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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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19 戦国時代十 茶を点てる

 あやめが茶杓で抹茶を入れ、火鉢から茶釜を持ち上げるとゆっくりとお湯を注いだ。

 濃い抹茶色が茶器に広がる。茶筅でお湯をのの字に混ぜると、お茶の匂いが広まる。


 矢沢の声がする。

「水田の水を抜けるだけ抜け」


 弥彦が呟く。

「水田の水が抜けきれている筈だべ。矢沢様はどうしたいんだべ?」


「足軽が動き回れる強度が欲しい」


「青田刈りで分水路は塞いであるので、中心部の水田は走り回っても十分だべ。用水路の回りの小さい田んぼはもっと上流の関を塞がないと駄目だべ。用水路を塞がないと駄目だべ」


 あやめは見様見真似で点てた茶を矢沢に持っていった。板の間に茶器を置くと、矢沢が頭を下げてから、茶器を片手で掴んだ。一口飲む。


「水入れに入っている水でぬるめにしてくれ。長い水差しだ」


 あやめは頷く。

 ささっと茶器を持ち下座に座り、水差しから柄杓で水をすくうと、抹茶に注いだ。


 矢沢達の額から汗が流れているのが分かる。お茶の温度が高すぎるのだ。

 あやめは茶杓で混ぜてから、又矢沢に運んだ。


「それでは城に水が流れないのではないのか?井戸はあるが、掘りの水路まで塞いでは敵わん」


「城の水路と水田の水路はここいらでは分けてあるべ。掘りの水路は湧き水でまかなっているべ。山肌に流れている川がそうだべ」


「では止めても問題ないな。上流の関を止められる者は場内にいるか?」


 矢沢があやめを見ず、茶器を片手でもち一息で飲み干した。汗が顔から噴き出す。手拭いを額に当てて、茶器をあやめの前に置いた。


「足りぬ。藤田殿と弥彦の分を点てたら、喉の渇きが足りる所まで茶を点ててくれるか?」


 あやめは又頷く。

 ふと疑問に思ったが、あやめは頭を振った。茶を点てるのに躊躇いがない自分に驚いているのだ。


「私が行きまする。男達数名で止めれば時間もかかりますまい。」


 弥彦が真剣な顔をして志願した。


「いや、今回は弥彦の体を休める事に重きをおいて欲しい。やって貰いたい事がある。森に成通し、山に強く、熊を蹴散らせる程の強靭な体力が必要だ」


 弥彦の目が鋭くなった。

「承知した。直ぐに動いてくれるオジキ達に行ってもらうべ」


 あやめが藤田の隣に茶器を置いた。

 藤田は茶器を取ると三回まわし、一口飲んでから、「結構なお点前で……」と述べた。

「まだ飲みますから、下げなくて大丈夫ですよ。あやめさん……」と微笑む。そして、直ぐに藤田は将棋の駒に視線を落とした。


「駿馬はいるか?」


「あやめを乗せた馬が馬力も素早さも一番だべ。昔は農耕馬として貸し出されているから足腰も強いべ」


「その馬に性のつく物を食べさせておけ……。その馬以外はどうだ?」


「兄弟馬が動きも素早い。人の動きを読み取るのにも長けているべ」


 あやめは弥彦にお茶を入れるのを躊躇ったが、矢沢の指示では仕方がない。冷たい薄めの茶をいれてから、弥彦の横に置いた。


 弥彦も固まっている。


「全部で何頭いる?」


「五頭だ。後はどっこいどっこいだべ」


 弥彦は茶が嫌いである。片手で持ち上げると、一気に飲み干した。


 弥彦は不思議そうな顔をしている。

「美味いべ。これなら飲める。もう一杯欲しいだべ」


 あやめに茶器を渡す。矢沢にもう一杯、弥彦にもう一杯、茶を点てると茶器を二人に渡す。


「矢沢様。話は変わりますが私の藤田姓は本流北条氏の名前にございます。信吉も違います。私は用土新太郎。沼田の国衆でございます」


「武田家は信が通字で代々受け継がれている文字になる。何かの縁を感じますな……」


「国衆の金子備前守とも沼田の執権にか関わっていきたいと思います」


「でも、藤田様は北条氏の出身だべ。何故、敵になってるのだへ? 」


 矢沢が俯いた。兄弟で戦の敵軍になる時代である。


「藤田の姓は北条氏の本家の名前。名乗ったのも許せないのでしょう……。北条氏邦様にとって……」


「血縁でも許せねぇんだべな」


 矢沢は頷いている。


「ここからは、儂ら三人で話がしたい。あやめ、炊事場を手伝ってくれるか?」


 あやめは浅く頷いて、襖を開いた。閉めると、フラフラと座り込んだ。

 緊張していたのだ。初めての体験に。だが、家族の事を思い出す事すら出来なかった。


 少し心が軽くなっている。


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