18 戦国時代九 茶
滝坂門から入り一番外側の敷地にいる。
あやめ達が城に着いてから数時間が過ぎた。
弥彦は彼女を抱きしめた侭、藁に座って動かない。静かに泣くもので通りががった男達の人集りも出来ず、馬小屋の外で二人とも蹲っていた。
小作人も城内に居たので、人で溢れ返っている。若い男達が自分の槍を片手に掘りの外に出ていった。女達は乾飯を人数分配っている。
あやめは静かに泣いていた。
周りの慌ただしさに二人だけ取り残された状態だった。
「あやめ、あやめはああはならない」
弥彦が呟いた。
「ならない」
優しい声は雑踏に掻き消されて行く。
「助けられなかったの……? 」
弥彦が困った顔をした。嘘を付くかどうか考えている。だが、弥彦にも無駄だと分かっていた。
「捕虜になっているかも分からない。戦で女子子供が生き残るには逃げるしかない。知っているだろ……」
「知っていても……、ばっちゃんの親族なのよ。さよりはヨチヨチ歩きの頃から覚えているわ。誰一人助からない何て……」
「あやめ、諦めろ。お前一人が助かっただけでも救わる。」
あやめはむせび泣いた。
甲冑を着た男が一人、こちらを見てから近づいて着た。
「薬玉のあやめか……? 」
弥彦は言葉に反応出来なかった。あやめは顔を上げると、若い男を見詰める。
「矢沢様が呼んでいるの……? 」
「やはり薬玉か?矢沢様が心配している。お前を返した事を後悔していた。顔を出せるか? 」
あやめはその言葉を聞いて泣き出した。
三人は動けずに居た。
やっとあやめが立ち上がると、弥彦が体を支えた。
「歩くわ。泣いてるばかりでは駄目だもの……」
弥彦は頷く。あやめの手を握って二人は肩を並べて歩き始めた。
矢沢は書院造りの襖、奥に居た。
板の間の床には呉座が引いてある。奥に火鉢があり南部鉄器の鉄瓶が火に焚べられている。
矢沢が甲冑の侭、茶を点てているようだった。
目配せした場所には藤田が座っている。隣に座れと目で合図した。二人はゆっくりと藤田の隣に座った。
ゆっくりと動く矢沢の所作にあやめが見惚れていた。荒々しい姿しか見た事がない二人には耽美な映像だった。甲冑さえ除けば……。ガチャガチャと音がする。
矢沢が体の向きを変え、茶器を藤田に差し出した。
頭を垂れてから、茶器を眺め、右手で持ち上げてから、右に三度回し、口を付けた。
「結構なお点前で……」と述べてから、あやめの前に茶器を置いた。
あやめは藤田を見た。優しそうに頷いている。
彼女は正座した前に手を置き、茶器にお辞儀をした。ゆっくりと持ち上がって右手で茶器を持ち、三度回す。ゆっくりと波打つ抹茶。一口飲むと、弥彦の前に出した。
「結構なお点前で……」と藤田と同じ事を言った。
弥彦がシドロモドロしている。
あやめと同じ行動が出来ない。
「がはははは」と弥彦に向けて矢沢が笑った。
「当たり前だ。茶の湯など庶民が知ってる訳があるまい……。試しただけだ。だが、あやめ、お前には見込みがあるぞ」
矢沢が立ち上がり、抹茶を飲み干した。
あやめの前へ座り、茶器を差し出した。
「三人前作ってくれ。薄めにな……。あやめ、頼む。弥彦、聞きたい事がある」
和紙を畳んだ物を広げ、将棋の駒を置いた。上野国(今の群馬県上部)の墨絵を広げた。
あやめは立ち上がると、先ほど矢沢がいた下座に座した。茶の湯が並んでいる。茶器も手元のを入れて三つだ。
あやめは思い出す。
矢沢が最初に掴んだ物である。和紙で茶器を軽く拭いていた。あやめも同じ行動をした。
「御二方には覚悟をしてもらわないとなるまい」
矢沢が話をし始めた。




