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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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3 ばあちゃんと私

 流石に沼田駅に着くと、辺りひんやりしていた。

 駅のホームの客がぞろぞろと高架下を通り、改札のあるホームを目指す。階段を上り下りするとIC改札口が見えてくる。


 私が小さい時はまだ車掌さんが切符を切ってくれていた。壁に立て掛けてある和紙で作られた天狗の特大お面も、今では私の背丈くらいしかなかった。


 人のいなくなった駅は寒々しい。


 駅前で唯一開いているコンビニで味噌まんじゅうを二つ買う。背中を曲げた女性定員が「焼けるまで待って下さい」と伝えてくれた。他の人が焼き機に火を着けた。


 窓際にある囲炉裏風の座布団ベンチで腰掛けて待つ。もう開いている店が見えない。看板はあるが、シャッターが閉められている。


 たしか、老舗旅館が潰れてから何十年と掛かっている。バスに乗って山の上の盆地に行かなければ宿はない。駅周りは寂れて、スーパーも潰れている。


 電車で乗り継ぎが出来るバス以外は動いていない。

 タクシーすら停まっていない。この場所では一人一台車がある。要するに車がないと何処へもいけない。


 ばあちゃんはもう車すら乗れない。だから、食料を町まで歩いて買いに行くのだ。近所の大型スパーまでは何キロもある。そこにスパゲッティ屋ができたらしい。


「だから、とうさんが来る時にすればいいのに……。あそこまで歩くの嫌だわ」


 東京で調べてきたスクショをスマホで見る。

 群馬も熱中症警戒アラートが発令されている。


 味噌まんじゅうをエコバッグに入れると、蒸している屋外に出た。

 天狗の銅像が立っている。それを横目に真っ直ぐ上り坂を上がり出した。


 山道なんて慣れていない。アスファルトで舗装されているが、傾斜がきつい。歩いて上がる。

 息があがって、断崖の竹林を見た。


「熊注意って……。目撃情報がある」


 まだ日の浅い日付にびっくりしながら、リュックサックの鈴を鳴らした。歩けば鳴るのが鬱陶しい。しかし今は心強い。


 汗と息が切れる。

 おばあちゃん家に着いたのだ。息を整えて、玄関を叩く。もうインターホンは壊れている。

 

「おばあちゃん!来たよ! 」


 玄関の網戸をどかし、私は中に入った。


「おばあちゃん!上がるよ! 」


 勝手知ってる我が家のように玄関から板の間にあがり、ふすまを開いた。誰も居ない。

 テレビはつけっぱなしで音がなっている。こたつテーブルには湯呑みと日本茶のポットが常温で置いてあった。


「おばあちゃん! 」


 シーンとするのと蝉の羽音だけがする。


 なんか聞こえる。


 私は勝手口の方へ向かった。居間と台所と風呂場の横に勝手口がある。ぎしっと床が腐ってる音がした。


「聞こえてるっ。」


「何してたの? 」


「みようが取ってだべ」


 部屋に上がり、手のひら一杯のみようがを台所で洗っていている。


「おばあちゃん。床抜ける」


「風呂場と勝手口は床板が腐ってるだよ。だから仕方ねえ。段ボール引いてあるだべ、大丈夫だ」


「お母さんに頼んだら、修繕費。危ないでしょ?」


「やすこには迷惑かけらんね。」


 おばあちゃんは五人女を産んだ。だが、母親よりも長生きしたのは、あやめの母親しかいなかった。東京に全ての娘が東京に上京してしまい、若くして、この女主人となった。おじいちゃんとは死別である。


「あやめちゃん。そうめん好きだべ……」


 赤ちゃんの時の話である。今はそうめんは普通でしかない。離乳食にうどんよりもそうめんを食べていた記憶がある。今の私は蕎麦好きだ。


「折角だから頂く。ありがとう」


 おばあちゃんはそうめんと汁を小さな冷蔵庫から出した。単身世帯用の古い冷蔵庫である。コタツのテーブルに置くと茗荷と大葉を刻んだ小鉢を出した。


「ありがとうを言えるあやめちゃんは偉いべ」


「そんなことないよ」と顔を横に振った私は、そうめんを食べていた。甘いだし汁だった。


「だがな。大人になったら褒めてばかりの奴には気をつけろ。下心があるだべ」


「男の事? 」


「女も男もたい。だがな。本心で言ってくれる人ば友達になんなされ。そして、あやめちゅんも褒められる人を作んなされ」


「友達はいる」


「これからの話だべ。何十年何十年の話だべ。死ぬまでの話だべ」


「友達って学校以外で出来るものなの? 」


 ミッキーの禿げたコップにファンタを注ぐおばあちゃん。私はこのプラスチックのコップを見た事がある気がした。


「出来る。少ないが出来るべ。こんな話が出来るまであやめちゅんも賢くなったべ。ばっちゃんは嬉しかよ」


「もしかして、余り来なかったの怒ってる? 」


 おばあちゃんは、ゲラゲラと笑った。


「怒るも何も、今日いるべ。ばっちゃんと祭りば見てくれる。あやめちゃんのお陰だべ」


 私にはおばあちゃんの記憶は薄い。3歳の記憶しかないのだ。話す話題もない。


「あやめちゃんは来てくれたべ」


 おばあちゃんは又、笑った。




 




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― 新着の感想 ―
亡くなった祖母や、大叔母を思い出しながら拝読しています。 優しさに包まれていた貴重で稀少な時間は、今でも私の宝物。思い出のアルバムです。 老いた人のおおらかさは子供の至らなさを許すものだと、昔に思いを…
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