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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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31 戦国時代二十 両親

 あやめがさよりを落ち着かせた。ゆっくりと家へ入る弥彦のばっちゃんは男衆を睨んだ。


「暫く、世話になるべ。よろしゅうに……」


 沼田のばっちゃんにはない圧があった。寡黙で強い。


「さより、早く。入るだべ」


 弥彦のばっちゃんは手招きし、さよりを土間の段差に座らせると足を手拭いで拭いた。家へ入ると、何も言わない男衆を弥彦のばっちゃんは睨み付ける。


 あやめも慌てて後を追う。


「あやめ、待て。なして、弥彦のばっちゃんが、こないに早くに沼田に来るだべ」


「知らねえべ」


 あやめが振り切ろうと背中を見せた。男衆に肩を掴まれた。


「弥彦のばっちゃんが考えたんだべ。私に聞くのは筋違いだべ」


 あやめが黙っていない。男衆が苛立った。


「あやめさんに聞かねえで、オラに聞け」


 弥彦のばっちゃんがさよりを寝かしづけて、さよりの着物を陰干ししている。


 男衆に近ずき、睨んだ。


「渋川と老神の人間でば沼田の家督に口出すばおかしな事。沼田の事は沼田で決める。少しは黙っとれ。バカタレめ」


 弥彦のばっちゃんはあやめを手招きした。


「良くあんなのと我慢して暮らしてたべ。弥彦の父母も来る。安心して待っていればいいだべ」


「安心して?どちらの意味だべ?」


「弥彦はお前さんに惚れてる。だが、親の見初めた相手と添い遂げるのが筋。少し待ってくれてれば悪いようにはしないだべ」


 弥彦のばっちゃんは優しく微笑んだ。だが、あやめは顔を引き攣らせた。あやめは孤児である。身の上の儚さに不安になる。


 玄関が騒がしくなった。馬の嘶きが聞こえる。年配の男女が家へ入って来た。


「馬はどうするだべ?」


「土間に繫げば良いべ。あやめさん弥彦の父母だべ」


 あやめは慌てて頭を下げた。強張った顔の侭、馬を取りに行き、土間まで入れて柱に繋いだ。


 大きな風呂敷包みを背負って弥彦の母親があやめの前に来た。顔を見てから、深々と頭を下げた。


「弥彦の母親だす。初めまして……」


「そんな勿体ない……」


 あやめは頭を下げた。


「弥彦ば道にほっぽった侭だべが大丈夫だべな……?松明を渡したから大丈夫だと思いたいべ」


「そんなに急いで来られただべ?」


 弥彦の父母は頷いた。


「さよりと祝言を上げると他の親族から聞いたのに、慌てて来た弥彦があやめさんの話をしていったのよ……。私たちの家に来る前に親族の家を回って、沼田の家を継がされそうになってると話て回ったみたいでね。馬で弥彦のばっちゃんだけ連れて先に沼田に行って、戻った馬で私達を先に行かせて、弥彦は歩いて帰ると云ってたの。私達に話をさせようとしてるみたいだったわ」


「弥彦は私と夫婦になりたいと云ってたべ。信じて待ってたべ」


 あやめが不安そうな顔をする。

 弥彦の父親があやめの肩をポンポンと叩く。


「大丈夫だべ。弥彦の想いは知ってる。それに弥彦が親戚を回ったのが良かったべ。直にばっちゃん達を沼田に呼び寄せたみたいだべ。みんな張り切って沼田ばむかってる。まだ治安の良くない沼田に若い女は来づらいだべ。でも、沼田のばっちゃんが死んだと聞いて姉妹は黙ってられなかったみたいだべ。皆年寄りだから私達夫婦のように付いて来る人が居れば良いけど……」


 あやめは姉妹と聞いて、首を捻った。沼田のばっちゃんの事は何も知らなかったからだ。


「沼田のばっちゃんが長女で、渋川が次女、老神が三女、堀上村が弥彦のばっちゃんで四女、笠郷が五女だべ。今ごろ野宿しながら沼田に向かってる」


「沼田の家督決めの為だべな?」


 父母は頷いた。


 この時代は家督が継がれるのは女となっている。母が娘に田畑を継がせるのである。


「ばっちゃん!どこだべ!」


 父母は男衆に会釈するとさよりの部屋に向かった。何か言いたそうな男衆を尻目に進む。


 静かに寝転がっているさよりを父母が覗き込む。


「さよりの様子はどうだべ?」


 さよりは手を前に突き出し、空中を探った。寝ているのに動いている。


「かんばしくない……」


 あやめが異変気付く。


 さよりは上半身を起こす。虚ろ虚ろしながらふくよかな母親と目を合わせた。


「おっとう!おっかあ!生きてただべな!」


 さよりは叫んだ。さよりは子供みたいに弥彦の母親にしがみ付いた。


 弥彦のばっちゃんが首を振る。


「駄目だべ。こんなさよりに子供を産ませる何て可愛そうだべ……」


 わあわあ泣いているさよりに、母親はゆっくりと抱き締めた。


「だな……。さより、さより頑張ったなだな。もう大丈夫だべ。安心して眠れ」


 さよりは剥がれようとしない。弥彦の母親は汚れた着物を脱ぐと襦袢姿でさよりの寝床に入った。子守唄を口遊みながらさよりを抱き締めた。


「ばっちゃん。盥の用意ばしてやってくれ。おっとお、すまないが……」


「分かっただ。オラは男衆と一緒に寝るだ。」


 あやめは着物を掴むと畳んで部屋を出て、湯を焚いた。土間に盥の用意をし、お湯を流し入れた。


「あやめさんはもう良いだべ。眠ってくだされ」


 弥彦のばっちゃんが云った。あやめが頭を下げて、下がろうとした。そうしたら、弥彦が玄関の扉を強く開いた。


「あやめ!」


 松明は付いたままで走って来たようだった。弥彦は竈門に松明を入れると父親と目が合った。


「このバカタレ!夜道は危ないから日を待てって云ったべ!」


「だが走った方が速かったべ……」


「馬が賢いから道ば覚えてただけだべ!人間のお前では危ない道だべ!早く城主様に返しにいけ!夜目でも怯えない良い馬何て借りて来て!馬に何かあったらどうするだべ!」


 項垂れるように弥彦が馬の手綱を掴んで、家の外に出した。


「あやめ、直ぐに戻ってくるだ」


 弥彦が家を出た。獣臭がする土間を換気し、湯をもう一度炊いた。


 あやめは溜息を吐いた。


「又、待たされたべ……」


 しかし、顔には笑みがあった。その姿を弥彦のばっちゃんが嬉しそうに見ていた。

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