、箪笥からあやめの帯を出して、ばっちゃん達に見せた。


「あやめさんの帯だべ。間違えなくよい品だべ。この手仕事ばする子が悪い訳ねえべ」


 渋川の周りを他のばっちゃん達が覗き込む。

 引っ張りながら帯を穴があくまで見る。

 ばっちゃん達は顔を見合わせた。


「堀上村の次女夫妻が守ってくれるなら、申し分ねえ。直系のさよりが継ぐなら、支えてやれ」


「堀上村の一家で沼田を乗っ取る気だべ!だったらオラの孫でも構わないだべ!」


「さよりの様態はそんなに悪いんだべか?」


 弥彦の父母は顔を強張らせた。

 弥彦のばっちゃんが怒鳴った。


「沼田のねえさんを支えてたのはあやめさんだべ!最後も聞いた。荼毘に付したのもあやめさんだべ!」


 ばっちゃん達は黙って柱を見詰めた。


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