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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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30 戦国時代十九歳 苦言

 叔父たちの嫌がらせが始まった。あやめは話を聞くつもりもなく、帯を縫いながら黙っていた。


 サヨリが寝ている間だけ文句を言い出した。さよりが目覚めると、あやめの側から離れた。それ程さよりの様態は悪かった。


「呆けてしまった」と口々に云った。


 さよりに聞かせるのも嫌で、意識がしっかりしていたらさよりを外に連れ出した。腰紐を解き、さよりの手を握った。田んぼには誰もいない。


「ねえや。腹が減ったべ」


 さよりはあやめを「ねえや」と呼ぶようになった。しっかりしている時には考えられない言葉だった。


 あやめは手持ちの乾飯をさよりの手に乗せた。ぽりぽりと歩きながら食べた。

 

 竹の水筒から水を飲ませて、空を仰いだ。秋晴れの良い日だ。



「あやめ!」


 遠くで声がする。


 馬に乗った弥彦があやめ達の前に馬を停めた。馬から老婆を降ろし、ゆっくりと歩いて来る。もう弥彦は真田の甲冑を着てはいない。


「掘上村のばっちゃんだ。おらのばっちゃんでもある。沼田のばっちゃんとは妹に当たるだべ。あやめは初めて会うだな」


 弥彦のばっちゃんはさよりを二三度確認してから、手を握った。


「さより。堀上村のばっちゃんだべ。小さい頃は良く面倒を見てやったのは覚えているだべか?」


 さよりはあやめの後ろに隠れた。


「さよりの好きなベッコウ飴を作ってきたべ。ほれ、食べてみろ」


 手拭いから小さな手づくりの飴を出した。一つをばっちゃんが食べ、さよりの口にちょんちょんと付けた。さよりはあやめを見てから、口を開いた。


「大丈夫だべ。砂糖を備えておいて良かっただべ」


 さよりが喜んで食べている。滋養に良い甘い物を持って来てくれたのだ。


「さより。久しぶりだべ」


 弥彦のばっちゃんは答えないさよりを見て溜息を付いた。


 夢中で飴を舐めているさよりの横から弥彦があやめに近づいた。


「あやめ。元気してたか……」


「嫌!」


 さよりが拒絶反応を示した。あやめがさよりを抱きとめると背中を摩すった。


「弥彦だべ。大丈夫。安心するだべ」


 弥彦のばっちゃんが驚いた顔をした。さよりにとっては弥彦が初恋の相手だったからだ。


 弥彦のばっちゃんは小さい背中であやめごと抱き締めた。


「可哀想に……。非道い目ばあっただな……」


 弥彦のばっちゃんは優しそうな人だった。あやめと視線が合うと会釈した。


「あやめさんは良く頑張ってるだべ。弥彦、お前は近付くな。両親を迎えに行ってやれ。近くまで来てるはずだべ」


 弥彦は頷くと馬に乗り、元来た道を帰って行く。


「又な。あやめ。直ぐに戻って来るべ」


 去り際に弥彦が叫ぶ。あやめは大きく手を振った。


 弥彦のばっちゃんが二人から離れると、あやめはさよりの顔色を伺った。暴れる感じはしない。


「弥彦のばっちゃん。飴をさよりに又食べさせて下され。余り栄養のある物は食べれてないだべ」


 弥彦のばっちゃんはあやめの手を掴むと、アカギレだらけの手を摩すった。


「あやめさんもこれをお食べ。木の実ができ始めただべ」


 手拭いに巻かれた木の実を手に乗せた。あやめからさよりも木の実を貰い食べ始めた。


「座る場所もないし、沼田の家へ連れて行ってくれないだべか?」


「ええ、こちらへ」


 さよりが慌てないようにゆっくりと歩き出した。弥彦のばっちゃんが離れないように田んぼの畦道に足を出した。


 さよりを先に行かせないように木の実をゆっくり与えながら歩く。弥彦のばっちゃんは黙って付いて来る。何も言わず、あやめがする行動を見ていた。


「貴方は苦労をしているのね……。さよりが弥彦の嫁になると聞いて嬉しかったけども……。こんな呆けてしまっては弥彦が可愛そうだべ。おらが目の黒い内ばさよりは嫁に出せねえべ。」


 弥彦のばっちゃんは呟く。あやめに聞かせようとしてる訳ではない。淡々と状況を認識してるようであった。


 彼女は立ち止まって、あやめに聞いた。


「あやめさんは……弥彦と夫婦になりたいべか?」


 あやめは振り返る事なく、さよりの歩みが止まるまで待ってから答えた。


「さよりには悪いが、弥彦が良いべ」


 弥彦のばっちゃんとあやめな黙々と歩いた。さよりが途切れ途切れに歌う子守唄を聴きながら家へ向かった。さよりはあやめの顔を見ては安心した。


 沼田の家に着くと、さよりが叔父たちの声に怯えて、入ろうとしない。


「ばっちゃんが渋川衆に静かにしろと云って来るべ。二人は待ってろ……」


 弥彦のばっちゃんは敷居を跨いだ。その時、さよりが叫んだ。


「ばっちゃん!ばっちゃん!生きてただべな!」


 弥彦のばっちゃんの背中にしがみついた。


「さより、さより。姉さんじゃないべ……。ああ……。可哀想に……。そうだべ。そうだべ。ばっちゃんだべ。さよりも生きてて良かったべ」


 弥彦のばっちゃんがさよりを抱き締めたながら、泣いていた。さよりは幼子のように泣き出した。


 二人は落ち着くまで、泣いて泣いて枯れるまで泣いていた。


 叔父たちが玄関まで出て来ると、あやめを見詰めた。

 

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