32 戦国時代二十三 留袖
弥彦が帰ってくる迄、油を差してあやめは帯を縫っていた。
弥彦のばっちゃんも呉座に入ると、風呂敷から厚手の着物を出して自分の上に掛けた。
「あやめさんも寝てしまうだべ……。疲れただろう。男衆の面倒を見ていたんだべ?」
「さよりの面倒に比べたら食うだけだから……。それに、扉に閂をすると、弥彦が家に入れねえだべ」
「どうせ弥彦は今夜帰って来れねえべ。」
弥彦のばっちゃんは頷いた。さよりを横にして母親が体を持ち上げた。
「馬を武将様に借りたのだから、報告している筈だべ。」
母親があやめの帯の端を火に近付けて見ている。
「良いお針子さんだべ。後は何を作るだべ?」
「弥彦の袴と……さよりの黒留袖……だべ……」
母親が眉を歪ませた。
「留袖はあやめさんのものじゃないだべか?」
「弥彦を信じられないだべか?」
あやめが首を振った。
「私は弥彦が良いべ……。でも私は何も持ってない……」
「家督と弥彦の嫁ば違うだべ」
「弥彦はあやめさんに惚れてるとか云わないだべか?」
あやめが首を振った。
「弥彦のじっちゃんと同じだべ!」
「弥彦のおっとおと同じだべ!確かな事は云わない!」
二人で夫の悪口を云って落ち着いてから、あやめに憐れみの目を向けた。
ばっちゃんが袴の布を確認している。
「なら、夫婦になる為に頑張るだべ。黒留袖は弥彦の母親が縫うべ。大丈夫。年をとっても大丈夫なように裁断するべ」
「なら、ばっちゃをは弥彦の袴を縫うべ。急いで縫わないと、渋川の姉さん達が来てしまうべ」
女達は行灯の前に来て布を竹定規で測りだした。
「裁断は朝がいいべな。でもなるだけ早く縫いたいだべ。どうするばっちゃん」
「裁断してしまうべ。袴も切ってしまうべ」
行灯を部屋の中心に置き、ふたりは裁断し始めた。
慌ただしく動いている二人を横目にさよりは寝息をたてている。
あやめは手元が見える距離まで近付き、帯の端を縫っていた。
母親があやめに寄り、「立ち上がって欲しいべ」
と竹定規を当てて測っていた。
あやめはオロオロしたが黙っていた。
それぞれの作業をする。
「帯は出来たべ。どちらを手伝えばええべか?」
あやめは裁断された布を触ろうとした。
「あやめさん。見せてみろだべ。」
「弥彦のばっちゃんは姉妹の中で一番、裁縫が上手いべ。頼られて留袖や祝いの帯ば縫ってるだべ」
ばっちゃんは帯の端から端まで行灯に近付けて観察している。処理の甘い所を触って確認して、糸が伸びないか見ている。
「合格点だべ。この様子なら沼田の洗い針もあやめさんがやってただべな……。速度も申し分ない。良い嫁だべ……」
あやめがぽろりと涙が出た。
自分でも驚いて袖で拭う。母親は直ぐに察して話題を変えた。
「あやめさんはお茶が出来るだべな?少し点ててくれないべか?」
風呂敷包みから袱紗や茶碗を出した。
「弥彦が褒めてたべ……。茶を点てられるのはお武家様か止事無きお方ばかりだべ。でも、何故か内の家系は曾祖母様から習って来たべ……」
「沼田のばっちゃんはなにも教えてはくれなかったべ……。叔母達がやってるのを見よう見真似で……。それも幼い頃だべ」
「あやめちゃんは実子と違うだべ。格差は仕方ないべ」
あやめは黙った。
その表情を見たばっちゃんが頷いた。
「この子は賢い子だべ。見ようマネど技を盗めるなら間違いないべ。お茶を入れてくれだべ」
あやめが奥から火鉢を出して、灰から墨を掘り起こし、行灯から貰い火をする。赤いバチバチと音を立てた。
「夜も更けるべ。ゆっくり嗜むべな」
弥彦のばっちゃんがゆっくりと微笑んだ。




