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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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20 戦国時代十一 粟の雑炊

 既に、当たりが暗くなっている。

 天守から二の丸を守るニの門、蔵のある三の丸を守る三の門、外側にある大手門と滝坂門と明かずの門がある農兵の詰め所になっている城内がある。


 一箇所で見張り用の粟とくず野菜の炊き出しをしていた。年を食った女しかいないので、あやめが若く見える。


「あやめ……。」


 弥彦が列を乱して、歩んでくる。炊き出しの女は咳払いをしたが、嫌みではなく、何度か首を横に振った。給仕を変われと言いたいらしい。


 あやめは横から抜け出し、弥彦の元へと向かった。


「あやめ。お願いがあるだ。これを預かってくれ」


 弥彦が出したのは、布に包まれた短刀だった。矢沢が弥彦に渡したものだった。


「なんで……」


「大事なものだからあやめに持ってて欲しい。」


 弥彦が何を思い、あやめに託すのか、分かっていた。帯の脇に差し込むと頷いた。


「戻ってくるよね……」


「当たり前だ。沼田にあやめを残していけねえだべ。」


 あやめが不安そうな顔をしている。


「渋川も利根川沿いの決戦が終わって、沼田まで戦火が広まってきているだへ。オラの家は山間にあって野党もでねえ。長男、次男が家を守ってるから、大丈夫だべ。身を寄せるのは早い内がいいべ」


「弥彦を残して行けない……。ばっちゃんも残して……」


「あやめ。育てて貰った恩を感じるのは悪い事じゃないべ。でも、いい家ではなかった。忘れろだべ。時間が掛かるが忘れろ。ばっちゃんは城に入れない。生きてさえいるか分からないべ」


 あやめは黙った。

 弥彦が言ってる事が正しい。あやめにも分かっている。だが、苦しい時握ってくれたのもばっちゃんの手だった。


「城で待ってる……」


「藤田様もあやめに良くしてくれるはずだべ。分かっただ。だが、あそこの一角に行くな。昼間でも危ねえべ」


 弥彦が城の端を指さした。

 あやめはキョトンとしている。


「いって来れば分かるべ。男なら連れて行ってやれ」


 隣の男が答えた。

 弥彦が嫌な顔をした。だが、男達に押されて、端まで二人が押されて来た。


 薄暗く、陰湿な場所だった。呉座に男女が座っている。

 後ろの方では睦み合っている夫婦がいた。それを遠くから覗いている輩もいる。


「行くべ。」


 弥彦があやめの手を引いて、奥へと進んで行く。


 男女の隙間を縫うように進み。外塀の前まで来た。

 異様な熱気が感じられた。


 弥彦が嫌な訳では無い。だが、自分には遠い世界に感じた。暗いとはいえ女の衣擦れの音が耳に伝う。


「こっち。足元に石があるべ」


 上を見上げると弥彦が外塀の屋根に登っていた。壁に足跡が残っている。あやめも石の上に上がり、弥彦に手を伸ばした。弥彦はあやめの腕を悠々と持ち上げ、屋根まで上げだ。


 屋根にそって歩く。暗いので踏み外さないように瓦をずらさないように歩いた。


「これ外堀の塀だべな……。歩いてて射抜かれねえべか?」


「ここは崖になってるべ。よじ登る奴は敵兵でもいねえべ。掘りの内は女郎か、貸呉座屋しかねえ。少し離れれば、空が見えるべ」


 音が遠くなると、弥彦は腰を下ろした。


「ここが一番、星が見えるべ……」


「夜に外さ、歩いた事ないだべ。ばっちゃんに怒られる」


 弥彦が黙って聞いている。


「いい家族ではなかったべ。でも、家族だったべな」


 あやめが下を向いた。


「渋川にいけ……。あやめには内のばっちゃんに会って欲しいべ。ばっちゃんならあやめを気に入るべ。兄ちゃん達もあやめを気に入るべ。」


「優しいご両親だべか?」


「優しい?う〜ん。息子にはおっかねえ両親だども、家族にはあやめは気に入られる自信があるだよ。なにごとにも一生懸命だべさ。だから、きちんと教えて、やりたい事をやらしてくれるだべ」


「やりたい事?おなごにやりたい事をなんてねえべ。嫁さ行って、ばっちゃんやじいちゃんの世話をするだけだべ。その合間に畑や子育てするべ。」


 弥彦が嫌な顔をした。


「あやめは鎌を利き手で持たないのは訳があるべか?」


「利き手が使えねえと夕餉が作れねえべ。ばっちゃんに料理が出来ねえと叱られるだべ」


 弥彦が嫌な顔をした。夕餉を作る時間を与えられないのだ。朝から野良仕事をしていれば、休息しないと体はへとへとで動けない筈である。


「あやめはやりたい事をはねえべか?」


 あやめは言葉に詰まり空を見上げた。満天の星空は二人を優しく包んでいた。


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