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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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26 戦国時代十七 あやめ

 時間は緩やかに巻き戻る。


 沼田城が北条氏に攻め込まれそうになった時まで帰る。藤田とあやめが、弥彦率いる一軍が沼田城の目前を横断していた時だった。


 徐々に増えて行く北条氏の大軍に、沼田兵が交戦している。民家から飛び出す沼田兵に道を阻まれながら、両軍の死体が重なり合う。


 田んぼの畔を通って進軍する北条氏側に対し、木で組み立てられた逆茂木が至る所に設置されている。馬防柵が城の対角線状に出口が出来ている。その間を駆け抜けていくように弥彦達は馬で進んで行く。


 獣道に進む弥彦達を見てから、大勢の北条軍が後を追うように進んで行く。それ以外は後退する兵。


 法螺貝が鳴った。


 敵大将は馬を翻し逃げていく。


 我先に敵兵の足軽が走り出した。後退する全軍に本丸にいた藤田とあやめは息を吐いた。


「敵兵がひいていく……。」


 眼前の兵力でなら沼田兵で退けられるだろう。


「藤田様。弥彦達はどこへ向かったのですか……」


「昌幸殿が待っている名胡桃城。あそこです」


 藤田が指さした先は、山の上にある城だった。


「うまくいけば敵兵を減らせる。」


「先回りされたら……? 」


「無駄な心配だ。武田軍が守っている山に登るようなもの……。排除されてる筈です」


「悩むは易し。待てば必ず勝機はあります。待ちましょう」


 あやめは顔色が白くなっていく。


「女は待つしか出来ない……」


 あやめは名胡桃城の遠くを見詰めた。



 あやめは数日弥彦を待った。だが、矢沢が先には帰還してから沼田城は勝ち戦に歓喜していた。


 悲しいくらいあやめの感情とは裏腹だった。


 だが日々は過ぎていく。弥彦が武田勝頼に使いをしている時に、あやめの我慢は限界に達した。


「行かない方が身の為だよ。外はまだ落ち武者狩りをしてるし、女は危ないよ」


 炊き出しの女はあやめの話を良く聞いていた。


「ばっちゃんも心配だし、外に出て確かめたくて……」


「女で一人は駄目だよ。男だって村単位で動いているのに……」


 無言であやめが野菜を塩抜きしている。後ろから矢沢が覗き込んだ。驚かせようと静かにあやめに近づいたのだ。


「外に出たいのか?あやめは?」


 他の女達が後ずさった。あやめは振り返り、矢沢に詰め寄った。


「あやめは弥彦を待ってるのではないのか?沼田城に居れば必ず帰ってくるぞ。」


「矢沢様。ばっちゃんが……。城外にいるのです。家にいれば……」


「ばあさんは城に入れられないぞ。食いブチを増やす訳にはいかない」


「確認するだけでも……」


 引かないあやめに、溜息を吐いた。


 矢沢が雑炊を見詰めた。自分の茶碗を持っていない矢沢にあやめは腰ひもの巾着から自前の茶碗を出す。出来立ての雑炊に野菜を混ぜ込んでから、矢沢に渡した。


「有り難い。まだ雑炊が食べられるだけ……」


 矢沢と藤田には出来の良い食べ物を届けてはいる。だが、矢沢は戦が長引くと予想し、自分の分は乾飯を毎食食べている。


 炊事場から出ると、地べたに座る。矢沢はずずずずと雑炊を啜った。


「うまい。うまいぞ……」


 大切そう小さな御椀を抱え込み食べている。貴重な野菜に五臓六腑が染み渡る。


 ゆっくりとそれでいて噛み締める味に矢沢が喜んでいた。他の農兵も矢沢が食べるのを見ている。誰も大将の食事が終わるまで雑炊を食べようとはしなかった。


「ご馳走様でした」


矢沢が食べ終わるとやっと人々が雑炊の列を作り出した。賑わいが出来ると矢沢があやめに問うた。


「なら私が外に出よう。あやめと共に行くぞ」


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