28 戦国時代十九 彼岸花
田んぼの畦道に彼岸花が咲き出した。
沼田の男達は口々に言い始めた。
「今年の戦は終わりだべ」
この時代、農作業のない夏に河原や平原で戦が行われる。足軽は農兵であり、耕作期には皆、田畑にでるからである。年貢の米は何よりも大事な物だった。
秋になれば冬支度をしなくては、山間の農村では餓死者がでる。余計に戦国大名は夏場にしか戦をしない暗黙の理であった。
「冬支度の大根を植えるべ。皆、里に戻るべ」
近隣から来ている足軽は米を貰い帰る。武運を上げた足軽は苗字が与えられた。
「蒟蒻芋も掘るべ。今年は青田刈りだったから、彼岸花もさらして食わないとならねえべな」
「だな。早く暇を貰わないとなんねえべ」
男達は口々に伝える。
あやめは弥彦の叔父たちに手伝ってもらい、ばっちゃんの家の床を張り替える事になった。
ばっちゃんが亡くなった一角だけ張り替えるのだ。
雨戸を外し、床板を切り出した。
「ばっちゃんの家はあやめが継げばいい……」
ふと言われた。
「ばっちゃんの息子は戦で亡くなった。娘達もあやめの話でば助かるはずもないべ」
「ばっちゃんの遠縁の親戚に当たる弥彦を婿に入れて、この家を継ぐべ。弥彦も喜ぶだべ」
あやめは黙っていた。
弥彦が嫌のではない。なにもない部屋を見渡した。
「やはりばっちゃんの亡霊が怖いか?」
「いえ、私だけ幸せになっても……」
四人の男達が頷いた。
「戦の世だ。誰もお前を責めないだべ。なるべくしてなったんだべ」
「渋川から家を継がせてもいいが……。弥彦がこの戦で名を上げてしまっただべ。所帯を持たないとなるまい。あいつはあやめに惚れとる。なら戦火の激しい沼田の家など誰も嫁に来まい」
叔父たちはニヤニヤしていた。
「弥彦の性格だ。うんとも、すんとも言わないべ。でも最後には故郷に錦を飾るべな」
「だべだべ。矢沢様にも目に止まったべ」
あやめは不安な顔をした。
「いつ帰ってくるんだべか?」
叔父たちは手を止めて考えているが、苦い顔をした。弥彦は前線を走らされたのだ。もっと危ない任務につかされる危険はあった。
叔父たちは目配せをしてから笑った。
「大丈夫だべ」
口先だけの言葉だった。
「そうだ。私らが帰った後、馬喰から焼け出されたおなごらを、この家でも面倒を見るんだぞ」
「寄り合いで決まったらしいぞ。」
あやめは困った表情を作った。人と付き合うのは苦手だったからだ。
「叔父さんたちは?」
「渋川に帰るべ。あそこは戦に巻き込まれなかったから、冬も越せる。おっかあ達が待ってるべ」
「帰れるだけ有り難いべ……」
あやめは途方に暮れた。ばっちゃんもいない。弥彦もいない。天涯孤独の身になったからだ。元から孤児だったが、村には属していただが今は村自体がない。戦で分断されてしまった。
負傷した男達の世話で嘆いている暇などなかった。だが、今一人だと気付かされた。
冷たい風が背筋を通った。
「だから、あやめ。弥彦と所帯を持て……、帰ってきたら祝言ば上げてやるから……」
「だべだべ」
「小作人に縛られる土地はねえべ。大根さ植えれば冬は越せるべ。」
叔父たちは声を揃えた。
あやめは困惑し下を向いた。ただ声を上げるのが怖かった。
ガタガタと音がする。垣根の方からだろうか……。
あやめが気になって外に出ると、さよりが道に倒れていた。ドロドロになった着物を開けさせ草履も片方ない。側に近づくと微かに息をしている。
急いで竹筒から水を出すと、さよりの口に含ませた。口が数回動く。
「かあちゃん……」
あやめは言葉を詰まらせた。
さよりの母は北条軍に連れて行かれた。助かってる見込みはない。
「さよりか?」
「助かってたのか?」
叔父たちが近付いて来た。抱き上げると土間に入れた。
あやめが竈門から火を炊き出した。盥をもった男が水辺まで走った。
体を拭いて、髪を洗い、着物を洗濯したものに着せ替えた。張り替えていない部屋に呉座を敷き、さよりを眠らせる。厚手の着物を上に掛け暖かくした。
「助かっただけ有り難いべ」
「ばっちゃんの思し召しだべ」
と叔父たちが話す中、あやめは心中複雑な思いだった。
さよりはばっちゃんを頼って帰って来たのだ。今いるのは、渋川の遠縁の男達とあやめだけだった。
心配を頭を振って払った。
「それでも生きていてくれた……」
あやめはこの感情が喜びなのが分かった。少しでも身近な人が生きている嬉しさ。ばっちゃんを失った悲しさ。感情が麻痺してしまい分からなかったのだ。
「まずは体力を戻さないと……」
乾飯を湯で戻したお粥を作ってからあやめは腹を決めた。




