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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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21 戦国時代十二 戦場

 その時は音もなくやって来た。

 あやめは炊事場で煮炊きをしながら、毎日忙しくしていた。


 城内の煮炊き係も同じ場所で火を使っている。誰よりも早く城代の飯を作っているのだ。

 

それを手伝う事を許されたあやめは毎日梅干しの入ったおむすびを握った。味見させて貰う小さめの俵型おむすびは格別だった。


 出来上がると大皿に均等に並べ、城代に持っていくのもあやめの仕事だった。


 茶を点てた書院造りの板の間が大将部屋になっている。


「朝餉が出来ました。薬玉のあやめです」


 一言添えると、襖が開いた。甲冑を着た男達が仏頂面でいる。そやつらは交代で見張っているのだ。


「早く入りなさい」


 藤田が手招きした。彼は絹の衣から上品に羽織を掛けている。


「朝が明けたのか……」


 弥彦が甲冑の侭、胡座をかいていた。あやめは彼が寝ているのか心配になった。だが、顔色は良い。


「お先にひとつ……」


 藤田に出すべきか矢沢に出すべきか、最初は迷ったが自分に近い方から差し出せば、文句は言われなかった。


「そなたが作る握り飯は柔らかく良い塩加減だ」


 藤田がほうばる。


「おひとつ……」


 矢沢が握り飯を掴んだ。


「笹はないか……」


 矢沢は必ずそれを聞くので胸元から竹の皮を出した。包んでおむすびを持って来ては駄目なのだ。目の前の飯を詰めないと安心出来ないらしい。矢沢は三個弁当にした。


「私にもう一つ頂けるか? 」


 藤田がまた食べ始める。矢沢が豪快に一つほうばっている。


「矢沢様、藤田様。私めにも頂戴しても宜しいか……」


 弥彦が進み出た。


 二人が頷くと、あやめからおむすびを受け取った。米は貴重である。弥彦は大切に食べていた。


「あやめ、笹はあるか? 」


「え?」


「矢沢様、藤田様、少し頂いても宜しいか……」


 二人は頷く。


「笹に三つ包んでくれ。」


 あやめは弁当にすると胸元から風呂敷を開く。紙に包んである乾飯と兵糧丸と一緒に包んで渡した。


「あやめの分だべ。オラの分は残ってるだ。」


「いいの。持っていって」


 あやめは嫌な気配だけは感じ取った。


 弥彦は困った顔をしてから黙って受け取った。甲冑の中に滑らす。胸元が膨らんでいるが、満足そうな表情をした。


「例の物は持ってるべか?」


「帯を緩めて入ってる」


 弥彦から受け取った刀は肌見放さず。あやめは身に付けていた。


 その時はきた。

 三つ鱗紋ののぼり旗が棚引く。

 法螺貝の音が木霊する。

 足軽の敵兵が城下に上がって来たのだ。

 これは正式な決戦でない事を意味する。真田の旗も掲げていない沼田城では一辺すると戦闘状態ではないからだ。


「やはり来ましたな……。使者もなく合戦とは馬鹿にしている……」


 藤田が嘲る。

 外を見ている矢沢が頷く。


「だが始まってしまっては仕方がない。前衛が動く筈だろう」


 城下の田んぼから人が飛び出してくる。真田の旗を掲げた足軽だった。疎らにある民家からも、足軽が奇襲を掛けている。


しかし、人数が沼田軍は足りていない。


「ささ、我々も……」


 藤田が矢沢を階段へと押した。


 あやめは大皿を持った侭、立ち竦んでいる。


 矢沢が階段を駆け下りると叫んだ。戦場を鼓舞する雄叫びだった。


 藤田があやめの背中を押した。上の階段へと誘っている。


 後ろから声がする。


「あやめ、行ってくる……」


 弥彦の声と同時に走り去る音が聞こえた。


 あやめは声を掛けられない侭……。藤田と共に沼田が見える場所へと誘われた。 


 空は高く澄んでいた。


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